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赤ルア(テスト用)  作者: あせこ
三日目
29/81

5-7 どう考えても罠でした



 俺は逃げる小さな影を懸命に追う。

 足を働かせながらも思考を巡らせる。

 こんな場所に人間の子供がいるわけはない。

 何かの亜人か何かか?

 早く捕まえなければ…あまり単独で遠くに離れるのは危険だ。

 足はあまり速くないようで、なんとかその小さな肩を捕らえる。

「おい、それは俺の――」

 言いかけた言葉が凍りつく、ある程度覚悟はしていた。

 振り向かせたその顔は、犬の頭のようだった。

 子供が犬の被り物しているように思いたかったが、

 ――そんなのあり得ない――

 コボルトというヤツではないだろうか?

 たしか、邪悪な妖精だか精霊だとか本で見たことがあった。

 記述では坑道や地下に住むとあったが、その真偽を確かめる術は無い。


「くそ、いいから返せっ!」

 疑問の靄を振り払い、荷を取り返そうと力を込める。

 しかし、再び凍りつく。

 ガサガサッと次々とコボルトたちがぞろぞろと姿を見せる。

 数は十数匹、その手には木製らしい棍棒が握られている。

 やられた、まんまと誘き寄せられたか。

 俺は一旦手を離し、間合いを空ける――包囲されない為だ。

 腰からショートソード抜き構える。

 本の記述通りなら、さほど手強くないヤツらの筈だ。

 コボルトが飛び掛り、棍棒を振るう――

 俺は難無く避ける、やはり大したことは無い。

 再びコボルトの一撃、今度は受け流し、俺はそのまま頭部へと剣を振り下ろす。


――フェアリーリングを目撃したら、立ち去るべきです―――

「くっ…」

 しかし剣は空を切る。

 俺は慌てて間合いを取り直す。

 別のコボルトが飛び掛ってくる、

 俺は咄嗟に剣で切り払おうとする。


――ただ楽しく踊っているだけ、そっとしておいて上げてください――

「クソッ…!」

 再び剣は空を切った。

 直後、肩に鈍い衝撃、続いて腰、背中と次々と被弾する。

 なんだよ、どうして?

 どうしてリウェンが邪魔するんだよ…。

 俺は頭部へと打撃だけは免れつつ、防戦一方を強いられる。

 致命傷は来ない、しかしこのままではマズイ。


「アンタ何やってんの?」

 いい加減聞きなれた声だったが、この時ばかりはミルクのように甘く感じた。

 彼女は喋りながらも、次々とコボルトを殴り飛ばしていく。


「なに、一方的に殴られてんのよ、このワン公どもアンタの知り合いなの?」 

 呆れ顔で面倒臭そうに、そう言い放つ。

 手には鞘の付いたままの太刀、つまり鞘ごと打ちつけていたらしい。

 片手で太刀を持ち、そのまま自分の肩にポンポンと弄んでいる。

 さて、どう返事してやろう、正直にリウェンの所為には出来ない。

 ――真面目に考えることでもないか。

「実はそうなんだ、あれは俺の先生の兄弟の息子の借金相手の飼い犬の友人なんだ」

「え?あ?ん~?」

 目を点にして、なにやら片手の指を折って確認している。

 ヤバイ…コイツ、頭は不器用なようだ。 

「とにかく、殺さない程度にやってくれ」

「あ~…はいはい、かしこまったわ」

 弾かれたように動き出し、次々とコボルトを打ち付ける。

 コボルトの棍棒を潜り抜け、流れるように太刀の柄を打ち据える。

 不意に後方からコボルトが飛び掛る――彼女は身体を捻り、そのまま遠心力で太刀を払う。

 強烈な打撃に小さなコボルトの身体は木に激しく打ち着けられる。

 彼女はそのままそのコボルトに歩み寄り、太刀を突きつける。

「もう観念なさい、いくら無能の知り合いでも――」

 ガシっとコボルトはその鞘を掴んだ。

 その行動に彼女は赤い瞳を見開き、一気に太刀を引き抜く(・・・・)

 当然、刃は鞘から抜き去られ、ギラリとその刀身を晒す。


 ザシュ…

 鈍い斬撃音と共に、切断面よりずり落ちる……背後の木が。

 リルドナは、コボルトの頭よりやや上に刃を走らせ、背後の木を切り捨てて見せた。

「次は本当に斬るわよ?

 いくら慈悲(・・)深いあたしでも、いい加減にしないと容赦(・・)しないわ」


 その慈悲と容赦を俺にも向けて欲しいものだ。

 彼女の圧倒的な暴力の前に、コボルトたちは散り散りとなって逃げていく。

「おっと、それは置いていけっ」

 一番最初のコボルトを蹴り飛ばし、倒れたところから荷物を取り返す。

 大した物は入っていないが、近くで一緒に置いてあった兄妹の荷物はデカすぎたんだろう。

「すまん、助かった」

 声を掛けるが、返ってくる彼女の返事は歯切れが悪い。

「ね、ねぇ?」

「なんだよ?」

「アンタの飼い犬の先生の兄弟の息子の借金相手の友人だったら、」

 また指を折って確認している、今度は両手だ。

「ぜ~んぜん、知り合いでもなんでもないんじゃないの?」

「まだ考えていたのか…すまん」

 しかも微妙に順番違って伝わってる…。

 手先は器用だけど、頭は不器用、覚えておこう。

「とりあえず戻るぞ、あまり離れすぎは危険だ」

「あ~はいはい、」


 その時、踵を返し、目に飛び込んできたのは、

 巨大な身体に巨大な斧を手に、まるで牛のような頭を生やした人物。

 あのー

 なんで貴方のような方がこんなところにいらっしゃるんでしょうか…

 あまりにも有名な彼は、普通ダンジョンの奥で財宝か何かを護ってないか?

 皆もよく知ってる、この正体は――

「みのたろう?!」

「なんか違うと思うぞ…」

「みのもん? ものみん…? もーもーかしら?」

 頼む、わからないなら、素直にわからないと言ってくれ。

 正直な表情の持ち主だ、今もそれは発揮されている。

 あたかも『あたしバカで~す♪』というような顔をしている。

「無理に考えるな…」

「じゃあ、ももたろす!」

 この間、空気を読んで待ってくれている彼に敬意を表する。

 その気持ちも込めて、訂正した。

「ミノタウロスだ!」

「惜しかったわねっ」

 惜しくねぇ…という気持ちに左遷を言い渡し、俺は再び戦闘態勢をとる。

 見るからに手強そうだ、俺の剣が通じるのか?

「先に聞いとくわ」

「なんだよ?」

「コイツもアンタの知り合い?」

「心配するな、答えはノーだ」

「ハイハイ、かしこまりっ!」

 返事と共にリルドナは地を爆ぜさせ、エサを見つけたノラネコのように飛び掛る。

 俺も一拍遅れて、斬りかかる。

「おっとぉ、甘いわ!」

 彼女は丸太のような腕から振り下ろされる巨大な斧の一撃を身軽に避ける、

 そして、そのままの勢いでミノタウロスの脚を斬り抜く。

 俺もそれに(なら)って続けて脚を斬りつける。

「――ぐっ?!」

 硬い、それが第一印象、

 装甲の類は身につけていないのに、まるで岩でも斬りつけたようだ。

 俺の一撃はその強靭な肉体に打ち勝てず、弾き返された。

 そこに容赦なく、ミノタウロスの斧が飛来する。


 ガキィッ

 咄嗟に手にした剣で受け止める――が、凄まじい衝撃を受け、そのまま後方に飛ばされる。

「――がっ!」

 そして背中から前方へ駆け抜ける衝撃と痛覚、

 その強烈な衝撃に一瞬呼吸が止まる。

 どうやら木にぶつけられたようだ。

「無能!大丈夫なの?!」

「いてぇけど、大丈夫だ」

 リルドナは俺の言葉に安堵した表情を浮かべ、再び斬りかかる。

 彼女は俺のような愚行は踏まない、振りかかる一撃は全て避け、

 隙を縫うように斬り付ける。

「速い…」

 そうとしか形容できなかった、ミノタウロスの振るう斧はことごとく空を切り。

 ミノタウロス自身がわざと外しているような錯覚さえおぼえる。

 

 カツン…

「あっ」

 不意にリルドナの太刀の切先がせり出した木の根に引っ掛る、

 それは中途半端に食い込んでしまい、彼女の動きを止める。

 マズイ!

「おーい、こっちだ!」 

 気付けば弾かれたように斬りかかっていた。

 突然の声に、ミノタウロスは斧の標的をリルドナから俺に変える。

 それはすくい上げるような軌道で俺に襲い掛かった。


 ガキィィィッ

 剣で受け止めたものの、激しい衝撃とそのあとの浮遊感。

 直後、バキバキという感触と共に身体に硬い衝撃。

 飛び掛った意識を呼び戻し、視線を周囲に走らせる。

 沢山の木の葉や木の枝が目に飛び込んでくる。

 ――打ち上げられて、木の上にでも乗っかったか?

「ちょっと!無能、大丈夫なのぉ?!」

「やはり、痛いが生きてるぞ…。」

 下からの声に返事をする、やはりここは木の上のようだ。

 すぐに降りたかったが、どうも服のどこかが引っ掛っているらしい。

 中途半端な体勢で縫い付けれたような感じかもしれない。

「悪い、しばらく牛の相手は頼む!」

「…?! どこか怪我したの?」

「すまん、どこか引っ掛って降りられないだけだ……」

 俺の言葉にまた安堵した気配を見せ、

「もう、あんまり無茶しないでよぉ」

 そう言い放つ顔は見えなかったが、耳が赤くなっているようだった。

 ああ、そうか、一応俺が助けに入った形になったんだよな。

 対峙する双方の身長差は実に倍、小柄なリルドナがさらに小さく見える。

 お前こそ無茶するんじゃないぞ。


 再び彼女はミノタウロスに斬りかかる。

 今度は攻撃をギリギリまで引き付けて、カウンター気味に攻撃を当てる。

 斧が彼女の髪を掠め、バラバラと何本か宙に舞う。

 構わず彼女は刃を突き出す。

「ググゥッ…!」

 さすがに効いたのか、初めてミノタウロスは声を漏らす。

 素早く刃を引き、両手で持ち直し上段斬りを見舞う、

 それに対し咄嗟にミノタウロスは腕で刃を受ける、

 さすがに鍛え抜かれた腕は強靭でそのまま切り落としたりは出来ない、

 リルドナはそれを見極めたのか、無理に押し込まず、刃を滑らせ振りぬく、

 振りぬいた慣性を利用して身体を回転、遠心力を乗せてそのまま脚を斬り払う。

 そして回転を急停止させ――

 今度は慣性の停止反動を利用して斬り上げ、再度脚に傷をつける。

「グガッァ…!」

 最後に、殴りつけるような横薙ぎの斬撃で攻撃をわざと(・・・)弾かれ、

 その反動をも利用して間合いを空けた。

「結構、しぶといわねぇ」

「お前、すげぇな、その太刀捌きなかなかカッコいいぜ」

「え?! そ、そそそう?」

 律儀にリアクションをしてくれる、背けてしまった顔は見えないがきっと真っ赤だろう。

 照れんでいい、集中してくれ…迂闊に褒めれないな、こりゃ。

「もう、集中できないわ、ちょっと黙っててね?」

 俺は言われた通りに押し黙る、

 不思議とリルドナが負けるとは思えなかった。

 フッ…

 彼女は目を細め身を低く構える。

 猪を仕留めた時のあの目だった、

 長くないの静寂の後、赤い二つの光が閃いた。

「アアアァァァ…!」

 咆哮に近い掛け声と共に彼女は低い姿勢で突進する。

 ミノタウロスも迎撃しようと試みるが、

 あまりの速度に斧は虚しく大地に突き刺さる。

 その小さくない硬直をリルドナは決して見逃さない。

 体重の乗せた縦斬り、平突き、身体を捻っての横薙ぎの払い、

 そしてまた縦斬りへとループする連続技で、容赦なく斬り刻む。

 ミノタウロスに斧を引き抜かせる隙は一切与えない!

「ググゥッ…グァ…!」

 耐え切れずに低い呻き声が次々と零れる。

 とうとう痺れを切らし、斧のことを諦め、

 そのまま掴みかかろうと彼女に手を伸ばす、

 この体格差だ、掴まれればリルドナもひとたまりも無い。

「グガァ…!?」

 ミノタウロスの手の甲から刃が生える。

「アンタ、牛の癖に欲張りすぎよ。」

 そして素早く抜き去り、刃を返した。

 痛みで硬直した相手の腕目掛けて渾身のフルスイング。

「――!?」

 さすがに声にならないだろう、鈍い音と共に太刀の峰が腕にめり込む

 あれは尺骨が折れたかも知れない。

 あまりの痛みに悶えるミノタウロス。

 もう戦意は失われているはずだ。

「観念なさい、命を散らすか、それともココで死ぬか選ぶ?」

「それ、どっちも死亡だぞ」

「あー…あれ?」

 とか言い合ってる隙に…

 ドシドシと大きな身体を震わせながら森の奥へと走り去った。


「ありゃ、逃げちゃったわね」

「おいおい、良かったのか?」

「別にいいわ、人の形してるモノを甚振るのは心痛むしねぇ」

 人の形よりも人自体にその慈悲を分けてくれないモノだろうか? 

 しかし、今の俺は吊るされた哀れな子羊だ、ヘタなことを言えない。

 とりあえず、いかにして説得し、下へ降ろしてもらえるかの算段しなければ。

 俺の交渉人としての真価が問われそうな気がした。




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