5-2 その笑顔が曲者なんです
廊下――といっても部屋と小屋の外をつなぐためだけの狭い空間。
壁も簡素な造りの物だ、
扉を閉じてあるにも関わらず、リウェンのすすり泣く声が漏れてくる。
「あまり妹を泣かさないで欲しいものだがな?」
「手が過ぎたのは謝る――が、フォローは入れようとしたんだぞ」
「ほう、また鼻でも摘むのか? あいつの粘膜は弱いからあまり摘むな」
「うー、鼻血顔はみたくねぇな…」
ルーヴィックは小屋の外へ出ようとしない。
そのまま動かない、俺も動かない。
お互い話があるということだ。
先に口を開いたのはヤツだった。
「何か結論が出たようだが?」
「あくまで仮説だけど、リウェンが俺に解けるように喩えているならの話だ」
――不幸をお茶の苦味、姉の気遣いを砂糖の甘味とするなら。
――苦味自体を否定――もしくは排除してしまえば、甘味は意味を成さなくなるからだろう。
姉の気遣いさえも否定し兼ねないからだ。
――そして角砂糖一個まで、二個目は我慢と言った、ヘタな同情は要らないという拒絶だ。
さらに『身に余る』とも付け加えた、つまりその一個ですら、過剰な部分がある。
それらを踏まえた上で俺は答えた。
「リウェン本人はさ、自分の不器用な身体がイヤでイヤで仕方ないんじゃないかな」
「ふむ…」
「でも、その嫌悪していること自体を他人には見せたくない」
「なぜだ?」
「事故だか病気だか、原因はわからない――けど原因はお前ら兄妹にあるんじゃないのか?」
「なに…」
「仮にリルドナが原因しよう、
リウェンが落ち込めば原因を作ったリルドナも罪悪感で押しつぶされる」
相変わらずヤツの表情は読めない。
そして返し手もこない。
かまわず立て続けに手を指す。
「だから、いつまでも悲しんでいる姿を見せられないし、罪悪感からくる姉の心遣いも無下にできない、そして、姉のそういった行為を受け続ける以上、根本の不幸を否定できずに引き摺ったままになるんだ。でも、一番不幸と蔑んでいるのはリウェン自身なんだろうな」
――そう、本人にとっては触れられたくない部分、俺が無責任にもそのことを言ってしまったので、思わず感情的に対応してしまったんだ、あのときの言葉はまさしく本心だったはずだ。
――そして咄嗟にお茶に喩えて文字通り、お茶を濁そうとしたんだ、
あんな似合わないキャラを演じて。
「だから言ったんだよ、苦くても飲めって」
――甘味…姉がいなくても、いつかは生きていける、苦味をも飲めるくらい強くなれるかもしれない。
いや、苦味――不幸から正面から向きあうべきなんだ、姉も妹も。
「それとお前に言いたいことがある」
「なんだ?」
「たしか、部屋で目覚めたリウェンを『素』と言ったが
――あれ、嘘だろ?」
ルーヴィックはピクリと反応するが、無言のままだ。
「さっき鼻摘んだとき、咄嗟に敬語がでた、その身に言葉遣いが備わってる証拠だ」
それがなくても、昨晩俺に激昂したときでさえ、敬語だった。
「そしてお前は、『見るのは久しぶり』と嬉しそうにしてたが――
お前が笑うときはロクなことをしでかさない、悪さしている顔だと思ったよ」
「酷い言われようだな」
実際にコイツは鉄仮面のような無表情と、作ったような笑顔しかしない。
顔曇らせたりとか、微妙な変化はあるだろうが。
「お前ら兄妹、全員ヒント出しすぎだ」
尚も変わらず無表情の鉄仮面。
構わず俺は続ける。
「子供っぽいのが背伸びしてるんじゃない、
丁寧な言葉使いを備えた娘が、わざと子供っぽい口調をしているだけだ」
「逆だと言いたいのか?」
「その方が筋が通る、姉の前でドジな妹を過剰に演出してるところがあるんじゃないのか?」
そもそも人は相手によって言葉使いや態度を変える、俺だって変えてる。
全く変えないしブレない、この兄と姉がおかしいんだ。
「どうしてそう思う?」
「馬車の中で寝てるリウェンの指、絆創膏だらけだっただろう?」
「そうだな、リルと一緒にお前のコートを修繕したからだろう」
それだけなら、その時点なら、俺も不自然と思わなかった。
しかし、あの娘は俺の目の前でウサギを蘇生して見せた。
「じゃあ、なんで自分の指を治療しない?あれだけの回復魔法を使えるのに……だ」
続けて手を指す。
「いい歳の娘が子供っぽく振舞うんだ、そりゃ恥ずかしいだろうな。」
小さくヤツが切り返してきた、
「なぜそんなことをする必要がある?」
「望んだのはリルドナだろ、『お兄様』と『姉さん』がヒントだったぜ、
――最初は『お姉様』と呼んでたんじゃないのか? でもリルドナが嫌がった、
過剰すぎる姉の心遣いが、妹に世話の掛かるお人形を無意識に強要してたんだ」
たぶん、リルドナは常時『お姉ちゃん』と呼ばせたいに違いない。
なので間を取って『姉さん』だな。
「以上が俺の仮説だ。」
「ふむ…。」
しばしの沈黙、
ルーヴィックは目を閉じて思案しているようだ。
そして、降伏した城が城門を放つように口を開いた。
「投了だ。
――しかし、なぜこのタイミングで意見を提示した?」
「仕事に集中したいからだ、リウェンとはしばらく会えなくなるしな
――お前、俺の役割忘れてねーか?」
俺の仕事は、罠の発見・解除、鍵の開錠、あとは遺跡などの場合は仕掛けの謎解きもか。
「真面目だな、発想は柔軟だが頭は硬いと見える」
「生憎だが、真面目にやるしか能が無いんだよ」
「それで女を泣かしていいものか?」
「な、なんだよ」
「心を丸裸にしすぎるのも考え物だ」
「そこは反省してる…なのであわせる顔が無いな……」
突かれると痛いトコだった、
しかし、内心をお茶に喩えている以上、かならず本心にブチ当たるのは仕方ない。
なので、反撃をする。
「ていうかお前、俺を試してただろ?」
「なんのことやら」
そう言い、ヤツは肩を竦めておどけてみせる、
その顔には笑顔があった――やっぱり信用できないな。
それでもいい、一つ心の引っ掛りは取れた。




