9-3 鍵と女性は優しく扱いましょう
鬱蒼と生い茂る森の中、木々達を押し退けるように聳え立つ、その建造物は風格と荘厳さを兼ね揃え、無人となり何百もの年月を経たにも関わらず、その姿を綻ばせること無く毅然として佇んでいた。
そこへ至っているのであろう、不自然なまでに綺麗に切り整えられた石段が続いている。
最後の最後まで拒絶するかのように、果てしなく蛇行し延々と入り口まで続いている。
「もう目と鼻の先まで来ているのだが…最後の試練といったところか」
「ヘタな罠仕掛けるより効果ありそうだぜ……」
ブルーノの呟きや、ゼルのぼやきもわかる。目的の建物を見せておきながら、『手間と時間』という最大の見えない防壁に阻まれ、気力を大きく削がれているからだ。
その石段の入り口近くに、小屋――というには規模が大きすぎる、二階建ての建物が目に入った。
「なーんか、ここで一休みして行けと言わんばかりの配置だな」
「誘われてるみたいで、嫌な気がしないでも無いけどね」
ゼルとロイの言い分はなんとなくわかる、タイミングが良すぎるのだ。
夕日はすっかり雨雲に隠されてしまい、日没まであとどれ程か計りかねない。
決してそう長くないことだけは確かだ。
「一刻も早く、屋敷へとたどり着きたいところだが――」
ポツポツと、冷たい滴が降り注ぎ始めた。
「いかんな、とうとう降ってきたか」
「うわ、マズイなっ」
むしろ、今までよくぞ保ってくれたというべきか。だが、遂に雨は降り出し始めた。
ロイの焦る理由は、彼の持つマスケットの火薬の所為だ。湿ってしまっては台無しになってしまうからだ。それとは別に困る理由もあった。
重症で運ばれているアビスも問題だ。いくら応急処置をしているとはいえ、雨に濡らしてしまうのは大変マズイ。
もう、長い石段を登る猶予などあるはずも無かった。
「止むを得ん。その建物に避難しよう」
「あいよう!」
ブルーノの決定に誰も異論は無いようだった。誰だってこの肌寒い中、雨に打たれたいなんて思う者は居ないだろう。
簡素な柵に囲まれた敷地へと踏み入り、入り口を見つけ駆け寄る。
その入り口は、勝手口のようなモノだった。備え付けられた片開きのドアは、建物の規模に反し、安っぽい造りをしていた。
「回り込めば、正規の入り口がありそうだけど、いいよね」
「贅沢言ってラれねェ…って開かネぇゾ」
アーカスがガチャガチャと乱暴にドアノブを捻るが、鍵が掛かっているらしく開かないようだ。
「ちょっ!そんなに乱暴しても開かないでしょ!」
この女が珍しくまともなことを言った。
「クソっ、ちょっと離れて。鍵ごと吹き飛ばすよ!」
ロイが苛立った様子で銃を構える。この中で一番雨に困る人間だ、焦るのも無理は無いだろう。
でも思考が短絡過ぎないか?
「もうっ!金髪も何を野蛮なコトを!
ここがダメなら別の入り口でもいいじゃない!」
「だって、一刻を争うだよ?
ボクの銃弾もそうだけど、アビスさんだって雨に打たせるわけにはいかないんだよ」
「そ、そうだけど……」
まぁ、今のやりとりにイロイロ引っ掛る点はある。
なんでリルドナがこんなに必死にドアを破ることを拒むのかわからない。
――だが、それよりも、なんだ。
「はいはい、ちょっとどいて下さいよ」
「ムノー君……?」
「…む、無能…アンタどうするの?」
いい加減、その名前は止めて欲しかったが、気にせず言い争う二人を押しのけてドアの前に立つ。
見るからに簡素なドアだ。そのドアノブの鍵穴を見ると、やはり安っぽい鍵だった。
――これなら楽勝か。
俺は懐から愛用のピックを取り出した。
この程度の鍵ならツールは無くてもコレだけで充分だ。
「すぐ済みますので――」
…カチャ、パチンッ!
「…ま、まさか」
雨の音の中に澄んだように響く金属音、それが意味するのは勿論――
「開きましたので、」
呆然とする一同を置き去りにし、俺は中へと押し入った。
アンタら……俺の本業を何か忘れてないか?




