7-4 地下と子供部屋とチョコレート
人骨がある、おそらく人のモノだろう、判別の材料は――
……頭蓋骨があるからだった。
それは、長い年月そこで眠っていたのだろうか、すっかり白骨化している。
ただし綺麗に白骨化している、ではない、
無残にもあちこち食い荒らされたかのように欠損してしまっている。
「……あ、わ、ぁぁ、」
俺のすぐ傍でリルドナが言葉にならない声を漏らしている、その顔は重病人のように真っ青だ。さすがに俺に抱きついたりはしなかったが、その震える小さな手が俺のコートの袖をぎゅっと握り締めているがわかる。
当然だろう、人の骨――それも頭蓋骨なんて見慣れたモノじゃないはずだ、
……この兄妹、こと戦闘に関して高い性能を誇っていた、
だが、兄と妹で決定的に違うところがあったと思う、
それは――命のやり取りに関する価値観だろう、思い返してみれば、あのミノタウルスの時でも散々屈強な肉体に攻撃を阻まれていたが……先程の剣術を使っていたのなら……確実に殺害していただろう。
片腕を痛めつけたのも、太刀の峰での打撃だった。片刃の剣で峰打ちするというのは、刀身の折れる危険を孕む、リスクだけを背負ってなんのメリットも無いのだ。
もし、刃を返さず斬り付けていたなら……腕を斬り落せていたのかもしれない。
だが、彼女はしなかったし、その直後に降参を促すかのように問いかけも投げかけていた、言葉が通じる相手かさえわからないのに。
断言してもいい、彼女は人型の生き物に対して、命を奪うことに消極的だ、
人の死に対して免疫が無いと言い切ってもいい。
無残な白骨は死のイメージに直結する、彼女の反応はごく当たり前なのだ。
一方、ルーヴィックはどうだろう?
いくらリンクスとはいえ、彼は迷わず首を刎ねるという確実な無力化の手段を執った、
そして今この瞬間も、俺やリルドナと同じように、同じものを見つめている筈なのに、全く表情を変えない、声が震えたりもしていない。
――おそらく、死に関して全く無関心なのだ……。
「――なぁ、」
「なんだ?」
「……せめて、何か弔ってやれないかな?」
「大丈夫か?ナンセンスだぞ」
やはり価値観の違いからか、俺の意思はまるで尊重されない、
ではリルドナなら?
俺は彼女に目を向ける――が、相変わらず青い顔をしている、
とてもじゃないが、死者への手向けとかそういう場合では無さそうだ。
「ご、ごめん…あたしこういうのダメなのよ……」
彼女は青い顔のまま、心底済まなさそうな表情を見せた。
尚も顔へ青みが増していく……周囲を染める青い光が、そのまま顔を染めていくようだった……、
――っ?!
青みが増すだと?
周囲を染める青い光だと?
この展開は確か――
視線をリルドナの顔から外し、周囲に走らせる。
「――な、」
部屋の隅にいる俺たち三人を取り囲むように浮かぶ幾つもの青白い光球、ユラユラと揺れ動きながらこの空間処狭しと言わんばかりに宙に浮かんでいる。
それらはまるで真冬の深夜に目にすることが出来る青い月のようだ。
そう、これらは……昨晩リウェンの周りを浮かんでいたウィル・オ・ウィスプ、
――いや、確か彼女は別の名前で呼んでいたはずだ…
「…ブラオ……アウゲン…?」
「う、嘘……」
リルドナは青い顔のまま、信じられないという様子で目を丸く見開いている、
それもそうだろう、先程の話によれば妖精は昼間に顕現出来ないということになっている、しかし目の前の現実は白昼堂々と姿を見せ、それも少なくない数を以って部屋の隅にいる俺たちを追い詰めるように浮かんでいる。
「――くっ、」
俺は咄嗟に腰のショートソードに手を伸ばし構えようとする、
「エイン止せ、」
――が、それよりも早くルーヴィックに制止される。
「アイツらには普通の物理攻撃は通らない、ヘタな攻撃は逆に標的にされるだけだ」
そう言いながら彼は例の短刀を構える、その刃は青白い光に照らされ不気味に輝いて見えた。
……?
物理攻撃は効かないんじゃなかったのかと口にしようとしたとき、
「俺のは少し特別なんでな」
彼はそう答え、不気味に輝くその刀身を俺に示す。
――ここに至って、初めて気付いた、輝きすぎている、鉄――を鍛えた鋼――にしては光の反射率が高すぎる、まるで磨き上げられた鏡のような輝き。
これ程の輝きを誇る金属といえば……
「それ、もしかして銀か?」
彼は満足そうに鼻を鳴らし、
「正解だ、だが半分だ」
銀は古来より魔の者を滅ぼす力があると言われている、そして科学的にも抗菌性に優れていたり、毒の検出等にも用いられているらしい、
非物理的な相手をするのに適しているというのだろうか?
だが、確かにこれだけでは『半分』だ、完全に銀製ではないだろう。
銀は延性および展性に富み、その性質は金に次ぐ……つまり軟材だ、噛み付けば歯形が付いてしまうほどだ。そんな素材で武器なんて作ったら、すぐに形を失うモロイお飾り武器になってしまうはずだ……刃物にするなら、精々食事用ナイフが良いところだろう。
今までの戦闘を見る限り、あの短刀の硬度は計り知れないモノを感じる。
硬度で言えば、サーメットやタングステン等があるが、それだと硬いが衝撃に負けて割れてしまう、硬い=強いとは一概に言えないのだ。
東方の刀剣鍛冶で――リルドナの太刀がそうだろうか?――表面を高い硬度の金属で覆い、芯は柔らかい金属で構成する技術があるらしい、
だが、その理屈だと表面に銀を使えず、やはりあの輝きは得られない。
「一体、何なんだよそれ…」
不意に一体の光球がこちらに飛び掛ってくる、
――が彼は立ちふさがるように俺の前に出て、刃を払う、
ガキィッと甲高い金属音が響く、
あのユラユラと浮かぶ姿からは到底想像の及ばない音だ、
「――厄介だ、」
彼は舌打を漏らしながら、そう呟いた。
相当硬い感触なのだろう短刀を握る左手を軽く振っている。
「硬い…のか?」
「霊的に、な。普通の武器ならすり抜ける」
彼は光球の群に視線を走らせ意識を集中している、
決して自ら斬りかからず、あくまで迎撃にのみ体勢を保っているようだった。
「流石は、最強ランクの装甲等級誇るウィル・オ・ウィスプ類だ――」
再び甲高い金属音と共に光球の突進を退ける、ただし追撃はしない。
この場合はヘタに相手を刺激しない方がいいのだ、相手も警戒して本格的に仕掛けて来ない、こちらの戦力が視えないからだ。
ブラオ・アウゲンにしてみれば、自分達に通じる武器を持っていることが脅威だ、それが牽制となって総攻撃を思い留まらせている。こちらもヘタに追撃をして堰を切れば形振り構わず襲い掛かってくるだろうし、無様に背中を見せて逃げ出せば、脅威無しと判断し襲い掛かってくるだろう。
正に、押さず引かずの中間で微妙なバランスを保っているのだ、
今は膠着状態という見えない壁で何とか守られている。
「ステイルメイトが適用されたらいいのにな……」
「いや、むしろこれはスマザード・メイトの一歩手前だ」
「それって絶望的じゃないか……!」
そこにまたもや光球は飛び掛る、
ルーヴィックは同じように刃を走らせ追い返すが、続けざまに別の光球が飛来する、
「――チッ…」
彼は迎撃の間に合わないと判断し右腕を楯にした、
バチリッと空気が弾ける様な音と共に青い閃光が走る。
「お、おい大丈夫か!?」
「――問題ない、」
彼の被弾する姿は初めて見る、普段なら余裕で避けていたかも知れないが、避ければ俺達に流れ弾が行く――だから避けれない、弾き返すか受け止めるしか出来ないのだ。
俺は奥歯を噛み締め口惜しく思う、俺は完全にお荷物だ。
「そんな顔をするな、俺は俺の仕事をしているだけだ」
俺は彼に、護って貰った上に気まで遣わせてしまった、
「――なら俺も……俺の仕事をこなす、」
戦闘能力の無さは頭でカバーしてやる、
「なんとかこの絶対手から脱出させてやる、こんな状況を強要され続けたらいつかは詰まれちまう、絶対正着手はある筈なんだ」
「大きく出たものだ、」
そう呟きながら甲高い金属音響かせる、確実にその間隔は短くなり攻撃の手が激しくなること知らしめる、
時折、金属音の合間に激しい青い閃光が走る……俺は焦る気持ちを必死に抑え考えた。
――どうやって倒すか、
――どうやって逃げるか、
そのどちらでもない、どうして襲われているかだ、そもそもの理由は『泉の貴婦人』の警告を無視して森の深部へと立ち入ったからだろうが、
今この状況だけを切り取って考えるなら、泉の畔で大カニに襲われたところから考えるべきだ、
そう、あの時襲われたのは俺とリルドナだけだ、あの一連の行動の何かが、いにしえの盟約に抵触したのだろうか?
ご馳走をくれなきゃ悪戯するよ……悪戯を止める何か、それはなんだ?
くそ、なんで大の大人が(俺も未成年だが)子供の顔色伺ってヘコヘコしないとダメなんだ――
――ん、子供?
妖精……子供……盟約と言えば
「……子供部屋のボーギーか」
「ふむ?」
「何……ソレ?」
兄は刃を身構えたまま、妹は顔を青くしたまま、
それぞれの配分で疑問を声にした、
「リウェンなら食いついた話題なのかもなぁ……」
子供部屋のボーギー、親のいうことを聞かない子供たちをしつけるために、大人たちが創り出した妖精たちの総称だ。
――例えば、暗くなっても家に帰ろうとしない子供はバグ・ベアさらわれてしまうとか、
――例えば、夜になっても寝ようとしない子供をボグルブーが煙突から家に入ってきて食べてしまうとか、
――例えば、子供達だけで水辺で遊んでいたり、船に乗っていたりすると、緑の牙のジェニーに足首を掴まれ水中に引きずり込まれるとか、
――例えば、朝寝坊して、慌てて家を出て、ロクに安全確認もせずに曲がり角に飛び出すと、朝食を咥えた女子学生に激突して嫌な条件が成立するとか、
ともかく、子供達の悪戯と大人たちの気苦労の数だけ、子供部屋のボギーのような妖精は存在する。
所詮は、大人達が考えた…文字通りの「子供だまし」なのかも知れない、だがその逸話の大元となる事象は少なからず存在したのでは無いだろうか。
骨組みとなるのは原因と結果の関係、そして今俺が欲しいのは原因だった。
目の前では、突撃を追い返す金属音よりも、止む得ず受け止める青い閃光の方が多くなっている、次第に視界が閃光によって奪われていく、
「――くっ」
思わぬ角度から光球が飛来し、その射線軸にはリルドナの頭があった。
彼女はブラオ・アウゲンを見てから、さらに脅えた様に動きが鈍い、
ルーヴィックからは死角で、いくら彼が高すぎる聴覚で感知し反応出来たとしても、咄嗟に割って入れる立ち居地じゃない。
バチンッと激しい衝撃と閃光が近距離で巻き起こる、
「あ、ああぁぁぁ―――――――――――?!」
彼女は両手を頬にやり、悲鳴に近い声を上げた、
ブラオ・アウゲンの突進が直撃したから?
いやいや、リルドナは無事だぜ?
「――おい、エイン?!」
「・・・畜生、お前よくこんなの何度も受け止められるな…・・・」
咄嗟に俺が左手を差し出したからリルドナは無事だ、
俺は――あんまり大丈夫じゃない、代わりに攻撃を受けた左手には激しい衝撃が電撃のように走り、一瞬意識が暗転しそうになった……その時妙な声みたいなモノが聞こえた気がした。
激しい痺れと痛みで左腕が動かせなくなった。
「く……」
忌々しげに声を漏らす彼の表情は、相変わらず無表情の鉄仮面だったが、その声から動揺と焦りが伺える。
「リル、止む得ん『赤』を使え!」
「―――――――――――え?」
ルーヴィックの指示に、思わず聞き返すような反応を見せるリルドナ、
「で、でも……」
「『赤』でアイツらを切り裂け」
俺には『赤』が何なのかわからない、ただそれがブラオ・アウゲンに有効なモノで、リルドナが使えるモノということだ。
だが、彼女の反応を見る限り、本人が望まないモノであることくらい想像が付く。
「止むを得ないだろう、こんなところで――」
「――わ、わかったわ」
説得を続けるルーヴィックの言葉を遮るようにリルドナは答えた、
こんなところで――の後に続く言葉が何か気になったが、それ以上に震え上がるリルドナが心配だった、彼女は震えながらも左手を持ち上げ小刻みに震わせながら構える。
そして何かの想いを断ち切るかのように、ぐっと目を閉じた、
……あの目が開けばきっと何かが起きる…俺は自然とそう思った。
彼女は静かに深呼吸をし、意を決したかのように瞳を――
「そんなことしなくても良いぜ」
「……な、ん…ですって?」
彼女は泣き出しそうな顔を俺に向けた、
ああ、そうだよ、そんなに嫌なことならしなくていい、エインさんは空気の読める男なんだぜ?
「――っ、どうするつもりだ?」
光球の突進を受け止めながらもルーヴィックは問いかける、
「その前に、リルドナに二つ確認だ」
「え?」
「あのおにぎりに入ってた『梅干』てどんな味だ?」
「酸っぱいわね、えーっと何ていうか、深みのある酸味よねぇ……」
何故か彼女はうっとりした表情を浮かべ、そう語る口元には――
「おい、ヨダレ零れそうだぞ…」
「ち、違うわよっ、見間違いでしょ!」
条件反射でここまでの反応を示すとなると相当な酸味なのだろう、
確かに、これじゃお気に召さないわけだ。
「時に、リルドナ、お前はおやつを何か持ってきているだろう?」
「ど、どうしてそれを……?!」
「やっぱりあるのか……一番甘いのを一つくれ」
俺の言葉に彼女の顔は疑問全開だ、さっきまでの真っ青顔よりマシだろう?
今も尚攻撃を凌ぎ続けてくれているルーヴィックも疑問だらけに違いない。
「んじゃ、この『極甘吐血チョコ』あげるわ」
彼女はポーチから毒々しい柄の包みを取り出し、俺に差し出す。
包みの中身は黒光りするチョコレート、すごいセンスのネーミングだが甘いことは間違いないだろう……普通のは無いのか。
「ま、別に俺が食うわけじゃないけどな」
「はぁ、じゃあ誰なのよ……?」
先程、ブラオ・アウゲンの攻撃を手に受けたとき、聞こえたんだ……、
――オナカ、スイタナ――
「どうせなら、お前がその子に食わしてやれよ」
「だから、誰によ?」
俺は『その子』を指差す――
「――――――――――ほ、本気で言ってんの?」
「頑張れよ、妹に『お姉ちゃん』と呼ばれたいリルドナお姉ちゃん?」
「――な、」
やはり図星だったのか、顔が真っ赤に染まる、青くなったり赤くなったり忙しい奴だ。
彼女はふるふると震えながら『その子』を見つめる、
意を決し、リルドナの手が『その子』――小さな人骨――へと伸びる、
リルドナは顔を真っ赤にしつつも、目に涙を浮かべ、歯をガチガチと鳴らし震えていた。
やっぱりキツイか?
「あ……?」
俺は震える彼女の手に自分の手を添え、手伝ってやることにした、
――ブラオ・アウゲンの狙いは最初からリルドナだったんだ、最初の大カニも、地下の巨大カニも彼女を狙っていた、だが彼女はことごとくそれらを避け、地下から地上への一撃は見事に近くに居た俺にとばっちりをプレゼントしてくれたわけだ。
正確には彼女が携帯していた甘いお菓子、こんな冷たい地下壕でどれ程ひもじい思いをしていたか想像も付かない、味気ない保存食でどれほど食い繋いだかもわからない、どのタイミングでカニに食い殺されたのかも――、
そんな想いを持ったまま死して妖精となり、何十年?何百年?漂ったのかも考え付かない、そんな彼女達の頭上でノラネコのようなお姉さんが楽しげに歌を唄いながら、美味しそうにお弁当を食べる……手を出すなというのが無理というものだ、なんせ子供なんだ。
「悪いな、眠ってるの起こした上に暴れちまって」
俺とリルドナの手でお菓子をかつて口だった場所へと運んでやった、
顎を動かす筋肉も無ければ、唾液を分泌することも出来ない、そもそも舌が無い……味わえることも無い、だけども『その子』は満足したに違いなかった、
だってそうだろ?
俺の頭には届いているんだ、
――アリガトウ――てな。
いつの間にかあれだけ居た光球が消え去っていた。
~・~・~・~・~・~
その後、俺達はロープをよじ登り地上へと帰還を果たした。
ブルーノにはルーヴィックが上手く報告してくれたらしく、特にお咎めも追求も無かった、さりげなくロイが複雑な顔で「お疲れ様」と声を掛けてくれた辺り、俺達の不在の間にいろいろ口論になっていたのかも知れない。
彼は彼なりに俺達の立場がこれ以上悪くならないように、いろいろ進言していてくれたのだろう。
一行は再び進み始める、先程の一件で思い知った、
何故、早朝から出発したのか、
何故、進行を急ぐのか、
日が落ちる前に目的の屋敷にたどり着かなければいけないからだ。
夜になってしまえば、妖精達は容赦無くその力を振るうだろう、
それらは先程のブラオ・アウゲンのように元・無邪気な子供と違い、明らかな敵意を持った邪悪な妖精もいる筈だ。
俺は気を引き締め先を急いだ。
再び無言の行軍になってしまってから数分、
「……お礼、言ってたわね」
ポツリと彼女が呟いた、
「お前にも聞こえたのか?」
えぇ、と彼女は頷いた。
「あれで良かったんだよな?」
そうね、と彼女は頷いた。
「で、なんて言ってたんだ?」
「あははは…」
彼女は照れ臭そうに答えた、
「うん、『オネエチャン、アリガトウ』て言ってたわ」




