9-5 メイドな姉の涙はベスト・ドロップ
無人になっているとは言え、勝手に他所様の住居に踏み入った挙句に、炊事場をこれまた勝手に利用するという図々しい行動だ。少なからず抵抗はあったが……リルドナが元気になるならそれでいいかな?とか思い始めていた。
「これでいいのか?」
「うん、ありがと」
リルドナが水仕事をし易いように、炊事場を軽く片付け、満遍なく拭き終えたところだった。
といっても、その必要も無いように思えるほど、元々片付いていて、清潔な状態だった。
ちなみにルーヴィックはここに居ない。先程の二階部分の個室を詳しく調べに行っている。別に重要なことでは無かったが「俺には手伝えそうに無い」と早々に別の作業へと避難してしまったわけだ。
「これは……さすがに邪魔よねぇ」
そう言いながら、羽織っていたケープを解き、綺麗に折りたたんで椅子の上に置く。
ケープが取り去られ、リルドナの上着の全容が露わになる。
何気にいつもの黒服でケープを取った姿を見るのは初めてだった。
「意外に…上着は東方のモノじゃないんだな」
「あははは、コレはコレで気に入ってるからねー」
彼女の着ている上着は、やはり黒を基調した配色だったが、造りは至って洋風の物だ。
大きな襟が目立つブレザー(?)で、あたかも水兵の制服のようにも思える。
他にも目立つ箇所はあった、長袖なのだが、肩口が膨らんだ――いわゆるビショップスリーブというヤツだがアクセントが極端すぎる――で一旦、肘付近で細く絞り込まれて、再び大きく開いた袖口で展開されている。
その袖は、纏められておらず、「ヒラヒラ」という形容が似合う構造になっていた。…なので、ブレザーというより黒いドレスみたいにも思えた。
そんな中でも最も目を引いたのが、その膨らんだ肩口に縫い付けられた紋章。逆五角形型の盾の中に背中合わせの黒い鎌、その黒いシルエットの中を白い細長い線が十字に走っている。見覚えの無い紋章だった。
そして、肩口の膨らみ以上に、布地を強く押し上げている部分があった。ケープが取り去られたお陰で、小柄な身体に不相応な立派な胸を視認できた。その胸の所為で頭に栄養行ってないんじゃないかとか思えるほど……。
「なによ?」
見つめる視線を感じたのか、リルドナは怪訝な表情を向けてくる。
…が、俺は心中を吐露するような真似はしない、
「その服装自体が水仕事に向いてないんじゃないのか?」
「まー、そうなんだけどねー」
リルドナは口を動かしながら、荷物から白い布の様なものを取り出した――エプロンだった。それもフリル満載のフリフリなヤツ!
エプロンを見に着け、袖口を綺麗に折り込んでから、髪につけていたヘアピンでパチンと留める。
「これでいけるでしょ」
そう言い放ち、その場でクルリと回って自分の姿を俺に見せ付けてくる。
黒い長袖と長い裾のスカート(正確には袴だが)。それらプラス白いエプロンのこのスタイルは……
「ヴィ、ヴィクトリアンメイド……」
「はぁ?」
正確には違うだろうが、どことなく、そう見えてしまったのは仕方ない。ホワイトブリムでも頭に乗っければさらにポイントはアップしそうだ。
ロングドレスタイプのエプロンドレスとか、そういうことを語りだしてしまうと軽く四時間は掛かってしまいそうなので、ここでは触れないことにする。
「…まぁ、一応あたしは一四の頃までハウスメイドだったけどね」
「サラッと驚きの新事実を語るのかよっ!?」
というか、この女いくつなんだよ……
「どっちかというと、トゥイーニー扱いだったけどね~」
「いや、普通に話を進めないでくれ、というかトゥイーニーってなんだよ?」
俺の必死な抗議に、リルドナは「んっ?」と一旦停止をする。
「え?知ってるでしょ?
ハウスメイドの仕事をこなしながら、キッチンメイドの仕事も手伝うヤツ」
「ちょっと待て、『そんなの普通知ってるでしょ』みたいなノリは待て」
「仕方ないわね、ちょっとメイドについて詳しく教えてあげるわ」
「だから待てと言っている!そんな固有結界全開な話題は待て!!」
こんな時、ヤツがいてくれたら「大丈夫か?ナンセンスだぞ」で決着するのだが、残念なことに今は居ない!
結局、話題を断ち切るのに短くない時間を要した。
「…ま、まぁいいわ……」
まだ言い足りない納得のいかない顔だったが、諦めたようだった。
リルドナはまだ何か文句を呟きながら、ポーチから脱脂綿を取り出し指を拭っている。
白い脱脂綿が薄いピンク色に染まっていくのが見てとれた。
「――?それって……」
「あ~、あたしは水溶性の使ってるからねー」
答えながら、こちらに自分の爪を示して見せた。
爪全体が均一の薄ピンクだったものが、自然な血色の伴った色へと戻っている。
「――て、マニキュア塗ってたのかよ?」
「あれ?気付いてなかったの?」
気付くわけも無い、薄いピンクの自然に近い配色だし、何よりも他人の指爪をまじまじと見つめることも無い。
マニキュアを塗る目的は大きく分けて二種類、純粋にお洒落する為と、爪の保護の為らしい。
リルドナはおそらく後者、お洒落ならもっと派手な色を使ってそうだ。
「お前って、爪の手入れに気を遣う方なのか?」
「まぁね、チョッピりお洒落したい気持ちも混じってるけどね」
全ての指のマニキュアを拭き取ったのか、脱脂綿を処分し、汲んできた水をヤカンに移して火にかけ、
「炊事・洗濯、その他、水を使う仕事のときはちゃんと取ってからにしてるわよ?」
それなら塗らなきゃいいのに、と思うが、そこは男女の価値観の違いか。
そもそも水溶性って子供用じゃないのか?
普通は除去薬品とかで取り去るものだから、水仕事で剥がれないんじゃ?
そんな俺の心境を読み取ったのか、
「除光液ってさ、爪を変質させちゃうからキライなのよねぇ」
そう言葉を漏らし、自分の荷物(俺が運んできたモノだ)をガサガサと漁り始めた。
中からは、次々と食器類が姿を現す。
「…おいおい……まさかとは思ったが…」
作業テーブルに並んだのは、見事のまでに手入れされた茶器一式。
こんなモノを荷物に入れてたのかと、思わず呆れずにはいられない。
それらを手早く、次々と水で軽く濯いでいく、相変わらずの手際の良さだった。
「ねぇ、アイツ等飲むと思う?」
リルドナが唐突に問いかけてくる、が手は動かしたままなのは流石だ。
何をだ?と聞き返したくなったが、おそらく紅茶を飲むかという質問だと思ったので、そのまま答える。
「ティータイムの習慣があるか、わかんねぇけど。
とりあえずは、全員分用意する方がいいんじゃないか?」
「うんうん、そうよねぇ~」
俺の答えで確証を得たかのように、次々と水洗いをしたカップとソーサーを配膳台車(いつの間にか引っ張り出してきていた)の上に並べていく。
その動きは流れるような動作で、俺と会話しながらにも関わらず、全く無駄が無い。
「なんていうか、見事なモンだな」
「んっ?そ、そう…かしら?」
ボンッ!と顔が茹で上がり、一瞬だが作業する手が鈍った気がした。
相変わらず褒められることに対して耐性が無いようだった。
それを振り払うかのように、再び問いかけてきた、
「ねぇ、アンタ。カボチャ好き?」
「……それはなんの暗号だ?」
この女の質問はいつも唐突で咄嗟に返せないことが多いのだ。
「だから、好き?嫌い?」
どうやら問答無用で答えなければいけないらしい。
「好きって程じゃないけど、嫌いじゃないな、一応食える」
「甘ったるいのが苦手ってわけでもないのね?」
「それは大丈夫だ」
彼女は荷物からいくつかの瓶を取り出し、見比べるように吟味している。
「――うん、一度試して見たかったから、コレにするわ」
取り出した瓶の中身はおそらく茶葉だろうか、茶器を持ち歩いているのも驚いたが、複数の茶葉を用意していることも、やはり驚きだ。
それだけ紅茶に対して、思い入れと知識があることが裏付けられる。
「お前、紅茶にはかなりうるさそうだな」
「まぁねぇ~」
答えるリルドナは上機嫌そのもので、次々と準備を進めていく。
「お茶なんて誰に習ったんだ?」
「え……」
その瞬間、ビクッと動きが止まった。
聞いてはマズイことだったんだろうか?
「……あの子よ…リウェンよ」
その答えに直感的に引っ掛った。
「ちょっと想像しにくいなぁ……なんかリウェンがやると熱湯を引っ掛けられそうだ」
なので、ちょっと悪戯っぽく冗談を言ってみた、
――が、そんな俺の思惑に反し、リルドナの顔はどんどん曇っていく。
「……そう、思っちゃうわよね…やっぱり」
彼女は自らの罪を懺悔するかのように呟く、
「でも、あの子ってね、すごく頭が良くてなんでも理解し習得した。それをあたしの頭でも理解できるように噛み砕いてから教えてくれたのよ」
彼女はとても寂しげに言葉を切り、「それにね」と次句をつなぐ、
「昔は……とっても手先が器用だったのよ……運動神経は鈍かったけどね」
力なく、あはははと自虐めいた笑いを漏らす。
「――て、ことは元々リウェンは自分で紅茶を淹れていたのか?」
「そうよ。ホント上手に淹れてたんだから、あたしはそれを真似してるだけよ」
「あたしは、あの子の趣味を…特技を……盗ったのよ」
リルドナはもう推理小説の暴かれた真犯人のように、完全に観念した告白をする。
それは破滅の末路を辿る姿に思えて、俺は居ても立ってもいられなくなり、口を挟む。
「おいおい、お前の所為じゃないだろう!?」
「あ、あたしの……所為なんだぁ……」
「あたしがドジ踏んで…『あの事故』が起きて……あの子はあんな身体になって……」
ある程度、推測は出来ていた内容だったが、本人から直接もたらされた告白は少なからず俺にもショックを与えた。
俺ですら、こんな感情を抱くのだから、当人にとっては……。
話の運び方をしくじったことを激しく悔いた。
「あんまり自分を責めるモンじゃないぞ?」
「だって、だって……」
「そんなの、きっとリウェンも望んでないと思う」
これだけは絶対に言える、姉に自責の念で押し潰されて欲しいと願うわけが無い。
――わたしの姉の淹れるお茶も美味しいですから、是非!――
あれはどんな気持ちで言った言葉なんだろう。
少なくとも、あの言葉には嘘が無い。
「――少なくともリウェンは……。
お前のことを……姉の淹れるお茶は美味いと、心から自慢していたぞ」
たとえ、身体の不自由が姉の過失によるものでも、自分の代わりにお茶を淹れてくれる姉を、必死に自分の味を再現しようと努力した姉を……きっと心から感謝しているに違いなかった。
そんな俺の意見に何かを感じ取ったのか、リルドナは放心したかのように目を丸くしている。
「――あ、あれ?」
リルドナが急に素っ頓狂な声を上げる、そんな彼女の頬を伝うのは……。
「……あちゃー……。悪いんだけど、ちょっとあっち向いててくれないかしら?」
リルドナは背を向け、天を仰ぐような姿で硬直している、作業する手は完全に止まっていた。
俺からは彼女がどんな顔しているかはもう見えない……が、
「ここから先は、ベスト・ドロップを狙う秘伝の作法だからね、門外不出なのよぅ?」
……嘘が下手だな、と正直思った。
「それよりも先にカップ運んでおいてやるよ」
俺は人数分のカップが乗った配膳台車を押して、そのまま廊下へと向かう。
「えっ!?ちょ、ちょっと!」
リルドナが慌てた声を上げたが、振り切るように廊下へ出た。




