6-1 今日の回復は調子がいいですよ?
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時とともに、日はやや昇り、
秋の早朝の肌に刺さる厳しい空気も和らいできている。
だが、ここは依然として薄暗く肌寒い。
妖精の森の奥…本来、人が踏み入れるべきでない場所。
招かざる一行はただただ歩を進める。
俺は意識を集中し静かに詠唱を始める、
ボゥ…と微かに発光し、傷口がほのかに温かくなる。
ヒールの魔法――覚えておいて損の無い魔法の第一候補だろう、
効果の方はさておきで、ちょっと頑張れば誰でも覚えられる手軽さがウリだ。
「……お?」
自らで施したことなのに、驚いてしまった、
何か失敗したから?
いや、その逆で大成功したからだった、
あれほど痛んでいた身体がすっかり治っている。
……何?
何で傷を負ってるか?だと?
つい先程の『ピンクの剥きエビ事件』で名誉の軽傷を負ったからだ。
あれは不幸な事故だった、うん。
「へー、キミは回復魔法を使えるんだ?」
一連の動作を観ていたのだろうか、ロイから声が掛かる、
そちらに目を向ければ、並んでゼルも興味深そうにこちらを伺っている。
「いつもは――もっとショボイ回復しか出来ないんですけど、今日は……うーん」
「なんだそりゃ? てめぇのことなのにわかんねぇのかよっ」
ゼルにも突付かれるが、そうは言われても困る、
なんせ本当に心当たりが無いのだ。
さらに思考を深みへと潜らせようとしたが、
「ともかく、傷が癒えたなら、そろそろボク達も移動しよう」
「あ、そうですね、早く追いつかないと」
冒頭にも述べはしたが、本隊は今も行進中だ、
俺だけ治療のために歩を止めていたのだ。
一人では危険だろうと、この二人が残っていてくれたのだ、
…ありがたい限りだ。
歩きながらも話は続く、ロイはやや俺の前方を進みつつ口を開く、
「無理せずに待って貰っても良かったんじゃない?」
「いえ、自分の所為で全体を止めるわけにはいきませんから…」
傷を負ったのも、魔獣によるものではなくリルドナに殴られたから、
他人から目には、ふざけてて事故った程度にしか映らないはずだ。
そして問題の彼女は、俺を殴るだけ殴って「バカ!」と声を上げて、
ズカズカと先に行ってしまった…目が潤んで見えたのは気のせいだろうか。
「でも、なんでまだケンカなんてしたんだい?」
「いえ、俺は一度も殴り返したことはありません…」
「そういうコト言ってるんじゃねぇ、どうして怒らしたんだ?」
いつの間にかゼルまで俺の詰問に参加している、
護衛と思っていた人間が尋問官に変貌したようだ。
「それは――」
森を吹き抜ける冷たい秋風が、俺の鼻に草の匂いを運んでくる、
すぐ前を歩いているロイが妙に遠くに感じた。
「――うーん、それはちゃんと謝ったほうがいいね、」
「そうなんでしょうか」
俺にも過失がありはしたが、そもそもあの女が木を揺らすからいけないんだ、
謝罪しようにも耳を貸すことも知らないし、
そしてその後も好き放題に殴りやがって、一方的にこっちが痛いじゃないか。
俺の想いに対し、ロイから投げかけられた言葉は
「なんで殴られたか考えてみなよ、」
「殴られた理由なんて、いつもと同じ――」
理由は同じ?
俺が最初に殴られたときは、確かリウェンが転んだのを助け起こそうとしたのを勘違いして、その次がリウェンの下着を過失とはいえ、覗いてしまったから?そして、今朝のはリウェンを泣かしてしまったことか……
あれ?
全部……リウェン絡みじゃないか。
でも、今回のは…
「どんなに、粗野で乱暴に振舞ってても、女の子なんだよ」
「……」
「ま、大切にしてやれよ、てめぇの女なんだろ?」
「…………へ?」
何を言っているんだ、この男は…何度言葉を思い返しても意味がわからない、
俺の理解力が足りないのか、それとも何かの暗号なのか?
そして考えが至らずに俺は唖然としてしまっていたようだ、
「ありゃ、違うのか?」
「すみません、まだ出会って三日目なんですけど……」
あの兄妹とはすっかり馴染んで常に一緒に行動しているが、
…この仕事で知り合った仲なのだ、
いきなりそういう見解を押し付けられても困る。
「随分と手の早いアンチャンと思ったが、そうでもねーのか」
「ゼル、あんまり茶化すのはよくないよ
――まぁ、ボクもすごーく仲いいな、とは思ったんだけどね」
二名の尋問官は俺を解放する気がないらしい…その視線は俺の顔を捉えて離さない、まるで身に覚えが無い、どうみたら仲良く見えるのだろうか?
「まぁ、なんだ……
納得いかねーかも知れねーが…謝っとけ、そういう誠意が大切なんだぜ?」
「ゼルこそ、日頃から誠意を感じられないけどね?」
「な、なんだよ」
ロイは急に矛先をゼルに変更したらしく、その表情をゼルに向けている、
まるで悪戯を思いついた少年のようだ……
歳いくつなんだろう? ちなみに俺は十九歳、今更だけど。
「あんまり誠意を欠いていると…『レッドアイズ』に連れ去られるよ、」
「なんで今頃、そんな怪談出してくるんだよっ!」
意地悪くゼルに迫るロイ、どうやらゼルはこの手の話が苦手なようだ、
その顔は明らかに「聞きたくない!」という顔だった。
とりあえず話に着いていけそうに無かったので、俺は口を挟む、
「レッドアイズってなんですか?」
「えーっとね…
この地域で伝わってるお話なんだけど、新月の夜に顕れる魔物なんだ」
「あれは精霊じゃなかったのか?」
二人の間で認識が食い違っていたらしく、すかさずゼルが口を挟んだ、
だが、その言葉にロイはさらに意地悪い笑顔を見せる。
「子供の頃のゼルが怖がってくれたから、どっちでもいいんだけど――」
「うぉい!」
なるほど、この二人は幼馴染の腐れ縁なんだろうな、
とりあえず脱線しそうだったので、ロイに先を促す。
「どういう魔物なんです……やっぱり赤い目玉の怪物ですか?」
「いや、その姿は、闇そのもので殆ど見えないんだけど、
その中にポツンと赤い光がおぼろげに見えるらしいんだ。」
「暗闇に赤い点ですか……?」
なんとも想像の着かない姿だ、暗闇で赤い点だけ?
「うん、それがあたかも大きな黒い身体を持つ――
赤い瞳の魔物に見えたところからその名がついたみたいなんだ」
「闇そのものを魔物と捉えた……という介錯ですか」
昔の人間はなんと想像力が豊かだったのだろうか、
赤い点だけなら、小さな赤い球の魔物で済むのに、
闇自体を身体と見立てるとは……。
感想はともかく、そもそものツッコミを入れよう、
「でも、昨晩は満月でしたし、新月にはまだ遠いと思いますよ」
「ありゃ、バレちゃったか」
俺の指摘に肩を竦めて見せるロイ、意外と悪戯好きなのかも知れない、
そんなやりとりに、ゼルは舌打ちをし、そっぽを向くのだった。
「とりあえず、俺はそんな新月限定の魔物よりも、
小柄で気まぐれな赤瞳に謝るほうが問題ですよ…」
「うんうん、頑張れ頑張れ♪」
そんな俺のぼやきに満足そうに答えるロイだった……絶対楽しんでるな。
俺は決心を固め、森の悪路を踏みしめる足に力を込め直す、
さて、なんて切り出すか…やっぱり直球勝負かな?
その瞳に負けないくらい真っ赤に染まった顔が思い浮かび、
俺は自然に小走り気味に歩を進めていた。




