9-2 その銘は罪詠院 母不知です
なぁ、皆に聞きたい。
俺は幸福なのか?不幸なのか?
決死のヘッドスライディングをかました直後、俺は「ぽよん」とした柔らかい何かに顔を埋める姿勢で硬直していた。
何でそうなったか、時間にして僅かだが、話せば長くなりそうだ……。
「ちょっ! どこに顔押し付けてんのよっ!」
「ぐぬぉ!?」
……理不尽だ。
――そして時間は少し遡る。
「だぁれが、バカですってぇ……?」
彼女の赤い瞳がユラリと閃き、飢えた猛獣が動き出そうとしている。
――が、丸めた絨毯扱い状態だった為、身動きが取れずにジタバタするのみだった。
「気付いたか、リル立てそうか?」
「あー大丈夫よ!立てるわよっ!もう降ろして――にゅ?!」
なんていうか、とても憶えのあるやりとりだった、
――ので、予め走り込むことができた。
ルーヴィックがリルドナをポイっと投げ捨てて、彼女の背中が地面に叩きつけられる瞬間、なんとか俺のヘッドスライディングが間に合った。
いくら小柄で軽量な彼女でも、この不自然な体勢での捕獲は少しきつかった。
俺はそのまま勢い余って、彼女を抱きかかえたまま前のめりに沈み込む、
だから不可抗力なんだと思うんだ……俺の顔が彼女の身体に埋めてしまっても……。
ぽよん、と顔になんとも顔に柔かな感触、この感触は確か前にもあった気がする。
……もしかして、これはリルドナのむ――
「ちょっ! どこに顔押し付けてんのよっ!」
「ぐぬぉ!?」
結論に辿りつく前に、彼女の逆平手打ちで叩き飛ばされる。
だから、皆に聞きたい。
これってラッキーなのか?アンラッキーなのか……。
明滅する視界の中、ロイがポンと俺の肩に手を置き、
「ムノー君、夜にはまだ早いよ?」
「……。どういう意味ですか……?」
俺は精一杯の平静を装いつつ、ジトりした視線を投げつけた。
どうして、この人はこうもいやらしい笑みを浮かべることが出来るんだろう……。
――それにしても、だ。
目の前ではリルドナが手を差し出している、
「はいはい、自分で持つわよ」
不機嫌さを含みつつ、自分で荷物を持つと言う意思表示だろう。
――だが、しかし。なのだ。
「お前、全然っ力入ってないだろ?」
「う……」
そう、いくら手加減しているとはいえ、先程の逆平手打ちは弱々しいモノだった。
今までの彼女からすると、見る影も無く弱りきっていた。
それは外見相応の少女の細腕の力でしかない。
「ってことで、無理するな。大人しくしてろ」
「…わかったわ。でも――」
リルドナは頭を掻きつつ答える、
「ハハシラズだけは自分で持つわ」
手を差し伸べたまま、そう言い放った。
リルドナが返却を求める『ハハシラズ』とはなんだろう?
――言葉に出さずとも答えをくれるのがヤツのウリだった。
「太刀の銘だ、それだけ渡してやってくれ」
「――と、これのことか、変わった剣銘だな」
と言ったところで、俺には東方武器の命銘法則なんて知る由もなく、単純にそう告げただけだった。
「――ありがと、」
俺から太刀を受け取ると、ぎこちない動きで――本当に力が入ってないようだ――その小さな背中に背負う。
その時俺には、何故かそれが…まるで出来の悪い子を背負う母親の姿に見えた。
だとすると、随分と大きな子供だ。なにせ本人の身長とほぼ同じ長さの大太刀なのだから。
「――にゅ?!」
あ、コケた。




