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赤ルア(テスト用)  作者: あせこ
三日目
38/81

7-2 ご馳走をくれなきゃ悪戯するよ


 薄暗く、青白い光が弱々しく灯る洞窟に金属の悲鳴が響く、

 一見すると、戦闘は膠着状態のように思える、しかし確実に終焉をもたらすソレは忍び寄って来ている……良くも悪くもだ。

 リルドナを襲った巨大な鋏は空を切り、地盤へ深々と刺さる。


「――っ! 覚悟なさい!」

 時間にしてほんの僅かではあるが、確実に巨大カニの動きが鈍った、彼女は目の前のチャンスを逃さず脚への斬撃を再開するべく、太刀を構えなおす。


 ――やはりこちらを優先しなくては……、

 俺は剣を鞘に収めた。


 これまでにも、彼女は幾度無くカニの脚を斬り付けていた。攻撃を避け、その隙を突いてニ~三発斬撃を浴びせていた。数発斬っては回避行動を取り、あたかも彼女が避難したのを確認してから鋏を振り下ろすような錯覚を憶えるほどの一連の動作の繰り返しだった。

 だが、ここで少し変化があった、鋏が地盤へ突き刺さり、カニが動きを止めた。

 その変化に彼女の行動にも変化があった、明らかに斬撃の手数が増えている。一気に畳み掛けるかのように攻撃の勢いが加速する。

 

 だが、それは……決着を急ぎ――焦りから出た行動では無いだろうか?

 そう……明らかに深追いなんだ!


 不意に巨大カニはバランスを崩したかのように、身体半分を地に着ける。

 あまりの巨体なので、それだけで地響きのような振動が起きた、

 蓄積された斬撃のダメージが、遂にカニを転倒させたっ

 ――のでは無い……!

 地に着いた半身は、リルドナが斬り付けていた脚と反対側だ、

 その巨大な体重を、地に着けた半身で支えるように……

 ――カニの行動とはかけ離れた動きだった。


「くっ、リル下がれ!」

「――っ、え?!」


 一斉にカニの脚が巨大な獣の爪のように彼女に牙を向いた、さらに斬撃を見舞おうと、体重を膝よりも遥か前方へと移していた彼女は止まられない、吸い込まれるように巨大なカニの脚の凶刃に飲み込まれていく。


 ――ズドン、と何本もの脚が地盤へと突き刺さる、その軌道上にあった彼女の身体は、巨大な杭のような脚に刺し潰され、悲惨なノラネコの死骸になっているに違いないだろう――

 ……そのまま下がらなかったなら(・・・・・・・・・)っ、


 嫌な予感がしていた俺は予めリルドナの方へと駆け出していた、そして巨大カニの脚という凶爪が彼女を貫く直前に、

 彼女の両肩を掴んで引き寄せた……本当にこちらを優先して良かった。


「ア、アンタ…?」

「馬鹿正直に突っ込みすぎだっ」

 俺の言葉になにようと顔を向ける彼女だが、その表情には影が差していた。

 その理由を模索するよりも先にルーヴィックの言葉が刺さった、

 彼らしくない、焦りの色が伺える声だった、

「リル、手は無事か?!」

「あ、あははは……、一応は動くけど…」

「うっ……、」

 ダラリと垂れ下がった彼女の右手に視線を移すと――手の甲がバックリ裂けてドクドクと真っ赤な鮮血が溢れていた、どうやら俺が急に身を引き寄せた所為で手を突き出すような姿勢になってしまったようだ。

 そこにカニの脚が掠めて行った、というところだろう。

 いくら、身体を刺し潰されるよりはマシとはいえ、その傷は痛々しい――動くけど…のあとに続く言葉は、やはり「痛い」なのだろうか?

 強情な彼女はそれを口にすることすらしなかった。

 しかし、いつも元気溢れる彼女の顔はすっかり影を潜めてしまっている、もともと肌の白い顔なので、血の気が引くと赤から、青へとガラリと変貌してしまう。

「だ、大丈夫よ?」

 彼女はそうは言うが……片手じゃ応急処置も出来ないだろうし、出血も放置するのはマズイ、そして何よりも痛々しい彼女の姿をこれ以上見ていたくなかった。

「おい、我慢すんじゃねえっ」

 俺は彼女の手首を掴み、動脈を圧迫しつつ、心臓より高い位置に来ないように注意して少し持ち上げる、薄暗くてわかり辛いが傷はかなりの深さに達している、鋭利な刃物で切られた訳ではないので、その傷口は酷い有様だ、骨や腱が無事かすら怪しい。

 ――今日の俺ならいけるか?

カニから間合いを外し治療を試みる、しばらくはルーヴィック一人に頑張ってもらおう。

「少し大人しくしてろよ、リルドナ」

「え、あ、う、うん……」

 と言っても、わざわざ釘を刺すまでもなく、

 何故か、手首を掴まれてからはの彼女は拾われてきた仔ネコのように大人しかった、彼女の顔が視界を掠める……チョッピリ赤味が戻って来ているようだった。

 なんでだろうな、

 この姉妹が困ったり、落ち込んだり、顔を曇らせると…何とかしてやろうという感情に駆られる、――いや、なんとかしてやろうとか上から目線の生易しいモノじゃない、何とかしてや(・・・・・・)らなきゃダメ(・・・・・・)という強迫観念とも言える危機感だ。

 俺はリルドナの右手にヒールを掛けるべく意識を集中する、

 ただし、呪文(スペル)を詠唱しない、指先に魔力(ちから)を込める、

 ――でも可能性がある、と出来るは別問題だよな…俺は確かにそう言った、でも今は、すぐになんとかしてやりたい、出来る出来ないじゃなくてやるんだ(・・・・)

 指先を虚空に走らせ、光の線を次々と描く、不恰好ながら光の魔方陣が完成する。

「う、嘘……?!」

「ほう、」

 ポゥ…と光が灯りリルドナの右手を優しく包み込み、みるみる傷が癒えて行く。

「バッチリ塞がったな」

 そう呟き、俺は彼女の手をパっと放してやる。

「う、嘘でしょ……?」

 信じられないと言わんばかりの表情を浮かべ、自分の手を見つめてしきりに指を動かし始めた、

「――っ!」

 不意にビクっと苦痛で顔を歪ませ、身体を強張らせている。

「あんまり無理に動かすなよ、多分表面上しか治せてないと思う」

「……なんで…」

 俺はむ?と、応える、

「なんで、アンタが結印方陣(キャスト・サークル)を使えんのよ?」

 ふむ、これは結印方陣(キャスト・サークル)という呼称の術式なのか、

「いや、さっきリウェンのメモを読んでたの、お前も見ただろ?」

「そうじゃなくて、なんで一回見ただけで使えるのよっ」

「あんまり俺を甘く見んな!」

 とは言ったものの、正直俺も驚いている、なんせ何回か失敗する見込みで連続して試みる腹積もりだった……一発で成功するとは嬉しい誤算だ。

 

「随分と今日は調子がいいな?」

「お前も俺を甘く見てるな、」

「いや、魔法よりも。何故カニの動きが読めた?」

「読めたって訳じゃない、」

 そう読めた訳じゃないんだ、でも予感はした、

「逆にお前たちは今までなんで避けられてたんだ?」

「なんでって、

 そりゃ野生生物の動きだもん、速いけど馬鹿正直じゃない?」

「だから読めてたんだろ?」

 俺は確信する、カニにしても山猫(リンクス)にしても、野生の生き物だ、それらは本能からの攻撃であって、騙しがない。そもそも嘘をつくのは人間の特権みたいなもんだ。

「悪戯好きな妖精さんが操ってるんなら、

 カニの動きから掛け離れた動きをしてくるんじゃないか?」

「ふむ、そういうことか」

「え?どーいうこと?」

 さすがルーヴィックは察しが良い、一方リルドナは話に着いて来れず、目が点になりチョッピリINT3(おバカさん)モードの顔をしている。

 カニは本来、左右の鋏で獲物を襲い捕らえる、それが彼らの武器だからだ、

 その武器である鋏が地盤に突き刺さり、動きが止まれば当然無力となり、敵対する者にとっては絶好のチャンスとなる――が、それこそが騙し(フェイク)、カニ本来の動きでは考えられない……身体ごと脚を持ち上げ振り下ろすという迎撃方法を用意していた。

 まさにリルドナはそれに掛かり、反撃されることなど、一切考えずに突っ込もうとしたわけだ。

 別に俺はこういう結果が予想できたわけじゃない、わかっていたのは野生の世界ではありえない騙し(フェイク)を何かしら仕掛けてくるということだ。

 そして仕掛けてくるタイミングは、こちらにチャンスが来るときしかないと思っていた。

「ま、まんまとカニを操る妖精さんに騙されたってトコだよ」

「きーーー!バカにしてぇー!」

 なんとなくで意味を察した彼女は怒り心頭に太刀を両手で握ろうとするが、

「あっ?!――っいたた……」

「だから無茶に動かすなって、」

 やはり傷を塞ぎ、止血できただけで中身は傷だらけのようだ、何回かヒールをかけてやるべきか。


「だけどな、傷だらけなのはあっちもだよな?」

「肯定だ、些か動きが鈍いし、なにより脚がおかしい」

 何度も述べるが、カニ本来の動きから掛け離れた動き(・・・・・・・)なんだ、あの巨体を一旦半分の本数の脚で支え、一気に振り下ろした(・・・・・・・・・)んだ……体重は身長の三乗倍に比例する、本来セカセカと水辺や水中を移動するための器官でしかない脚で耐えられる訳が無い。

 命の設計図の仕様から外れた動きをすれば、当然どこかが壊れる。

 文字通り相手の足は死んだ、あとは逃げるか、詰めるか好きなように選べる。


 ふと、ルーヴィクが散々突き抉っていた鋏を見る、側面からの刺突でかなりの亀裂が走っていた。

 だが、それでも依然として堅牢さを保っている。

 傷は側面からのみ……となると――


「おい。ルーク、」

 彼は、む?と一瞬だけ視線を向け応戦を続ける。

「あの鋏の正面から強い衝撃を与えられないか?」

「ふむ、正面……からか」

「それも鈍器で殴打するような重い一撃で」

「ふむ、注文が多い」

 そう呟くと、思案するような素振りを見せつつみ、刃を左手から右手に持ち替えた。

「出来なくは無い、やってみよう」

 彼はそう言い放ち大きく間合いを空ける、そして鈍重な動きで巨大カニは追って来た。

 それを悠然と待ち受けるルーヴィック、迎撃するのだろうか。

「どうするつも――」

 ……りだ、と発しようした口が止まる、

 空気が重い、いやヤツが何かを発している――凄まじい重圧(プレッシャー)

 気のせいか、彼の足が地盤へとめり込んでいるように見える、急速に掛かる荷重が増えたから?

 荷重の増加、ありえない――それにコイツはスピードを活かして切り裂くタイプじゃなかったか?

 そうこうしている内に巨大カニは迫る、それに対し、彼は右半身を突き出すように構える。


 遂に巨大カニがルーヴィックを攻撃圏内に納め、その鋏――ルーヴィクが散々突き抉っていた鋏――を振り上げ、全力を持って彼に振りかざした。

 そして俺は見た、その迎撃の瞬間を

 迫り来る巨大な鋏の先端を、あろうことか順手に持つ刃の柄で受け止めた、まるで破城槌(ラム)が城門を打ち破るかのような重い衝撃が周囲へ響き、

 ――あの堅牢だった鋏が軒先に垂れ下がる氷柱(つらら)のように儚く砕け散った。

 そのあまりにも激しい衝撃に、彼の右手から刃が弾かれ後方へと飛ぶ、

 ――が、すぐに後ろに回していた左手で回収し――しっかりといつも逆手持ちだった――そのまま甲殻の砕けた鋏へと一閃する。

 あの巨大な鋏が刎ねられ、その場に落ちる。ズシンと鈍い振動が響き、遅れてその切り口から青血色素(ヘモシアニン)を含んだ青い液体がドロリと滲み出る。

「――驚いた、」

 残心を置き、構えを解かないまま彼は呟く、

「こうも綺麗に砕けるとは……」


 自慢の鋏を片方失い、巨大カニはその場で暴れる、

「お怒りのようだ、」

「余計、手が付けられ無くなったりしないよな……」

「あ、逃げるわよ」

 巨大カニはもう片方の残った鋏で地盤を掘り返し、瞬く間に地中へと姿を消した、

 何度も述べるが、あのカニは操られている、戦意喪失で逃げ出すこともない……先程の脚の攻撃で足が死んだように、操る側の者は最後まで使い潰すに違いない。

 それなら――

「逃げたんじゃないよな、」

「肯定だ、地中からの奇襲だ」

 その時、キンッと静かな金属音がした、それはリルドナが太刀を鞘に納める音、

 納刀した彼女は犬歯を剥き出しにし、こう告げた、

「お兄ちゃん出現ポイント頂戴、『居合い』を使うわ」

 おい、無茶するなと言いたかったが、素直に聞き分ける空気じゃない。

「ふむ、座標は要るか?」

「要らないわ、どうせ言われてもあたしの頭じゃ処理できないし」

 忌々しげにカニの消えた地盤を見つめ、

「ザックリでいいわよ、大体の方向と距離さえ判れば」

「…俺の立ち居地の七時の方位にお前の足で八歩分下がって構えていろ」

 その言葉に彼女はかしこまり~と答え、足早に移動する

「……七秒後だ、エインはもう少し離れたほうがいい、」

「お、おう……」

 俺は言われるがまま後方へと避難する、あと五秒、

「――これより詰めるぞ」

 何をするつもりなんだ?

 散々、斬撃を弾かれてたんだぞ、あと三秒、

 不意に地響きが起きる……あと一秒!


「……来る」

 その呟きと共に、彼は姿を消した、

 ――と錯覚してしまう速度でその場を離れ、代わりにその場所に巨大な青い杭が生える。

 その杭はグングンと天へと昇るかのように上へと伸びる……いや、伸びているんじゃない、飛んでいるんだ。その鋏は胴体と泣き別れとなり下から突き上げる慣性を保ったまま天へと昇っているのだ。

 勿論、誰の仕業かは判っている……彼女だ。

 リルドナは、自分の目の前で突き上がる青い杭――巨大カニの鋏に向かって太刀を抜刀し、そのまま真横に一閃……まるで光の線が走ったかのような鋭い太刀筋だった。

 放たれた斬撃は的確に甲殻と甲殻の繋ぎ目とも言える関節を的確に捉え、あれほど堅牢であった巨大な鋏を両断した。


「――げっ?!」

 上へと投げ出された物体は、いつかその上昇を止め、今度は重力加速度を伴って投げ出された(・・・・・・)速度で地面へと降りかかる、

 あろうことか、切り離された巨大な鋏は俺の方へと倒れこむように降って来た。


 ズヴウゥ…ンと重い振動と砂埃が巻き起きた……。

「あ、危ねぇ……」

「……惜しい」

「――おい、何が惜しいんだ?」

「冗談だ、気にするな」

 もちろん冗談だろうさ、さもなくば「もう少し下がれ」とは言わないだろう、

 そんなことよりも……問題は――

「このカニどうする?」

 左右の鋏を失い、脚を痛め移動手段も衰え、最早、戦うことも逃げることも適わない哀れな巨大カニ……操られていなければ、とっくに逃げ出しているだろう。

「うーん。トドメを刺すにしてもね?この殻は厄介だわ」

 右手をさすりながら、リルドナが答える、

「てゆーか、メンドイわ」

「――お前らしい意見をありがとう…」


 脅威はすでに無いが、仕留めるとなると骨が折れる、

 俺もその意見に賛成だったが――では、どうしたものか?

「――あっ?」

 気のせいか、カニの身体から青白い光の球が飛び出したように見えた……、

 直後、ガクンと脱力したかと思うと、鈍重な動きで洞窟の奥へと移動し始めた。

「逃げる……のか?」

「そうみたいね~」

 俺たちは暢気にその姿を見送る、

「しかし、両手(ハサミ)を失ってこれからどう生きていくんだろうな」

「そこまで知ったことではない、」

 その言葉に、俺は冷たい奴め、と非難の目を向けた、

「大丈夫か?ナンセンスだそ」

 が――逆に非難の目を向けられ返された、

「そもそも、あれだけの巨体に育つのに、どれ程多くの血肉を啜ったものか」

「それもそうか、やらなきゃやられてた、

 だよなぁ……あのカニも命があっただけでもマシか」

「うむ、キャッチ&リリースは疑似餌釣り(ルアーフィッシング)の基本だな」

「おい、その場合は誰が囮の疑似餌(ルアーリング)なんだ?」

「――言っていいのか?」

「遠慮しとく……」




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