9-7 姉は兼任女中です
無骨な男達が無言で居座る応接間に、ガラガラと音を響かせながら小さな人影が台車を押してくる。
その姿を認めた一同は、思わず感嘆の声を漏らしたようだった。
「皆様、お待たせしました」
そこには、丁寧なお辞儀をし、優雅な立ち振る舞いで紅茶を注いでいくメイドの姿があった。
本来の正式な衣装とは細部が違ってはいるが、その第一印象は間違いなく『メイド』そのものだ。
「えらく化けたモンだな……」
「何が…?でしょうか……?」
上品な笑みを崩さずに、一瞬だけ射る様な視線が突き刺さった。
完全にお仕事モードらしく、その口調はいつものソレじゃない。
なんていうか……リウェンに似ている。
「おいおい、ねーちゃんだよなぁ?」
「はい、私でございますよ?」
ついつい確認してしまったゼルに対し、にっこりと微笑んで返す。
今、『私』って言ったぞ!?
化けすぎだ!詐欺だ!
「……無能様、今……とても失礼なお考えをしておられませんでしたか?」
「ぐぁ!?」
ダメだ、これはキツすぎる……こんな攻め手は反則だ……。
そしてさり気無く、『無能』という呼び名は変わっていない。
「リ、リルちゃん!?」
そこにロイまでもが慌てた声を上げる、
「はい、なんでしょう?」
それを尚も優雅な対応で返すリルドナだった……が、
「袖口とかの細部は仕方ないとして……カチューシャが足りないよ!?」
「はぁ?何言ってんですか?」
――ちょっぴり素の返しをしちゃっている……案外、薄っぺらな化けの皮なのかもしれない。
などと一悶着あったが、次々と紅茶が振舞われていく。
俺のカップにも紅茶が注がれ、湯気とともに甘い香りが鼻についた。
「この香りって……カボチャか?」
「ご名答です。カボチャの甘味を活かしたパンプキンティーですので、一度味見をなさってからお砂糖を入れることをお勧めしますよ?」
……なるほど、先程のカボチャの問い掛けはコレのためだったのか。
周囲から、「珍しいな」とか「自然な甘味だ」など口々に感嘆と賞賛の言葉が上がる。
「結構な手前だ。お嬢さんどこかで勤めていたのかね?」
「…………グロリア家にございます。以前、そちらで」
……ブルーノの問い掛けへの返事に妙な間があった。
元勤めていた家の名前を出すのに、何か躊躇いがあるように思える。
ブルーノは、それに気付いてか、気付かずか、何事もなかったように話を進める。
「ふむ、あの錬金術師の名門グロリア家か。何故、冒険者に転進したかはわからぬが……仕事に困ったら当家へ来ると良い」
「私如きに勿体無いお言葉です」
リルドナは深々と頭を下げ、一歩下がる。これは暗に『遠慮します』を語っている。
その後も、リルドナは次々と別の人間に捕まり、
紅茶の説明から彼女の経歴まで色々と質問攻めに遭っていた。
大した人気っぷりである。
と言っても、リルドナを捕まえていない人間も会話は弾んでいる。
その内容は専ら昼間の戦闘の武勇伝だ。
「オメェの剣捌き、ありゃ先住民の栄誉戦士のモノか?」
「ホウ、良く知っていルな、」
「いや、実戦レベルの技を見るのは初めてだ、ありゃー大したモンだ」
「いやいヤ、俺もすげェモン見せテ貰ったぜ、ナぁ旦那ァ?」
アーカスが問いかける視線の先には……
「ふむ、お褒め預かるのは嬉しいが……このザマではね?」
ソファーに深くもたれ掛かり若干弱々しく答えるローブの男――アビスだった。
どうやら意識が戻ったようだ。まだ顔色は優れないが意識はハッキリしているらしく、アーカスやゼル達と談笑を交わしている。
「話に聞けば、スルーフ殿の法具も実に面白いと思うのだが――」
アビスは気を失っていた為、例の魔法銃を見ていない。それでも話だけでも判断が付くのだろう。熱心に法具について語っている。
ここに居る人間は、云わばその道のプロだ。戦闘に関して言えばド素人の俺は、どうしても話から孤立してしまう。それは仕方のないことだ、いざ戦闘になれば、俺は役に立てないのだから。
「――いやいや、そんな魔法銃も、あのお嬢さんにアッサリ破壊されてしまったがね?」
「あ、あははは……その説は失礼しました」
リルドナはバツが悪そうに、乾いた笑いを浮かべる、例によって表情は目をクリクリと泳がせている。
「言い方が悪かったね?率直に君の魔力が凄いと賞賛しているのだがね?」
「お褒めに預かり感謝します。
ですが、あの場面では『彼』の回復魔法と機転を評価すべきではないでしょうか?」
「――え?」
リルドナが掌で指し示す人物……それは俺だ。
「だな、ムノーのアンチャンの回復魔法が無きゃ死人が出てたかもな」
「うむ、要所随所でムノー君が気付いてくれたことも大きいな」
「あと、ムノー君の開錠技術も大したモンだよね」
「うむ、見事だ。……ムノー?……まぁいい」
「ナイスだゼ、ムノーのあンちャん」
……褒めてもらえるのは正直嬉しい。のだが――
何故、全員揃いも揃って俺の名前が『無能』で確定しているんだ!?
――違和感よ、ここへ来いっ、そして今すぐ仕事をしろ!!
俺はこみかみに血管が浮き上がるのを抑えるのに必死にならざるを得なかった。
この場で無差別殺人事件が起きたら、きっと犯人は俺だ。
しばらくは話題の中心に振られた所為か、次々と言葉でもみくちゃにされていたが、ようやく離脱することに成功した。
ふと視線をリルドナに向けると、まだまだ彼女は解放されてそうになかった。
「あの娘ってパーラーメイドだったのかな」
不意にロイが呟いた。
「いえ、ハウスメイドだと言ってました。……パーラーって何です?」
「んっ?接客担当のメイドさんだね。まぁ、アレは彼女の才能なのかな?」
「何の才能……ですか?」
「気付いてるかな?あの娘っていとも容易く人の輪に入れちゃってるんだよ」
言われて見ればそうだった。
ほんの数時間前までは、全く近寄れそうにも無い人間ばかりだ。
俺自身も、普通に会話できるようになっている、それはひとえに彼女の功績ではないだろうか。
「あの娘って、ホント色々な意味で凄いよね」
「ですよね、イチイチ驚いてたらキリが無いんですが……」
「まぁ、頑張りなよ?彼女盗られない様にね」
「―――――――――――――――――――――――――――――――はい?」
「ムノー君、メイドが彼女だなんて経験値高いよ?」
こ、この人はぁぁぁ……!!
ニヤリと笑うその顔に、何か黒いモノを感じずにはいられなかった。




