8-2 姉さんは純情なんですよ
まず目に飛び込んできたのは、森の地面。その映像がフラフラと揺らいで見えるのは、自分の意思で揺れ動いていないからだろう。
混濁する意識をヨタヨタと泳ぎきり、俺が何かに身を預け運搬されているということに気付く。
なにやら腹部が妙に圧迫されている気がする。
「――気が付いたか、」
すぐ近くでルーヴィックの声がした、俺基準でやや右よりの後方……地面の景色は俺とは逆向きに流れている、
段々、意識が…頭が回ってきた。
どうやら俺はルーヴィックに担がれているらしい、それも身体を『へ』の字にして、腹部を支点にして前後にダラリと頭と足をそれぞれの方向へと投げ出す形だ。
「もう、立てそうか?」
「…うん、大丈夫そうだ、降ろしてくれていいぞ。わざわざ悪いな――うぐぉ!?」
俺が言い終わる前に、ヤツはポイっとその場で俺を投げ捨てた。
「なに、礼はいらんぞ」
「絶対、言わねぇ……」
無様に森の地面で大の字になった俺は、そう言い返すのがやっとだった。
再びトボトボと一団と連なって歩き出す、辺りは森というより山岳地帯という感じの景色に変わっていた。
意識が戻り動き出せば気付く、変な体勢で意識を失っていた所為か、身体のあちこちが痛いというかダルい。俺は確認するように自分の身体に手を回してみた。
「ん?これは……?」
身体を調べる手が、首へと達したときに何かが触れた。
「ふむ、あの男が施したモノだな」
そう言いながらルーヴィックは目線で相手を示す――スルーフだった。
「治癒力促進の術式封符らしい、首に痛みは無いだろう?」
この首に包帯のように巻かれた紙の帯が、か。
それにしても妙だった、今までまるで存在すら認めて貰えないくらいの仲だったのに、この処遇。
さっきもアーカスの薬を飲むのを止めてくれたし、急に親切になった気がする。
俺はむ~っと首を捻った。
(…キミに少なからず同情しているんじゃないかな)
不意に小声でロイに話しかけられた、
俺は視線を変えずにそのまま対応する…ただし同じく小声で、
(同情って何がです?)
(うーん、キミの境遇をちょっと説明しておいたんだよ)
おそらくそれは俺達が地下にいた時だろう、彼は彼なりに手を回してくれたわけだ。
(振り回されているだけって、それとなく…キミ自身は真面目に仕事に取り組もうとしてるしね、)
(そうすると、今度はあの兄妹だけが印象悪くなりませんか?)
俺の言葉に彼は「しまった」という表情を顕にした、
(そこまでは気が回らなかったなぁ……ごめんね)
「大丈夫か?ナンセンスだぞ」
飛び込むようにルーヴィックの声がきた、そういえばヤツは異常に耳が良いんだった、しっかりとロイとの会話を聞いていたらしい。
俺達と同じように視線は変えずにそのままで口を開いている。
「自業自得なことだ、そこまで気に病まなくて良い」
「……そうかな?」
「――が、心遣いは感謝する」
ヤツは軽く目を閉じ、頭を小さく動かした、会釈か敬礼かどちらかはわからない。
「そもそも、俺もリルもそんな高度な神経を持ち合わせていない」
悪く言えば、鈍感。良く言っても図太い……そういう神経のことだろう。
そこで先程からリルドナの声が聞こえないことに気付いた、いくらなんでも彼女にしては大人し過ぎる……思わず俺は視線を周囲に走らせる。
「……おい、」
「キミにもそう見えるよね……」
俺達よりやや離れて並行する彼女は、顔を俯け、ガックリと肩を落とし、ごーんという鐘の音が聞こえてきそうなくらい沈んでいた。
「メチャクチャ落ち込んでいるように見えるぞ?」
「……正直、驚いた、そんな高等な機能があったとは」
「多分……キミを引っ叩いちゃったのが原因かな」
「「ふむ?」」
思わず俺とルーヴィックは揃えて疑問の声を漏らしてしまった、
「照れ隠しで、悪くも無いキミを気を失うほどの力で叩いてしまったしね」
「ふむー、やはり俺には女の気持ちはわからん」
ルーヴィックはアッサリと思考を止めてしまった、「やはり」の部分がやけに強調されていた気がする。
「叩いたことに負い目があるだろうし、何よりリルちゃんはキミのことが――」
「俺の?」
「――いや、なんでもないよ。
とにかくあの娘は悪いと思ったことは悪いと反省する娘なんだよ、きっと」
「はぁ…確かに何かと直情ですしね。
というか、今までは悪いと認識してなかったってことじゃないですか!」
とは言ったものの、あまり釈然としなかった。
そもそも、なんでこの人はいやらしい笑みを浮かべて話してくるんだ、余計に理解出来なくなり、俺もルーヴィックと同じように考えることをやめた。
「ま、今はそっとしておく方がいいんじゃないかな」
「……そうですか」
そこまででリルドナのことを一旦保留にし、思考をカチリと切り替え――
――しくん、
られなかった。
また、あの危機感にも似た感覚だ……なんとなく頭が「しくしく」と痛む。
結局、思考を切り替えられず、俺はリルドナの方へと忍び寄った。
声を掛けずに、そっと肩をポンポンと叩き、そのまま手を置く、
「な、なによ――」
ぷに。
と指先に柔らかい感触、
「ふひゃ?」
俺は彼女の肩に手を置き、人差し指を立てておいたのだ、それに気付かず顔を向けた彼女は、 見事その可愛らしい頬に俺の指が刺さったわけだ。
「へへ、引っ掛ったな?」
「にゃ…」
そして彼女はネコらしい声を発し――
「にゃにしゅんのよぉぉ!!」
――たのではなく、「なにすんのよ」と言いたかったらしい、直後に鋭い平手打ちが飛んできたのは言うまでもない。
「ぐぬぉ!?」
平手打ちで吹き飛ばされながら、点滅する視界の中、呆れ顔でため息をつくスルーフが見えた、
ただし、その向ける目には以前のような冷たいものは含まれていなかった。
「――って、ゴ、ゴメン」
反射的に殴った彼女だが、すぐ様うろたえて俺に駆け寄る、
が……大丈夫なんだよな。
「心配すんな、やはり無事だぞ?」
「あ、あれ?」
「少しは元気でたかよ?」
来るとわかっていれば致命傷(?)はそうそう貰わない、それを告げようと思った瞬間、
「やるナ、あンちゃん。
咄嗟に衝撃と同じ方向に自分から跳ンで威力を殺したナ」
「…よく見てましたね、」
というわけで、アーカスに種明かしをされてしまったが、ダメージを上手く減らし、リルドナの心境の切り替えを行ったわけだ。
「もう、アンタねぇ……」
彼女は何か言いかけたが複雑な笑みを浮かべため息をついた。「この件についてはここまで」という意思表示なのだろう。
再び、並行して歩き始める、ただしリルドナが離れているわけでなく、ちゃんと近くで一緒に歩いている。
そして何故か、アーカスまでもが近くを並行している……、
いいのだろうか、こっちは落ちこぼれ組だぞ?




