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赤ルア(テスト用)  作者: あせこ
三日目
34/81

6-4 この森は迷うんですよ


 日もかなり高く昇り、

 すっかり寒気が遠のく。

 長時間森の中を歩いているため、方向感覚がおかしくなってきた。

 周囲を警戒しながら移動するのだから、それは余計に表れる。

 ――実際に警戒しているのは一部の人間だけだったが…


 俺は懐がコンパスを取り出し方位の確認を試みる。

「なんだこりゃ……」

 針はその動きを落ち着かせることをせずに回り続ける。

 極力揺らさないようにしてみるが、やはり同じだ。

「アンタ何してんの?」

「うぉあ?!」

 俯いた俺の視界にヒョッコリと赤い瞳が出現した、

 リルドナはいつの間にか戻ってきていたらしい、

 その表情は元の――俺のよく知る彼女だった。


「今ので、チャラでいいわ、」

 何を?とは聞かない、それは無粋というヤツだろう?

 俺は極力自然に話題を変えるべく質問を投げる、

「なんだよ…ていうか今まで何してたんだよ?」

「そうねぇ、斥候みたいなことかな~」

 この女にも、一応は周囲を警戒しようという気はあったらしい、

 そもそも最初のリンクスを察知したのは彼女だったか。

 おそらくルーヴィックもあの聴覚だ、絶対気付いていたに違いない、

 俺を蹴り飛ばすために、わざと気付かないフリしていたのなら、やはり性格が悪い。


「あんまり単独行動していると危ないぞ?」

「あ~大丈夫よ、

 あんなクソ猫、目に付いたのは全部斬り捨ててあげたわ」

「それは…斥候(スカウト)じゃなく、強襲(アサルト)と言うんじゃないのか?」

 通りで最初の襲撃以来、リンクスが一匹も現れないわけだ

 …ゴッソリ掃除してしまうとは、さすがはミス・ハイスペックだ。

 ――共食いじゃないのか?とか思ったが、さすがに自重した。

 そして目ざとく俺の手の中にあるものを目にし声を漏らす、

「あー、ここじゃソレ使えないわ」

「へ…なんでだよ?」

 俺が訊ねると彼女は目を点にし、とりあえず口を開く、

「え~っとね、この森ってじば(・・)とかいうものが強いらしいわ」

 結果と原因は知ってるのに、理由を知らない顔だな…

 とりあえず、俺は理解できたので、由としよう。


 俺たちは最初、森に入るときに森に向かって右手に朝日を認めた、

 つまり北向きに…森の南端から立ち入ったはずなんだ、

 北へ北へと進んでいるはずだが…確認材料は森に差し込む光の角度が頼りだった。

 今となっては、日が昇りどちらから、その顔を晒しているか判断が難しい。

 こういう場合は、やはりヤツに話題を振るべきだろう、

「おいっ」

「む?」

「お前たしか、時計持ってたよな?」

「肯定だ…どうでもいいが俺の名は『おい』じゃないぞ?」

 俺は名前を出さずに呼びつけることが多いらしい、悪い癖だとは自覚しているが、

「長くて言い難いんだよ、お前の名前はっ」

 この通り直す気も悪びれる気もあまり無かった。

 目上と認識している人間に対してはさすがに、こうはしないが…

「ふむ…」

 俺の言葉に少し思案し、ヤツはこう返してきた、

「なら、ルークでいい」

「トコトン城兵かよ、まぁ…ソレでいく」

 成り行きから生まれた愛称でも、いずれ既成事実となり浸透する

 本人承諾の上だから確実と言える。

 どうせなら――

 もっと酷い呼び名をこちらから決めてやれば良かったかも知れない、

 この時ばかりは、リルドナの才能を羨ましく思った。

「というわけでルーク、時計を貸してくれ」

「――俺たちは、現在北北東を向いて歩いている」

 ヤツは俺の貸してくれという言葉に対し、方位を宣言する、

 まさに、俺がしようとしたことの結果だけが、返ってきたわけだ。

 そしてヤツはこう続けた、

「これで時計を貸さなくともいいだろう?」

 俺はまたしても思考を読まれて、悔しかったがコイツには敵いそうも無い、

 気にせず話を続ける。

「なぁ、無人の屋敷を目指してるのはわかってるけど、なんか目印とか無いのか?」

「ふむ、それはブルーノ卿に聞くほうが確実だ」

 ヤツにそう返されて、俺は全身の血がゆっくり顔に集まるような感覚を覚えた、

 コイツも雇われた側の人間だ、そもそも聞く相手が間違っている…

 何でも知ってるような錯覚をし、馬鹿な質問をしたものだ。


 俺は確認を取るべく、集団の先頭を歩くブルーノの元へ駆け寄った、

 ついでに、兄妹もついてくる……余計なこと言うなよ?

 俺は彼の背後から声を掛ける、

「あの、すみません」

「む、どうしたのかね?」

 ブルーノは俺の声に反応を示すが、視線は変えずに周囲の警戒を怠らない、

 その警戒を孕む空気は、ヘタに触れれば突き刺さる有刺鉄線のようだ。

 俺に着いてきた二人は、きっと行く先やその目印が無いかと聞くと思ったに違いない、

 しかし、俺がまず質問したのは別のことだった、

「いえ、ザスコという人が直前で仕事のオファーを取り消したと伺いましたが」

「ああ、出発の前日にキャンセルの連絡があったな」

 俺の唐突の話題に少し戸惑ったような気配を見せた…三人とも(・・・・)だ、

 あえてそこは気付かないフリをし、そのまま続ける、

「それは本人からでしたか?」

「いや、ギルドを通じての連絡だったな」

 ――カチリ、

「そうですか、ありがとうございました、それと――」

 一つの疑問の確認が取れた俺は、そのまま本題に入る、

「ずっと北へ北へと向かっているようですが、何か目印になるものでも?」

「うむ…この手記によると、少し開けた場所に出るらしい」

 彼は一瞬だけ手帳を一瞥し、また視線を前方へと戻し言葉を続ける、

「そこには大きな泉があるそうだ、それが貴婦人の泉らしい」

「泉…なるほど、お伽話の通りですね」

 もし、お伽話通りに『泉の貴婦人』が居るとするなら、

 彼女の警告を無視し立ち入った俺たちは無事に済むのだろうか?

 その時、俺の思考を遮るようにルーヴィックが口を挟んだ、

「ブルーノ卿、進路が少し東にそれている」

「む…進路が……だと?君はこの森のことがわかるのか?」

 唐突なヤツの言葉に、当然の反応を示すブルーノ、

 俺にもわかるように説明してくれ、なので黙って続きを見守る。

「進路をやや北北西に

 …三十一度五分七秒変えてくれ、そちらの方向の()が違う」

「ふむ…先程もそうだったが、君はかなり耳が良いようだな」

 そのやり取りに周囲の人間は怪訝な表情と気配を見せる、

 俺も勿論そうだ、音がそこまでわかるものなのか?

 その疑問をぶつけるべく口を開こうとしたとき、

「大丈夫よ、お兄ちゃんの耳はバカみたいに良いから」

 突如、リルドナが視界に割って入ってきた、

 ちなみに俺たちは歩行を止めていない、そして俺は正面を向いてる…

 つまり彼女は後ろ向き(・・・・)に歩きながら、話しかけてきたのだ、

 さすがに妹と違い後ろ向きで歩いたくらいで転びはしないだろうが、

 よくもまぁ、そんな靴でこの足場の悪いところを歩けるものだ。

「とりあえず前向いて歩け、こんな場所で危ないぞ」

「あ~大丈夫、大丈夫、あたしにとっちゃこんなこと――」

 そこまで言いかけた彼女は、顔をゴキュという鈍い音と共に前へ向けた、

 ……おいおい、大丈夫か?

「リル、この方向の先に何か見えないか?」

「うぎゅ…ぐ……ちょっと…待って……」

 彼女は苦しそうにもがきながら、辛うじて言葉を漏らした、

 説明不要かもしれないが…ヤツが彼女の頭を鷲づかみにし、

 そのまま勢い良く前方に向かせたのだ。

 一瞬、首だけ一八〇度向き変わったように見えたが、

 きっと目の錯覚……と思ってやりたい。

 彼女はキリキリとぎこちなく身体を向きかえる。

「どうだ見えるか?」

「……いたたた…何もないわよ?

 ――でもなんか、あっちの方はなんか明るいわね、」

「明るい?」

 思わず俺は口を挟み、彼女はそれに答えてくれる、

「うん、ここみたいに薄暗くなくて、直接お日様に照らされてるわ」

 直接、日が差し込む…つまり木の無い広場ということだろうか、

 当然のことだが、俺にはどう目を凝らしても違いがわからない。

 つまり妹の方は「バカみたいに」目が良いらしい、

 頭も方も似たような…そう似たようなフレーズが付けれそうだった。


「では、この方角でいいんだな?」

「肯定だ、保障する」

 ブルーノはしばらく見つめ考え込みはしたが、すぐにその足を向きかえる、

 勿論、ルーヴィックの指示した方向にだ。

 周囲の人間も怪訝な顔を見せつつもそれに付き従う、

 そして、俺がその方向に歩き出した、その時、


 ――危険です、足元に気をつけて――


 またあの声が聞こえ、思わず足を止めてしまう。

 俺は突然に立ち止まったため、周囲の人間から注目を浴びる、

「どうしたのかね?」

「い、いえ…」

 俺自身にもわからない、だが…あの声を無視できなかった。

 視線を前方の地面に向ける、しかし薄暗い茂みに確認を得られない、

 仕方なく、俺が近づいて調べようとした刹那、リルドナが動いた。

 彼女は太刀を抜き、その刃を茂みへと突き刺す、

 そして、ソレをこちらに向け、示した。

「アンタ、よくコレに気付いたわね」

 ソレはまるでロープような物体で、表面に光沢があった、

 ――蛇だった、それも毒々しい模様を持ち、三角形ぽい頭をしている、

「こりゃ、毒蛇だな」

 すかさず蛇の姿を認めたゼルが正体を告げてくれる、

 よりにもよって毒蛇とは…誰も噛まれなくて良かった。

 あのまま進んでいたら、危なかったはずだ、

 二人の兄妹なら、感知出来ていたかもしれないが、

 先頭を行くブルーノは――わからない、

「ハハッ、これは救われたか?」

 ブルーノは嬉しそうに少しだけ笑っているようだった、

 俺も少しは印象がよくなったのかもしれない。

 などと感傷に浸る暇を与えてくれなかった、

「ねぇ、アンタ」

「なんだよ?」

 この女の質問はいつも唐突だ。

 何やら俺に先程の蛇を突き出してくる、

「アンタって蛇好き?」

「要らん、食うのも飼うのもお断りだ」

 俺は頭痛が新規採用で初々しく出勤してくるのを感じた。

 何をツッコんでいいのやら…

 謎の声が気になりはしたが、今は先に進むことを選んだ。

 



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