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赤ルア(テスト用)  作者: あせこ
三日目
45/81

8-5 夕焼けの登坂



 東の空は相変わらず怪しい雲行きで徐々にその勢力を広げているのがわかる、一方で雲にまだ侵略されていない西の空では太陽が一日の最後の勤めを全うすべく、その姿を赤く染めゆっくりと舞台から降りようとしていた。

 雷鳴にも似た轟音が断崖地帯へ響き渡る、その音は広がる岩壁に不規則に反射し必要以上に銃の威力を主張しているかのようだった。

 ロイのマスケットが飛竜を捉え、その銃弾が飛竜の胴体へ直撃する。それは銃弾というより砲弾に近く、完全武装の重装騎士を馬上から転落させてしまう程の速度と質量を持つ、直撃を受けた飛竜はたまらず飛行姿勢を崩し、そのまま急降下しようと試みるが――

「――今だよ」

 すかさず鋭い風を切る音共に細長い刃が飛竜の頭を撃ち抜き、そのまま飛竜は絶命する。

 もう何度も見慣れた光景となっていた、迫り来る飛竜をアルバレストのような高推進力をもった必殺の投擲で迎撃する。ルーヴィックが飛竜を仕留めるという光景がもう何度も何度も繰り返されていたのだ。

 ただし、全く同じということではなかった、十数匹(・・・)いた飛竜が、数十匹(・・・)へと増えていたこと、ルーヴィックがあれほど大量に手に持っていた短剣も――投げ切っては懐から取り出し補充し、もう投げた本数は十本や二十本に留まらない――手にはもう一本も無かった。

「……すまん、今ので最後だ」

「いや、充分だよ。

 おかげでこっちもかなり弾を節約できたしね」

「俺も護衛に回ろう」

「ったく、次から次へと沸いて来やがる。

 この森の生態系はどうなってんだ、こんなデカブツがウロウロしてんのかよ」

「いえ、こいつらはおそらく森ではなく、山の方から来ているんだと思います」

 今俺達がいる場所は、妖精の森の中というよりも、そこに隣接する鉱山の端という方が正解しれない。目の前に広がる断崖地帯こそが彼らの縄張りなのだろう。


 今や上空にいる相手に攻撃できるのは、銃を持つロイと魔法を使えるアビスのみであった。俺のクロスボウでは残念ながら、ほぼ頭上とも言うべき角度の上空には射撃できないし、何よりも空中飛び回る相手を捉える技術も無いので狙撃に参加は出来なかった。

「んじゃゼル、しっかりと護衛頼むよ!」

「おう、任せとけ、オメーは存分に撃てっ」

 不適な笑いを浮かべ、武器を構え直すゼルとロイ。


「ふむ……遠方、それも上空ならば座標指定で行くしかないな」

「そんなことも出来るんですか?」

「少々、骨が折れることだが、いけなくは無さそうだ」

 そう語り、詠唱を開始するアビス。それを囲むようにアーカスとガディが護衛に着く。

「極力、アンタには近づけさセねぇヨ」

「自分も引き受けよう」

 確実に彼ら護衛は必要だろう、銃も魔法も再攻撃までの時間が致命的に長い、先程まではルーヴィックが速射性の高い投擲で迎撃(しかもクロスボウよりも高威力という反則具合)していたから良かったが、ここからはそうは行かない。迫り来る敵から射手と術者を守らなければいけないのだ。


 飛竜がロイ目掛けて急降下、しかしそれをゼルは必殺の突きで頭部を穿つ、

 生物は基本的に頭から突っ込む、そうでない二足歩行の人間というモノが逆に例外なのだ。それ故に突撃するとどうしても頭部をさらけ出してしまうのが野生生物の特徴だった。

 敵が攻撃を仕掛けようと突撃するときこそ、近接武器による絶好の攻撃のチャンスだ。

「――て、わけで俺達にも役割は充分あるってわけよ」

「……誰に向かって話しているんですか?」

 槍を構えながら語るゼルについついツッコミを入れてしまったが、つまりはそういうこと。小型の竜の亜種……と言っても、その体長は地上の哺乳動物より遥かに巨大だ、普通なら頭部への攻撃など容易では無い。

 頭部を貫かれて絶命し転がる飛竜の死骸を見つめ、そう結論付けた。

「――ねぇ、アンタ」

「ん?」

「アンタってトカゲ好――」

「黙ってろ……」

 などと不謹慎な言い合いをしていると、突然空がバギンと爆ぜた。

 あまりの衝撃に空気が破裂するかのように震えている。

「な、なんだぁ!?」

 咄嗟に見上げると、粉塵が立ち込めている。空中で何かが爆発したようだった。

 直撃を受けた飛竜は既に落下してしまったのか、見当たらなく、翼や鱗が煤焦げた飛竜が数匹弱々しく羽ばたいているのが見えた。

「ば、爆弾?」

 適当な言葉が見つからず、なんとも粗末な疑問系で口を開いてしまった。

「火属性元素魔法、爆炎(エクスプロード)だ。

 少々、詠唱が長すぎるのが珠に傷だが、これならば多少座標がズレてもいける」

「な、なんて大味な……」

「ほらほら、他人の仕事にケチをつけない……の!」

 俺に説教を飛ばしながら、銃弾を弱った飛竜に浴びせ、トドメを刺す。

 再び致命的な間――再装填(リロード)再詠唱(リキャスト)――が訪れる。

 そこへ、次々と飛竜が襲来する……!

「やはり、読みやすい」

「オルァ!」

 すかさずルーヴィックが迫り来る飛竜の首を刎ねる、それとは別の飛竜をゼルが串刺しに仕留める。

 さらに別の角度から飛竜がアビスに襲い掛かろうと急降下で接近する、

 ズシン!と重量物を受け止める衝撃が響く。

 それはガディが巨大な大剣を盾にし、無理やり飛竜を押し止めた衝突音だった。

「こういう使い方をすると切れ味が落ちてしまうんだがな……」

 そのままギリギリと飛竜を押さえ込み、その動きを完全に封じている。

 凄い腕力だ。いくら彼が巨漢といえど、飛竜はさらにその規格からして別格だ、子供が巨象に特攻を掛けるようなものだ。

「まぁいい、仕方あるまい……おい、頼む!」

「オウ、任せナ!」

 間髪入れずにアーカスが切り込む、流れるような太刀筋でカットラスを縦横無尽に走らせ、的確に動脈という動脈を切り刻む。

 

「あー、もう邪魔邪魔っ!」

 そしてリルドナがポイポイとその亡骸を崖下へ捨てていく(こっちの方が怪力かもしれない)……人型じゃない相手にはまるっきり関心も感慨も無いようだった……。

 ……見事な仕事の分担と連携(?)だった。

 俺を含む、『その他』のメンバーは岩盤のアーチまで下がり待機している。彼らはここより距離にして二〇メートルほど離れている。

 別にサボっているわけではない、いくら比較的拾い場所といっても大勢が暴れまわれる広さというワケでもない。下手に戦闘に参加すればお互い邪魔をしてしまうのだ。

 それに護衛は重労働だ、負傷する危険もあるし、スタミナ切れで動けなくなるかもしれない、そんな時の交代の為にも待機いしていなくてはいけない。

 俺は必死に見守る……『交代』という事態が何を指すのこと重々わかっているからだ。

 

 再びバギンと空が爆ぜる、続けてマスケットが轟音を響かせる。

 辺りを爆発による粉塵とマスケットの硝煙が覆い始めた。

「……悪いね。

 無煙火薬(コルダイト)なんて気の利いたモノ持ってないんだ」

「いつまでもそんな骨董品使ってるオメーが悪いんだ!」

 ケホケホと咳き込みながらゼルが文句を言う。粉塵と硝煙のほぼ中心に居るのだ、かなり辛そうだった。


 新型の火薬、無煙火薬――ニトログリセリンという有機化合物とラッカー塗料などに使われる綿火薬(ニトロセルロース)からなり、安定剤としてアセトンを添加したものだ。

 綿火薬単体でも従来の黒色火薬に比べ、高い爆発力を有してはいたが安定性に欠ける為、混ぜ合わされたものが採用されている。

 無煙火薬はその名の通り発煙も圧倒的に少ない、黒色火薬で霧のような白煙でおおわれた戦場で視界や命令伝達に関する問題を見事解決するのだ。


「まぁ、まだまだ正規軍以外には普及していませんよね」

「おやおや、キミ詳しいね?」

 などと雑学披露している場合じゃない、視界が悪くなり迎撃も難しくなってきた。

「――んもうっ!煙たいわよっ」

 リルドナが苛立った声を上げると共に、目を大きく見開く――気の所為か妖しく光っているように見えた……。

「来るわ! 艦長と不審者っ、気をつけて!」

「艦長? 意味がわからんが。まぁいい」

「また不審者とカ言うナ!」

 次々と判明するリルドナの命名センス、なんで艦長なんだ?

「ぬううぅ!」

 またもやアビスに襲い掛かる飛竜をガディが食い止める。

 すかさずアーカスが先程と同じように切りかかるが――


「まだ来るわ!」

「く、こっちは手一杯だ!」

 続け様に別の飛竜がアビスに飛来する、ガディはすでに先の飛竜を押さえ込むのに手一杯で対応できない!


「悪人ヅラ、ちょ~っと動いちゃダメよ?」

「なっ!?」

 言うや否や、アビスすれすれで太刀を抜刀一閃、すぐ彼の目の前まで肉薄していた飛竜が両断される。そしてさり気無くやっぱり酷い命名だった。彼が驚いたのは、きわどい太刀筋か、その命名か……。

「ヒュー、よく見えるな?ねーちゃん」

 全く以ってその通りだ、粉塵と硝煙で覆われた視界にも関わらず、彼女には的確に『視えている』のだ。目が良すぎるにも程がある、それともあの赤い瞳には何か特別な能力(ちから)でもあるのだろうか?

「はいはい、次は金髪の方よ。ヤンキー顔しっかりね」

「……て、オイ。言われても見えねーよ」

「八時の方向、二秒後だ」

 その言葉にゼルはチッと舌打ちをし、振り返りながら槍を突き出す、

 グチュリと白い煙の向こうで何かが刺し貫かれる気配を感じた。

「よっしゃ!」

「いや、浅い」

 振り向き様、それも視界が悪い中での攻撃だった為、微妙に急所である頭部から槍が逸れていた様だ。

 無力化に失敗した飛竜が痛みに怒りを灯らせながらゼルと襲い掛かる――

 しかし、ズン!!という鈍い音と共に飛竜は脳天を砕かれ絶命する。

「ほらほら、詰めが甘いんじゃないの?」

「うるせぇ、オメーは大人しく護衛されてろ!」

 飛竜がゼルに襲い掛かる直前、ロイが先程見せた銃床(ストック)での殴打で飛竜の頭部を叩き割ったのだった。この人、弾薬が切れても充分戦えるんじゃないのか?

「まだまだ来るわよ!」

「問題ない――捕捉済みだ」

 白い煙の中に次々と首なしの死骸が築かれる。いづれも一刀の下に鋭利に頭部を切断されている。それは生物である以上、確実な死を意味しているのだ。

「視界が悪いのはあちらも同じの様だ、飛行軌道が雑になっている」

「今朝から思うけど、お前容赦無いな……」

「何を言う、無用な痛みを与えない慈悲深い手段だ」

 それもわからないでも無いが、やはり絵的にかなりエグイ……。


 飛竜の迎撃は辛うじて成り立っていた、ほとんど綱渡りに近い危うさは否定できないが、あの兄妹が『異常な聴力』と『異常な視力』を持ってして抜群の察知能力を発揮しそれを逐一伝達してくれているお陰だった。

 ――そして綱渡りに興じる道化師は呆気なく転落させられてしまう。

「う、嘘……」

 元々、大きく目を見開いていた彼女だが、さらに大きく見開き驚愕の感情を露にしている。

「ダ、ダメ…多すぎよ!」

 今までとは比較にならない数の飛竜が一斉に殺到する、その羽ばたきで白く覆われた視界を晴らしていく程だった。

「正直、厄介だ」

 そう言いながらもルーヴィックは果敢に飛竜を斬り捨てていくが、如何せん数が多すぎる。討ち漏らした飛竜が、彼を通過する。

「チッ、しゃーねー!」

「――だね!」

 迎撃は無理と判断したのか、ゼルとロイは際どいところで、咄嗟に地に伏せ、強襲を辛うじてやり過ごした。

 ――それは、とても間が悪かったんだと思う。

 攻撃を直前に避けられた飛竜(ワイバーン)は、一瞬標的を見失い、飛行の判断動作が遅れてしまったのだろう、『障害物』の発見が遅れ、そこに突っ込んでしまう。

 他の飛竜を押し止めるガディだった、別にガディに特攻する意図があったわけじゃない、ゼルとロイが避けた向こう側にガディが居ただけ。そこに突っ込んだ。

「――っ!?ぬぉ!」

 膠着状態にあったガディを押し止めていた飛竜ごと薙ぎ倒し、斬りかかろうとしていたアーカスもそれに巻き込まれた。

 そして、本当に間が悪いことに、アビスは詠唱完了直前で意識を完全に魔法に集中しきっていた為、それらを咄嗟に気付けなかった。

 ほんの一瞬だが、アビスの護りが完全にフリー状態になってしまったのだ。


「ぐがあああああああああ!!」

 飛竜(ワイバーン)の牙が、爪が、アビスの身体に突き刺さる。アビスは鎧なんて身に着けていない、装甲も何もないローブ着ているだけだ。そんなもので猛獣の牙や爪を防げといのが気の毒というものだ。

「――。ア、アビスさん!!」

 弾かれたように俺は駆け出していたが――

 事も有ろうに、飛竜はそのままアビスを掴まえたまま飛び去ってしまった。

「クソ……ま、待て!」

 ロイが慌てて銃を構えるが……撃てない、撃てるわけが無い。下手をすればアビスに当たってしまうかもしれないし、何よりも撃ち落してしまうとアビスもろとも飛竜は墜落してしまう。

 どうすることも出来なかった、ただただ呆然と飛び去る飛竜を見上げるのみだった。


 ――しかし、こんな時でも放心しないのがヤツのウリ(・・)だった。

「貸してくれ」

 そう言うや否や、俺からボルトケースを引っ手繰り、その中から数本ボルトを取り出した。

「そんなのどうするんだ!?」

「すぐわかる」

 短く答え、ボルトケースを俺に押し付けるように返却し、手に持ったボルトを投げつけた。

 ――ただし、飛び去る飛竜にではなく、岩壁に向かって……。


「うお!?」

 思わず声を出さずにいられなかった、驚いたことに手で投げただけのボルトが、次々と岩壁に弾かれること無く突き刺さった。

 ――だが、本当に驚かされたのはその直後だった。


「お、おい!?」

 ルーヴィックはボルトを投げきると、そのまま岩壁に猛ダッシュ。そして壁に突き刺さったボルトを足掛かりにし岩壁を駆け上がった(・・・・・・)

 そこに別の飛竜が彼の行く手に躍り出たが――

「――っ!?」

「……マジかよ…」

 ――それすらも足場にし、さらに上空へと昇っていく(・・・・・)(さり気無くついでに首を刎ねることを忘れていない)

 信じられるか?こんなことが……

 次々と他の飛竜が襲い掛かるが、次々と踏みつけ、階段でも駆け上がるかのように上へ上へと昇る。

 そして遂にアビスを掴んだ飛竜へと追いついた。

「悪いが、余計な傷を負わせる」

 ルーヴィックは刃を超高速で走らせ、飛竜を一瞬にして解体(バラ)し、その残骸からアビスを救い出し手繰り寄せた。

「すまん、頼む」

 そう言い、手繰り寄せたアビスの身体をこちらへ投げてよこす――ていうか投げんな!

「おっと!」

「危ねぇ」

「ナイスよ、一号、二号!」

 それをゴダールとボルコフが受け止める(そういえば居たな…こんな奴らも)、そしてさり気無く命名が酷いことがまたまた判明した。

 どうやらアビスは気を失っているようだった、見るからに酷い傷だ。

 そのまま彼の身体を岩陰まで運び、傷の状態を診る……かなり傷は深く、出血も酷い。ローブの上からでも容易に判断がつくことだった。

 同じく容態を診ていたスルーフもそれを察したらしく、どう処置を施すか思案しているようだった。

「……俺が傷を…止血をやってみます」

「出来るのか?かなり深い傷だがね……」

「わかりません、重ね掛けして極力傷を小さくします」

 今日の俺は何故か回復魔法の効果が上がっている、それでもこれ程までの負傷を癒せるか、正直わからなかった。そんな俺の心境を汲み取ったわけでも無いだろうが、スルーフは手当てするための準備を始めていく。勿論、手や器具の消毒も忘れていない。


 俺は深呼吸し、意識を集中。続いて魔力を指先に込めて魔方陣を描く――地下でリルドナの手を治してやった時と同じく無詠唱での術式だ。

「バ、バカな…結印方陣(キャスト・サークル)だと!?」

 それを目にしたスルーフが驚きの声を上げた。

 淡く光が灯り、アビスの傷口を癒していく……が、まだまだ傷は塞がりはしない。

「き、君はプロイツェンの魔術師なのかね?」

「違います、教わっただけです。

 ――このまま続けて重ね掛けていきます」

「そんな簡単なモノではないのだがね……」


 どうやらこの術式は驚くに値するモノのようだ、リウェンもとんだ代物を伝授してくれたわけだな。

 だが、使えるモノは使えるし、驚かれても困る。そんな論議するよりも目の前の重体患者の方が何よりも重要だ。俺は構わず回復魔法を掛け続けた。



 もう何度目の施術かわからなかったが、かなり傷が小さくなっているのはわかる。

 もう一息といったところで声が掛かった。

「もう充分だ、あとは任せてくれ」

「いえ、あともう少しなので――」

「ダメだ、いくらなんでも無茶しすぎだ。

 これ程の回復力をもつ魔法を何度行使したと思っているのかね?」

「え?」

 そうだ、俺の魔法力は本当に微弱なモノでしかない、何かしらの力で増強されていると仮定しても、その素となる俺の魔法力は確実に消費しているはずなんだ。

 今まで使っても二~三回、それも自分にしか掛けたことが無かったから、その辺りの力の配分がわかっていなかった。

「ここで、君に力を使い果たして倒れられるのも困るんだがね?」

「……わかりました、あとは……お願いします」

「任せておいてくれたまえ、

 これくらいの傷なら軽く何針か縫うだけでいけそうだ」


 俺は身体に軽い疲労を感じながらも、岩陰を後にした。




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