5-8 初陣は死者0軽傷1
「――で、」
「……」
「いつまでソコにいるわけ?」
「すみません、タスケテクダサイ」
やっぱり直球勝負でいこう。
ヘタな小細工は余計に状態を悪くする。
ヘタに捻ると、コイツが理解出来なくなるかもしれない。
「素直でよろしい」
そう告げる彼女の顔はネズミを追い詰める三毛ネコのようだった。
絶対、何かする気だ!
「頼むから、普通に降ろしてくれよ…」
「あたしってバカだからぁ普通の意味わからないよねぇ」
と言い放つとゲシゲシと木を蹴りだした。
コラ木を揺らすんじゃない。
「ん、コレって――」
何かを見つけたらしい。
「アンタの剣じゃないの?
まったく、こんな所に落としてあぶな――」
バキッ・・・!
俺が身体を預けている枝が折れ――?!
直後に一瞬の浮遊感。
「――がっ!」
「むぐぅ?!」
そして全身を駆ける衝撃と痛覚、
背中から落ちて一瞬呼吸が止まった。
――?
の割りに、痛みは想定外のユルさ、
なにやら背中で柔らかいものが動いている、
「ちょっとぉ!どきなさいよ!」
どうやらリルドナに上に落ちたらしい。
背中で聞きなれた声が尚も発せられている、
ただしいつものソレよりも二割ほど弱々しい。
通りであまり痛くないわけだ。
こちらからは見えないが――
きっとカエルのように押し潰されているに違いない。
「とにかく、早く…どけぇ!」
背中越しなのでよく判らないが、
彼女は必死にジタバタもがいているようだ。
これが逆向きだったら、かなり不味かったと思う。
いくら力が強くても、悲しいかな小柄故に軽量。
こうやって完全に押さえ込まれると、どうにもならないらしい。
意図して押さえてるわけじゃないけどな。
「わるいわるい、」
身体を起こし、リルドナを開放する。
そもそもお前が木を揺らすからいけないんだぞ?
彼女は悪態を付きながらも身を返し、身体と声を勢い良く立てる。
「まったく、チャッチャどきなさいよ――あ?
――むぐぅ?!」
ベシャっ
と彼女は前のめりに吹っ飛んでいた。
あれは顔から行ったかもしれない…。
「あ…?」
どうやら、俺が袴の裾を踏付けていたようだ。
彼女は勢い良く立ち上がろうとしたので、
思い切りつんのめり、激しく吹っ飛んだようだ。
「悪い悪い、踏んじまって――」
その刹那、空気が凍りついた。
リルドナは前のめりで遥か前方に吹っ飛んだ。
袴は俺の足の下にある。
…。
――そうそう、皆エビは好きか?
俺は好きだぞ。
殻を剥くのが面倒?
いやいや、あれは殻ごと焼いた方が美味い。
基本的に食材は骨とか殻と一緒に調理した方が味が出るよな。
むしろ殻と骨にこそ感謝すべきだと思う。
それで、殻ごと塩焼きにするんだ、
焼けたら火傷しないようにパリパリっと殻を剥くんだよ。
で、尻尾のトコもちょっと難しいけど爪で亀裂入れて割りながら引っこ抜くんだ。
上手いコト、尻尾が千切れずにスポンっと抜けると、なんか気分いいよな?
…まぁ、長くなったがつまりそういう状態。
どう力が掛かれば、あそこまで綺麗にスッポ抜けるかは判らない。
視線の先には、殻を綺麗に剥かれたエビが前のめりに突っ伏している。
…とりあえずピンクだった、意外にも中に穿いてる物は黒じゃなかった。
黒のハイソックスとのコントラストが眩しいとか、ここで書くとマズイので割愛する。
今は重大な選択肢の前に直面しているんだ。
「コ、コレ…返す」
袴を手渡すが、受け取るその手はわなわなと震えている。
俯いているので、表情は読めない。
しかし、さすがに空気は読める。
選択を誤るな、誤れば死に直結する。
謝る?
いやいや、この女に容赦や慈悲は無い。
謝る意味はある、しかし成果は無い。
――俺から袴を受け取り、身体を震わせながらも衣を正そうとしている。
命の危険を報せる警鐘は鳴り響く、おそらくもう秒読み段階。
地獄のカルドロンの前に立たされる生贄の気分だ。
尚も無言のプレッシャーを放つ、その姿はまさに悪魔そのもの、
このアークデーモンから生き延びる方法は最早、
――あの一手しかなかった。
「逃げるんだぜええぇぇ!!」
とにかく今は逃げるんだ、
アークデーモンが行動可能になる前に…!
木々たちが、俺の横をどんどん通り過ぎていく、
距離は稼いだはずだ、なら次の手は?
いつまでも走り続けるわけにもいかない。
どこかに隠れる――いや立て篭もるか。
並大抵の建造物では、あのアークデーモンの猛攻に耐えられない。
――先程の太刀筋を思い返す、俺の剣捌きではとても凌げたものではない。
揺ぎ無い堅牢さを要し、あの悪夢のような斬撃を迎撃する弾幕、
それらを併せ持つ要塞は――あれしかない!
俺は記憶を辿りながら、来た道を逆行し、神々の砦を目指す。
頼む、間に合ってくれ!
「――おい、」
「む、どうした?」
見つけた、俺の神々の砦。
「恥を承知で頼む、俺を助けろ」
「いきなり、なんだ?」
そういうルーヴィックの足元には先ほどの獣の首の無い死骸が転がっている。
あれだけの数を一人で仕留めたというのか、転がる死骸の数は計り知れない。
「凶悪なアークデーモンに追われている、俺では手に負えん。」
「デーモン族?この森には居ないはずだが…」
そう呟くルーヴィックを説得し
ドドドドドドドド・・・・!
悪魔の雷鳴のような足音が轟く、頼むぞ最終防衛ライン!
「来た…!頼むぞ」
「心得た」
ヤツは応え、迎撃の体勢をとる。
ドドドドドッ!
ズザーッ
悪魔がたどり着き急停止、
そして迎撃の構えは弛緩する。
「お兄ちゃんどいて!ソイツ殺せない!!」
殺すとか言ってやがる、即見極めてエスケープして正解だった。
おいおい、手に持つ刀身が赤く光ってるように見えるのは気のせいか?!
「おい…対象はコレか」
「どうだ、恐ろしいアークデーモンだろう?」
封印された伝説の武具のようにルーヴィックは押し黙る。
そして短くない時間思案し、鎧戸のように重くなった口を開く。
「…殺されるのは困るな」
「お兄ちゃんはソイツの味方なのっ?!」
「今晩の対局相手が死ぬのは困る」
「心配はそこかよっ」
いや、この際助かるなら贅沢は言えん。
「…リル、そんな長い刃では、俺の斬撃は凌げないぞ?」
「うーーーーー…」
「悪いことは言わん、刃を収めろ」
ヤツの言葉にアークデーモンは渋々と刀を鞘にしまう。
さすがは最終防衛ライン。
「俺は盤上での城兵だ」
うん、実に頼もしい限りだ――と口にしようとした瞬間、
俺は、ヤツに手繰り寄せられ、
――グルリと、その身を入れ替えられた。
「キャスリングも可能だ」
「本当にそれでいいのか?」
「大丈夫だ、問題ない」
だから、問題があるのは俺の方だ。
そして追い討ちを掛けるように俺に告げた。
「苦くても飲め、それも今すぐにだ」
おい、それは俺の名言だぞ、パクるな。
見せる表情はやはりあの笑顔。
「やっぱりお前は信用できねぇ…」
「殺すなよ」
「善処…するわぁ…」
じりじりと迫る最強の悪魔。
俺は地獄のカルドロンに放り込まれた。
「ネコ踏んで死ね、オルァァァァァ…!」
「おい!何遊んでんだオメーら!!」
薄れ行く意識の中、そんなゼルの声が聞こえた気がした。
俺たちは最初の魔物の襲撃を無事に凌いだ。
死者は無し、軽傷者一名(俺)。
――俺たちの仕事はまだ始まったばかり――




