5-5 その知識も間違ってますっ!
先程の喧騒から十数分。
次々と人が集まってくる。
その中に一際目立つ人物が居た。
威厳あるフルプレート鎧を身に纏い、格式のありそうなカイトシールド、
そして腰に帯びた由緒正しそうなロングソードの人物。
「あの人って――?」
「あれって、ヒゲ様じゃない? 随分と立派な装備ねぇ」
この女の呼び名じゃイマイチわからん。
えーっと誰だっけ。
その問いにはルーヴィックが答えてくれた。
「執事のブルーノ卿だな」
「うえぇー?!」
おいおい、ちょっと待て、なんで執事があんな豪華な装備してるんだ。
ヘタすると、この中で一番「ソレっぽい」格好じゃないか。
あと、執事に卿をつけるな。
他の人間もそう思っているのだろう、驚きを隠せないといった感じだ。
見れば、ゼルとロイがブルーノに丁寧な挨拶を交わしている。
もう労使関係というより、軍隊の上下関係にすら見えてしまう。
「あれはタダの執事じゃないだろう」
俺は誰となしに口にしたが、ルーヴィックがそれを汲み取る。
「執事として雇われる前は、何かそういう職に携わっていたんだろうな」
「執事というより、用心棒か?」
「大切な剣の鞘を預けるんだ、タダの執事では無いだろうな」
それは納得のいく話だ、野良で集めた素性の知れない人間に全て任せるよりも、
自分の息の掛かった人員を派遣するほうが安全だろう。
探索の対象物を横領される危険もある、口裏合わせれば「剣は見つからなかった」とか適当に報告、もしくは、「魔物と交戦してて鞘を紛失」とか、最悪なシナリオを用意することも出来る。
要するに、いくらギルドから派遣された人間といえど、俺たちは信用されてないわけだ。
「まぁ、その方が面倒なくていいか」
万が一、成果ゼロで終わっても、変な疑いを掛けられずに済む。
そんな俺の思惑を他所に、ブルーノは一同を見渡し口を開き始めた。
「皆、揃ったようだな」
途端、僅かにざわめいていた空気が静まる。
「これより森に入る、
結界を越えぬ限り魔獣は現れないらしいが、気を抜かぬようにな」
そう言い放つ彼の手には、古びた大き目の手帳。
あれに森のことが記されているのだろうか?
勇者の末裔ってのが本当なら、あれは勇者の手記?
確認できることもなく、そのまま手帳は仕舞い込まれ、
俺たちは出発を言い渡された。
足元には落ち葉が堆積し土と入り混じって、
踏みしめると独特の感触を与えてくれる。
不意にその感触の表情を固くすることもあった、
どうやら、今も部分的に舗装された部分が残っているようだ。
ちなみに『結界を越えぬ限り魔獣は現れない』といってたが、何もこの森だけの話じゃない。
今の時代は、もうほとんど魔物に出くわすことはない。
冒険者ギルドの設立、照明などの文明の利器の発達、主要の都市・街道の安全確保の徹底
様々な取り組みが行われた結果、普段人が立ち入る場所には魔物は存在しない。
未開拓の地に冒険に行くか、辺境の地で警備兵でもすれば拝めそうだが。
周囲は静けさを称えている。
小鳥の囀る声や俺たちの足音が盛大に聞こえるほどだ。
俺たちはハイキングに来たわけじゃない、仕事である以上、誰も無駄口は叩かない
――はずでした…いや、もうねぇ。
静寂をブチ壊すのはやっぱりこの女だった。
「ねぇ、ヤンキー顔も金髪もそんなに弓見たかったの?」
「そうだねぇ、あんな大きな弓は珍しいよ、ボクとしてはかなり興味あるよ」
「まぁ、俺はロイほど見たいわけじゃないけどな」
二人は邪険にせず、ちゃんと面倒見てくれる――いい大人だと思う。
というか、いい加減その呼び名はやめろ、「ヤンキー顔」とか逆に言いにくいだろぉ?!
「う~ん、倭の国に招待できたら一杯観れるのにね~」
「まぁ、なかなかそうもいかないね」
「うーん、あたしが射ってるの見せてもいいけど、
どうせ観るなら巻藁稽古とかよりも流鏑馬の方がヤンキー顔も喜びそうね」
「ヤブサメ?」
また聞いたことの無い単語だった、
この女の武勇伝は底が知れない、またトンデモ性能に違いない…。
「馬を走らせて、その馬上で的を射るのよ」
「はぁ?そんなこと出来んのかよ、落馬しねぇか?」
俺は馬に乗れないので、詳しくはわからなかったが、
さすがの俺にも弓で両手が塞がる危険な状況はすぐに想像がついた。
「そうね、だから最初は騎射体勢をとる練習から始めるわ」
「うひ~、それだけでも一苦労じゃねーか」
想像すればするほど、高度な技術に思える。
だが、俺には確信があった、この女なら…俺は口を挟む。
「でも、お前はそれすらもマスターしてるんだろ?」
「よしてよ、いくらあたしの辞書でも『不可能』の文字くらい載ってるわ」
その代わり『容赦』とか『慈悲』が欠落しているんだろう、という意見には即退場願った。
すかさずロイが先を促す。
「でも、やったことあるんでしょ」
「そうねぇ、一回挑戦させて貰ったけど、
皆中なんて到底無理、せいぜい羽分けにするのがやっとだったわぁ~」
全く聞いたことも無い単語だったが、この女のことだ…
おそらく『やっとだった』ということも達人レベルなことじゃないのだろうか。
「じゃあ、模擬線みたいなヤツはねーのか?」
肉食系のゼルらしい質問だった。
あの弓で射合ったら、死人でるぞ、多分。
「模擬戦ねぇ、うーーーーーん」
「別に弓限定じゃなくていいぜ」
この二人が倭国に行ったら、観光内容はもう確定しそうだ。
「じゃあ、『スムォウ』…だったかしら一対一で戦うやつなんだけど」
「一対一か、騎士の一騎打ちみたいなモンか?」
騎士の模擬戦、一騎打ちと団体戦、
俺はどちらも観たことが無いので、一度観てみたいものだ。
「武器は使わないわ、身体一つでぶつかり合うのよ」
「そうなるとレスリング…いや東の草原の民の『クフ』みたいなモンか」
「そうね、似てるかもしれないわね」
「でも、あれって結構地味じゃねーか?」
そういったゼルの批判の言葉にリルドナが噛み付く。
「そんなことないわ、『バンヅケ』ていうランキング制があるんだけど、
それの下位、『マクシタ』呼ばれる選手はまだまだそうかもしれないけど…」
「ランキング…リーグ戦なのか」
「そうよ、それでランキングは大きく分けて『マクシタ』『マクウチ』に分類されてて、
これは騎士と従士くらいの実力と待遇に差があるんじゃないかしら?」
「そりゃ、随分と落差があるな。」
「その中でも頂点に立つ『ヨコヅナ』の試合ともなると凄いわよ?
闘気と闘気の激しいぶつかり合いはまるで雷鳴、山一つ消し飛ぶくらいよ、
守護障壁無しじゃ観てるのも危険だったけど、あの華麗な空中戦は忘れられないわ」
「すげぇな…やっぱり倭国は底が知れねぇ……」
「こ、これは倭国に行ったら一度は観ておかないとね」
さすがの傭兵の二人も想像を絶するモノなのだろう。
極限にまで己の肉体を鍛え上げ、逞しく日々精進し続ける武人。
そんな武人たちの修行から生みだされるに様々の多彩な技を思い浮かべる。
俺は倭国へ想いを馳せるのであった。




