5-3 今日も早速失敗連発の予感
注がれた朝日に一瞬目をくらまされ、ヒンヤリとした風に頬を撫でられた。
その清涼感を堪能するのも束の間、不意に頭上から声が刺さる。
「アンタ、リウェン泣かしたでしょ」
その声に反応し視線を向けると――
視界一面の闇。
一瞬にして夜になってしまった、
――のではなく、『黒いモノ』に視界を塞がれた。
それはリルドナの黒い平底パンプス×二足(の靴底)
「ぶごっ!?」
俺は倒れるまでのその刹那、点滅する視界の中で、大きくせり出した木の枝と――夕食の魚を盗んで逃げ去るノラネコのように華麗な宙返りして着地するリルドナを見た気がした。
ていうか出発前から俺のライフを削るな。
この間、僅かコンマ五秒なのだから、驚かされるばかりだ。
「いってぇー、何しやがる!」
「それはこっちのセリフよ! リウェンに何したのよ?」
思わず言葉に詰まる、なんと答えたら無難か頭が回らない。
そのまま隠蔽率ゼロで言えば間違いなく殴られる。
下手に信憑性ゼロの嘘を言っても殴られる。
だからといって、発言性ゼロで黙っていてもやはり殴られる。
ゼロはイロイロとダメなのだ。
どうしたものかと、思案していると思わぬ助け舟が来た。
「リル、心配するな、大したことじゃない」
「え?そうなの?」
ヤツは笑顔でリルドナを諭す、
絶対イヤな予感しかしない、予感じゃなく確信と言ってもいい!
「ただ単に丸裸にされただけだ」
「へーそうなの~
………ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
ちょっと待て!
『心を』が抜けてるぞ!?
二つの赤い光が鋭く閃いた気がした。
薄暗い夜道でノラネコ見つけたときってこんな感じだよなぁ。
――などと暢気なこと思考してる場合じゃなかった。
「がっ――?!」
すくい上げるような強烈なアッパーで、
なぜかダウン状態から無理やり立たされる。
咄嗟に視線を走らせるが、ノラネコ…もとい彼女の姿は無い。
直後、上方からの衝撃…また跳んでの一撃らしい。
衝撃はそのまま後方にえぐられるように抜ける、
そして、今度は後方からの被弾の感触。
俺からは当然見えないが、後ろに回りこんだ彼女が連続技を叩き込んでいるようだ。
背後からの危険な打撃に俺はなす術もない――!
やめてくれ、俺のライフはもうゼロだ…。
「――というのは冗談だ」
「は?冗談?」
ピタリ。
ヤツの言葉で打撃の弾薬供給が急停止、
急な慣性遮断で、俺はまたダウンする。
「なんてことはない、
少し会えなくなるんでな、話しこんでいたら感極まった、というところだ」
「あ~そっか~、そうよねぇ、あたしも寂しいわぁ」
俺を殴るアクティブポイントを失った彼女はそのまま何事もなかったように振舞う。
そしてヤツは錆びついた鉄柵門のように口を開く。
「なに、礼はいらんぞ」
「心配するな、絶対言わん」
悪態をつきつつ、なんとか身を起こす、
くっそ、朝一番からすでにドロドロじゃないか。
そんな俺の姿を見てか、リルドナは言葉を発する。
「あ~アンタの顔――
なんか汚れてるし洗ってきたら? ネコでも顔洗うわよ?」
それはお前が蹴ったからだろう、という言葉に隠居を命じ、
俺は素直に顔を洗うことにした。
ザパァー…
冷たい朝の空気に、冷たい水はやはり身にしみる。
「ふう……」
相変わらずの扱いの酷さにため息が漏れた。
不思議なモノだ、出会って今日でまだ三日目なのに、
兄が俺を嵌め、妹が俺を殴る、これが自然なコトになりつつある。
俺はルーヴィックに『俺を試してただろ』と指摘した、
別にそのことに偽りはない。
しかし、その必要性が見つからない、
俺には特殊な戦闘技能があるわけでも、高位の魔法が扱えるわけでもない。
ちょっと鍵開けが人より得意な程度としか自覚していない。
もし、ヤツが何かを企んでいて、他人を利用しようというなら、
他にもっといい人材がいそうなものだ…。
ただ単に気に入られただけ?
……。
答えは出なかった。
顔を洗い、先程の場所に戻ると。
例の兄妹は、軒先の段差に腰掛け何やら準備をしている。
「おう、何してるんだ?」
「ちょっとした、武具の手入れだ」
ルーヴィックの手には、細身の短剣。
短剣と言うより、柄の付いた針?
それらは大量にあり、ひとつひとつ入念にチェックしている。
「そんなもん昨日の内にやれよ」
「勿論したさ、これは念のためだ」
そう言いながら、確認を終えたそれを次々と懐に仕舞い込む。
ていうか何本入るんだ…?
視線をリルドナにスライドする。
彼女は何か棒状の物を背負っているようだった。
細長くゆるくカーブを持った剣のようなもの。
「おい、何を背負っているんだ?」
「あ~コレ? 太刀よ」
「じゃなくて、あの弓はどうしたんだ」
「今日は弓って気分じゃないのよ」
「お前はその日の気分だけで、いろいろ武器使いこなすのかよっ!」
「あ~うっさいうっさい、剣聖取るのに必要だったのよ」
気だるそうに答えるリルドナ。
そんな彼女の耳でピアスがキラリと光った気がした。
「ねぇ、アンタ」
「なんだよ」
「荷物は?」
「あ――」
呆れるルーヴィックに、目を丸くする姉。
参ったな…これと同じこと前もあったよなぁ。
今戻ったら、泣いてるリウェンに鉢合わせするな…。
リウェンにあわせる顔が思いつかない俺は軒先の段差に座り込み、ため息を漏らしながら重装騎兵のようにドシリと荷物を降ろすルーヴィックの「とってきてやろうか?」の言葉に「すまん頼む」と答え、眼前でエサにありついたネコのようにニヤニヤと笑うリルドナいじられつつ、もう女は泣かすまいと誓うのだった。
くどくて、すまん。
要するに――――
荷物を取りにいくと……
リウェンに鉢合わせするかも知れないので、
……ルーヴィックに甘えたわけだ。




