7-1 妖精さんの仕業です
Warnung!
Warnung!
Eine Warnung…
Bitte nimm prompt Zuflucht……
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信じられない。
こんなことがあり得るだろうか?
つい数秒前まで踏みしめていた大地が裂け、そのまま空へと押し上げられる。
砕けた大地は土砂や、さらにその下の地層の物らしき岩盤と入り混じり、無機質な石の渡り鳥のように、次々と舞い上がっていく、一体どこまで上り詰めるのか?
――いや、違う。
土砂が昇っているのではなく……
――俺が落ちているんだ――っ!
人間とは不思議なモノだ、『即死級の高所から落下』という経験は無いのに、何かに追われる悪夢のパターンの一つの結末で『即死級の高所から落下』があるのだから。
今、まさに俺は落下を経験している、時間にしてどれくらいなのだろうか、感覚はとっくに麻痺している。この後に待ち構えている現実を、俺は極力考えまいとするが、這い回る蟲のように次々と沸いては、俺の精神を這い回った。
これは夢なのだろうか? 落ちるという感覚はおそらく違いは無いはずだ、夢との違いがあるとすれば……激突の瞬間に目覚めてくれないことだろうか?
「――くっ……」
ゾワゾワと蟲は尚も這い回る、考えてはダメだ、その先を考えるな、
そんな葛藤は無意味なのはわかっている、考えても、考えなくても終着は確実に訪れるのだ。
そう、
……このまま終着すれば――死ぬ。
――いえいえ、――
静かに頭の中にあの声が流れ込み始めた、
――全く以って――
格式高い霊峰より湧き出る水の如く、淀みなく意識へと流れ込んでくる、
――心配は間に合ってますよ?――
「えっ?!」
と思わず声を漏らした、その瞬間、
「――っ?!」
ボフっと予想を裏切る落下地点への激突の感触、
中途半端に突き出した脚に衝撃が突き抜ける、不恰好な姿勢で着地したため背骨に痛みが駆け巡る、そしてバランスを崩し転倒。
投げ出された手足をアチコチ打ちつけ痛みが走る……そう痛いんだ。
おかしな話だ、確かに身体中アチコチが痛い、でもおかしい。
だってそうだろ?
――痛いだけなんだ。
確かに脚が痛んだ、でも立てる、
確かに背骨が軋んだ、でも普通に歩ける、
確かにアチコチ打ちつけた、でもどこも動かない箇所は無い、
確かに身体中痛かった、でも俺は生きている。
危険は去ったのだろうか?
あれ程聞こえていた『声』が聞こえなくなっていた。
疑問を張り巡らしながら、視線を周囲に走らせる、
薄暗い……洞窟のような空間、そして足場は湿った砂?
激突の緩衝はこの砂地の所為?
俺は恐る恐る天井を見上げる、この空間の天井部分はかなり高いようだ。
よくわからないが……街の教会程度の高さはあるのだろうか、
――人間と言うのは高さに対する距離感は激しく乏しいのだ。
その天井の一角に、一際明るい光を漏らす穴が空いている、
どうやら、俺はそこから落ちたようだ、やはり距離にしてかなり高低差がありそうだ……いくら下が砂地とはいえ、無事で済む高さではない。
光の穴の真下は当然のように、光で照らされている、その部分より先へ視線を送ると、すぐに岩壁に突き当たる。
おそらく…こちら側に泉があるのだろう、もしココが崩れたら泉の水が流れ込んでくるのだろうか?
……だんだん目が慣れてきた、
どうやら、人工の洞窟……地下壕のような場所のようだ、
ここよりさらに奥、俺の落ちた穴とは反対側の方位の一角に根拠を見つける、ボロボロの椅子や机、粗末な寝台が無造作に置かれ、かつて人が生活していたという痕跡を示していた。
そちらとは、違う方位……角度にして百二十度ほど…には、打って変わって天然素材剥き出しの未開拓の洞窟部分があり、さらに薄暗いそこには巨大な石像なような物があるようだ。
石像……?
地下の礼拝施設? 修道窟なのだろうか?
薄暗いが、まるで月明かりような光が篭っていて、全体的に青白い印象を受ける空間だった。
青白い明かりの正体がわからない、一体何だろう?
と思案し始めたとき――
「だいじょぉぉぶぅぅー?むのおおおぉぉぉ!」
リルドナの声が降りかかった、
逆光で見えないが、穴からこちらを覗きこんでいるのだろう、
「すまーーーん、心配かけたーやはり生きてるぞぉ」
俺は信号弾を飛ばすように、我が身の安全を投げかける、
「べ、べつにアンタのこと心配してるわけじゃないんだ――にゅ?!」
彼女が予想を裏切らないリアクションを見せようとしたとき、何故か妙な声を上げた……どこかで聞いたことある発声だ……。
なんだ? と思う間もなく、
――彼女は俺目掛けて降って来た、
転倒、転落、墜落、どれが相応しいだろう?
「ぐぬぉ――?!」
「むぐぅ――っ」
彼女は重力加速度をその身に纏い、抜群の命中精度を持って俺に炸裂する。それは攻城破壊兵を迎撃するノラネコ爆弾のようだ……。
――というか、前もこんなシチュエーションなかったか?
その時と上下が逆な気がする……。
今度は俺がカエルのように潰されているわけだ。
そして、「逆向きだったら、かなり不味かった」とか思わなかったか?
――っ、
そんなコトよりも、息苦しい!
いくら小柄な彼女といえど、こう顔面を圧迫されては息が出来ない、
俺は耐え切れずに、もがいて脱出を試みた、
ふよん…と、顔になんとも柔らかい感触。
――はて?
「――ひ、ひぁ?!」
直後、彼女が上ずった声を上げた、初めて聞く声色だ、
一体、何事だと思考する間もなく――
「ぶぼっ?!」
――バシっと左頬に衝撃が走った。
数秒後、衝撃の正体が判明した、
彼女が右前足を振りかぶり、強烈な平手打ちを放ったのだ。
…右で引っ叩いてる辺り、一応は手加減をしてくれているようだ……。
とりあえず、二人とも身を起こす、
「…て、てて、なんだよ」
「うっさい!」
聞いてみるが、まぁこの有様で、答えは貰えない。
彼女はこちらに背を向けてしまった……そのお陰で「ソレ」が見えた、
「おい、ソレって――」
「え? ――っ、ああ…もうっ」
ソレとは彼女の、大体お尻部分だろうか、そこに付いた一つの靴型があった。彼女は首を捻ってソレを目視しながら手で叩いている。靴型が他の部位にあったなら手伝ってやったんだが……。
――見覚えがある靴型だ……何せ、俺のコートにも付いてるからな、
間違いない、
ヤツの靴型だ……酷いモンだ、妹を蹴り落すなんて。
それにしても、
今度もなんで生きているんだ?
彼女がいくら小柄と言えど四○~五○キロはある筈だ、それがあの高さから落下して来るんだぞ?
無事で居られる訳が無い――俺も彼女も、だ。
しかし、生きているという現実自体に文句は無い、とりあえず遥か頭上に居るであろうルーヴィックに文句を言ってやらねば、
と、そこに一本のロープが垂れ落ちてきた。
「エイン――、
それで登ってこられそうか?」
「いけるとは思う……
が、お前に言いたいことが莫大にあるっ!」
「後にしてくれ、あと一八秒で登ってきてくれ、」
……。
こんなロープ一本だけで、この高さを登りきれと、それも一八秒という嬉しい制限時間付き……硬いポールをよじ登るのとは違い、不安定でなかなかに骨が折れそうだ、
これだけのヒントがあれば自ずと答えは導き出される、
「無理に決まってんだろぉ?!」
「では仕方ない――」
「――いっ?!」
仕方ないと言い終わる否や、ヤツは降って来た、
ただし、俺に激突するわけでもなく、軽やかに地面へと着地をした。
一見すると砂埃一つ巻き上げていないようにすら見える――
いや、それよりも、
「なんで降りてくるんだよ?」
「お前を安全に上へ帰す為だ、」
「はぁ?」
「ザリガニ釣りのエサみたいになりたくは無いだろう?」
――?
ロープをよじ登っている最中に襲われると言ってるのか?
では何に……?
そういえば、なんでここに落ちたんだっけ?
「百聞は一見に如かず――」
「ふぐぉ?!」
またしても強烈な水平方向への衝撃
――というか、ヤツの容赦ない蹴りだ、
なぁ、いい加減わかってきたんだ、今朝からの俺の被ダメの原因を集計すると、この兄妹からの攻撃が見事に上位をワン・ツーフィニッシュを決めてしまう……味方からの裏切りが主なダメージ要因なわけだ。
……などと思案することコンマ五秒ほど、俺は無様に転がりながら、先程の未開拓な洞窟部分へと運ばれてしまった。
顔を上げると、やはり先程の石像が目に飛び込んでくる、
巨大な、それでいて奇妙な石像だった、
とにかくデカイ、小さな小屋くらいはありそうだ、
よく見れば、それは人の形とは異なる形状だった、
複数の脚に巨大な鋏のような手、なんていうかカニみたいだ、
……。
石像じゃないよな……?
……だって、
動いている!
石像は動かないよな?
石像なら鋏を振り上げて襲い掛かって来ないよな?
――やられる?!
「大丈夫か?ナンセンスだぞ」
そのフレーズと共に、俺の身体にシュルシュルッと何かが巻きつき、
「――っ?!」
ガクンと、勢い良く俺の身体は何かに引き寄せられ、気付けばルーヴィックの足元に転がっているのだった。「敵を目の前にして硬直するな」というヤツの手にはワイヤーロープ、どうやらソレで俺を無理やり引き寄せたらしい。
いい加減、扱いが酷すぎないか?
「ふむ、釣れたな」
「無能で大物が釣れちゃったわねぇ」
「おい、コラ……人を囮の捨て駒みたいに言うな――」
――あれ?
自分の発言に自分で引っ掛りを感じた。
「来るぞ、リルは俺と反対から頼む」
「はいはい、かしこまりっ」
二人の兄妹は左右に分かれて迎撃体勢を取る、
俺も一応はショートソードを構えるが、自発的に斬りかかったりはしない。
応戦する二人を眺め、ある嫌な仮説を思い描いていた――
俺には特殊な戦闘技能があるわけでも、高位の魔法が扱えるわけでもない。
ちょっと鍵開けが人より得意な程度としか自覚していない。
もし、ヤツが何かを企んでいて、他人を利用しようというなら、
他にもっといい人材がいそうなものだ…。
――そう思っていた、
利用価値が無いと思っていた、だが違う。
あるじゃないか……利用価値が、そう囮の捨て駒だ。
囮の捨て駒とは自分の駒を犠牲にして、より良い駒を手に入れること、
当然、犠牲となる駒は価値の安いモノ程良い。
価値が一ポイントの歩兵でもお役に立てるわけだ。
俺は捨て駒にされるのか?
そうすると、今度は「何を釣る為に?」という疑問が浮かび上がる。
全く……堂々巡りの思考だ、バカバカしい。
視線を二人に走らせる、
二人とも敵の攻撃を掻い潜り、斬撃を次々と繰り出している。
やはり敵の正体はカニだった、
ただし、上で襲ってきたソレよりも遥かにデカイ、
これだけデカイと殻も相当分厚いらしく、簡単には斬り抜けないようだ、
「――もう、硬いわねっ」
そうぼやきながらも、繰り出される鋏を避け、お返しとばかりにその鋏を斬り付ける。耳障りな金属音じみた引っ掻くような音が響く、相当硬いようだが不思議と彼女の太刀は弾かれていない。
「……なんで弾かれないんだよ」
「剣聖は伊達じゃないのよっ」
律儀に答えながら、またも攻撃を避け、今度は鋏ではなく脚を斬り付け始めた、どうやら転倒を狙うつもりのようだ。
「もうっ、こっちも硬いなぁ……」
やはり弾かれはしていないが、耳障りな金属音が響くだけで一向に斬れていない。
そして、それはルーヴィックの方も同じのようだった、
「……ふむ、」
突進するルーヴィックに巨大な鋏が襲い掛かる、それを彼は少しの軌道修正でかわしつつ、すれ違い様に激しい斬撃を繰り出す。
ギイィィィンと、まるで回転砥石が鋼材を引っ掻くような音が響き渡る。
先程のブルーニッパーの鋏を一刀の下に刎ね飛ばした彼でさえ、今度のカニの甲殻は堅牢なようだ。
彼は少し思案する素振りを見せると、刃を逆手から順手に持ち替えた、
「少し指し手を変えてみる」
「変える……?」
そういうと、足を止め、敵の攻撃を誘うように待ち受ける、
そして、それに掛かった相手は、その鋏を振り下ろした。
ズゥゥンと小さな振動……鋏が洞窟の地盤に突き刺さっていた、
彼は僅かな足運びだけで攻撃を避け、その直後にやや腰を落とし、激しい突きの連打を放った。
――っ!
言葉で表現できないような破裂音が響き渡る、
巨大カニの鋏に少し亀裂が入ったように見える。
「なんて突きだ……」
「――抉りて殺せ、」
「エヴィ…なんだって?」
「短剣術の一つだ、今度教えてやる」
そんな常人離れした技よりも、知りたいことがあった、
「それよりも教えてくれ、」
「なんだ?」
巨大カニは突き刺さった鋏を抜き、その長く大きな鋏を横殴りに振り回した、
が、それを難無く避けるルーヴィック。
会話が普通に出来るくらいの余裕はあるようだ、
「なんでさっきリルドナを蹴り落としたんだ?」
「お前一人にするには危険だったから――」
巨大カニの横薙ぎの一撃を身を屈めて避ける、
「――あと、巨大な生体反応も感じたから、」
「にしても、もうちょい優しくしてやれよ……」
巨大カニは両方の鋏を次々とルーヴィックへと躍らせる、
ヤツはそれを最低限の動きで避け続ける、
「そうも言ってられん、人払いの術式が展開されていた」
「人払い……?」
「無意識にその場から遠ざかるように、」
俺は、ふむと先を促す、
「無意識にその場へ近づかなくなるように、」
俺は、ふむと先を促す、
「そういう意思が働くように仕向けられていた、」
「あのカニが……か?」
「否定だ、そんな知能は無いはずだ――」
――ヤツは攻撃を紙一重でかわし、また抉りて殺せを放つ、
確実に鋏の甲殻へ傷を入れているが、決定打に欠ける。
「じゃあ、妖精さんがコッソリ仕事をこなしてくれてるのか?」
「――肯定だ……」
適当に言った冗談が正解だったらしい……、
妖精だって?
そうだな、そう言えばこの森は何て呼ばれてた?
「妖精の森か……、」
「おそらくは、このカニも山猫も操られている」
妖精の森って言う割りには、
沸く沸く動物ランドっぽいのしか出ないと思ったら、こういうオチか……。
「でも、なんで妖精そのものが出てこないんだ?」
その問いに応えるように、一際大きな斬撃音、
リルドナが横薙ぎの斬り払いしつつ間合いを取った様だ。
「あー、夜しか顕現出来ないからじゃないかしら?」
「夜しか?顕現?」
「いにしえの盟約とかで昼間は出歩けないみたい」
……確か、童話だか何かの本で見た気がする、
それこそ、お伽話に出てくるくらい太古では、妖精はそれこそ年中無休で飛び回っていたらしい、そして人間にとって不思議な力を持ち合わせた彼女たちは脅威そのものだった。
そこで、聖人だか賢者だか神官だかは忘れたが……妖精の女王と、とある盟約を結んだ「悪さするなら夜の屋外だけに」条件付きの盟約なわけだ。
逆に言ってしまえば「夜、外を出歩いている奴は好きにしていいよ」となる交換条件だ、まさに「ご馳走をくれなきゃ悪戯するよ」とも言える。
ちなみに、この盟約に除外される者もいるようだ、
力が弱く害にあまりならないコボルト、人と友好的なシルキーなどがそうらしい。
「コッソリ悪戯するから、人払いか?」
「人払いが完全に構築されていたらお前一人ここに取り残しだ」
「少しは感謝しなさいよね?」
笑えない、どう考えてもこの「悪戯」では命が取られる、
昼間でもこうして間接的に襲って来ているじゃないか、
「もっとマシな盟約は出来なかったのか……」
「さぁな、どんなやり取りがあったかは
――メイヴ卿でもティタニア卿にでも訊くしかあるまい?」
尚も硬い甲殻へと攻撃は続く、確実に傷は入れている……があまりにも微弱な削りだ、一方こちらは一撃でもまともに貰えばひとたまりも無いだろう……実に不公平なやり取りだ。
何か、いい手は無いか?
俺が戦闘に参加したところで、たかが知れている、むしろ邪魔になりかねない。
――なら、頭を使うしかないだろう?
リルドナは――攻撃を避けながら、執拗に脚を斬りつけている、
ルーヴィックは――ひたすら鋏に突きの連打を放っている、
どっちだ?
どちらを優先させるべきだ…?




