9-4 無言の宿舎
一旦、全員にドアをくぐらせドアを閉め、「ここで少しお待ちを」と待機を促す。
俺はルーヴィックと共に奥へと足を踏み入れた。
「なぁ、ルーク。何か潜んでそうか?」
「否定だ、まるで気配は無い」
「んじゃ、それをアテにして……行くか」
細い廊下が続くが奥は広い空間のようだった。
建物の中は薄暗いが、全く見えないわけじゃない。警戒して歩く分には全く支障が出ない。
採光を考慮された構造なのか、明かりを灯していないにも関わらず最低限の明度を保っていた。
「とは言っても、何か照明器具が無いとなぁ……」
「そうだな、直に日も完全に落ちる」
何か無いものかと、周囲を見渡すが、歩くのに不自由しないと、物を探すのに不自由しないでは、格段レベルが違いすぎる。
つまり暗くて何があるかハッキリと判断が付かないのだ。
「畜生、暗いな……」
仕方なく、荷物から携帯型のカンテラを取り出そうとしたが、
「ふむ、暗視鏡器を使うか」
「なんだそりゃ?」
俺の問いには答えず、後方…つまり入ってきた入り口へ向かってワイヤーロープを投げる。
――果たして、彼が手繰り寄せた『ソレ』は……。
「…あのさー、
あたしもやっぱり女の子だからさ、こーいう扱いはどうかと思うのよねぇー」
「すまん、だが俺に言うな……」
彼女はワイヤーロープでグルグル巻きにされた生け捕りの猛獣の姿のまま悪態をつく。いい加減、俺もリルドナも扱いが絶対酷すぎないか?
「リル、何か灯りになる物は見当たらないか?」
「うーん……」
彼女は目を見開き周囲を見渡す。その瞳は、やはり薄っすらと妖しく光っている。
「壁のやや高い位置に……等間隔に燭台……かな?いくつもあるわ」
その言葉に壁を注視する。なるほど、確かに何か器具があるのがわかった。
「――あとは……天井のシャンデリア。そこも蝋燭で灯りを点けれそう」
「高さ的に、結構辛いかもなぁ……」
「そうよねぇ、もっと早い時間なら明るくて作業も出来――」
ゴキュ!という何か嫌な音が響いた気がした。
「リル、こっちには何か無いか?」
「――物凄く…痛いんだけど……えーっと…光晶球があるわね」
そこで聞き慣れない単語が出てきた、
「なんだそりゃ?」
「擬似的に光魔法照明を発動させる水晶球だな」
と、言われてもイマイチわからないが、要するに魔法の照明器具なのだろう。
錬金術師であるスルーフに聞けば、詳しくわかるかも知れない。
「とりあえず、ササッと点けちまおう」
そう言い、俺達は手分けして灯りを点けて回った。
「ほう、これは見事なものだな……」
ブルーノが感嘆の声を漏らす。
照明が灯され、その姿を明らかにしたフロアは、ランクの高い宿泊施設のロビーを連想させる応接間。
かなりの広さを持つ空間だった。
これだけの人数で押し入っても手狭さを微塵にも感じさせない。
中央にテーブルが複数置かれ、それに合わせてゆったりとしたソファーが並んでいる。
突き当たり奥には暖炉があり、この地域特有の底冷えする夜も乗り越えられそうだった。
「火の番はボクに任せてよ」
ロイはそう言うと、手早く暖炉に火を灯す。
パチパチと音を立てる火に、思わず安堵の息が漏れてしまう。
まだ森に立ち入って一日目だというのに、すっかり長期間森に滞在したかのような錯覚すらあった。
森という人間にとって危険な場所から、屋内という安全地帯へと辿り着いた所為だろうか。
そして一息つくと、今度は疑問が沸いてくる。
「ここは、なんの施設なんでしょうね」
俺の問いに、ブルーノは例の手帳を取り出して確認する仕種を見せた、
「どうやら、例の屋敷に勤めていた使用人の宿舎らしい。
――勿論、無人の屋敷となる前の遥か大昔の話らしいが……」
「使用人の……にしては、随分と豪勢な造りですよね?」
「おそらくは、屋敷への急な来客の取次ぎや、
深夜の来訪者などが宿泊する機能も有していたのでは無いかな」
ブルーノの意見は執事としての視点だろうか。なんとなくそうと思えなくもなかった。
「ま、なんにせよ、俺達はそのお陰で、豪勢な気分を味わえるんだぜ?」
いつの間にか、ドッカリとソファーに腰掛けたゼルが無理やり結論づけた。
「それでは。俺はもう少し、他も調べてきますので」
俺はそう告げ、この一画よりもさらに奥へと続く廊下に向かった。
それに従うかのように、ルーヴィックとリルドナも追従する。
「……お前達も着いてくるのかよ」
「護衛だ。なに、礼はいらん」
「お前に礼を述べることは一生来ないと思うぞ」
口先だけの毒を吐きつつ、頭の中で位置関係を確認するように記憶を走らせる。
照明を灯して回ったので、ある程度は把握出来ている。
この使用人宿舎に立ち入ったのは、南向き――つまり北側からだ。
北側の勝手口らしき入り口から長い廊下を突っ切って、躍り出たのが先程のフロア。
向かって右手――つまり西側の一画が応接間、それと反対の東側は広い幅のままズドンと抜けた通路、というか多分そちらが正面玄関なのだろう。突き当りには両開きの大きな扉が見えた。
この建物は東側を向いた形になっていて、正面玄関から入った来訪者は、そのまま直ぐに応接間へと通される仕組みなわけだ。
今、調べようとしているのは、まだ未踏部分である南側の廊下。
少し歩いて、右手に大きな給湯室があり、そこからさらに扉で隔てられた隣室は大きな厨房のようであった。
構造的に大きな『L』の字の空間で、角を曲がってその先のドアの向こうは、先程の廊下に繋がっていた。
どうやら、給湯室と合わせて大きな『コ』の字のスペースなようだ。
厨房から出て、左手が北側――自分たちがやってきた方向だ――に目をやると、先程給湯室へと入る為に開け放ったドアが目に入った。
今、自分が出てきたドアと開け放ったドアの中間部分で壁が途切れている。
一見するとそちらへ通路が伸びているかのように錯覚したが、構造的にそれはありえない。
「……階段か」
廊下から一段奥へと沈み込むように階段が途中踊り場を経て直角に折れて二階へと伸びていた。
これらは、階段から廊下への出会い頭の衝突を防止する為の構造のようだ。
二階部分は、いくつもの個室が立ち並ぶ、完全に寝室を詰め込んだだけの空間になっていた。
部屋によって、鍵が掛かっていたり、いなかったり差はあったが、やはり人の気配も無ければ生活感を感じさせたりもしなかった。
一階に降りて、再び南側に進路を取り廊下を進むが、すぐに廊下は終わる
そして突き当たりに、簡素な造りの片開きのドア。
近づくと微かに風の抜ける音が聴こえてくる、どうやら外に通じているようだ。
これも北側にあった勝手口のような物だろうか。
施錠を解き、外を覗き見る、
「……なるほど井戸か」
試しにポンプを動かしてみると、ジャコンと確かな手応えと、汲み出される水流。
キッチリとその機能は健在のようだ。
「なぁ、リルドナ」
「んっ?なに?」
俺は水を汲みながら、彼女に告げる。
「お茶淹れてくれよ、熱いのを頼むぜ」
その言葉に目を丸くするリルドナだったが、すぐにその表情を上機嫌なモノへと発展させていく。
鼻歌でも唄いだしそうな口調で彼女は答えた、
「任せなさいっ♪」




