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赤ルア(テスト用)  作者: あせこ
二日目
20/81

4-3 口直しは将棋のようです



「チェックメイト」

「あ――」

「どうした?再開してから指し手がおかしいぞ?」

「あぁ…」 

 先程のルーヴィックの斬撃が頭から離れない。

 全く集中出来ないんだ。

「アンタさっきから元気ないわよ?」

 紅茶を注ぎながらリルドナが囀る。

 コイツにも、そう見えているようだ。

 意識しているつもりは無いが、端々の行動に出てしまっていたようだ。

 視界の傍には、ゼルとロイ。

 物珍しそうに対局を観察している。

 結局、あのままリルドナのペースで「そんなのばっかりじゃ、二人とも大きくなれないわよ?」という聞き覚えのあるフレーズで纏められてしまった。

 既視感(デジャヴ)というヤツなのか、いや違う。

 この女の狼藉を忘れるわけも無いので違う、

 二人を哀れみながらも流れ行く運命をスルーした。

 どうせコイツには逆らえない、こんな想いは既視感カプセルに詰めて読者プレゼント行きだ。

「ふむ…」

 何やら思案している。

 一拍ほど空けてから、口が開いた。

「少し口直しと行こう」

「口直し?」

 ――全員の頭に『?』が浮かぶ。

「リル、悪いが淹れ直してくれ」

「えー、まだ料理の途中なんだから、あとにしてよ」

 料理の途中ということもあり、サービスは最初の一杯だけ。

 あとは自分で……セルフサービスになる。

 彼女達に調理を任せ切り、挙句にチェスに耽る俺達だ。

 あまり贅沢なことも言えない。

「茶もゲームも口直しと思ったんだが、ゲームの方だけで我慢するとしよう」

 少し待っていろと俺に告げ、何やら荷物を漁リ出した。

 一体何を持ってくるんだ?

「待たせたな」

「なんだ、それ?」

 チェス盤とはまた違ったマス目のゲーム盤と四角い箱。

 それはゼルとロイも未知の物であるらしく、顔を覗かせてくる。

 そのまま、箱の中身を取り出し俺に示す。

「――木片?印章か?」

 それは、五角形にカットされた木の小片。

 面には見たこともない象形文字が刻まれている。

「駒だな、極東の島国のゲームで『将棋』と言うらしい」

「あ~、倭の国行った時の?結局買ったんだ」

 すかさず、嬉々とした顔でリルドナが口を挟む。

 料理の途中じゃなかったのか?と言いそうになるのは抑えた。

「うむ、少し興味があったんでな」

「また、行きたいわね~」

「お前は茶葉が欲しいだけだろう?」

「失礼ね、信州味噌も日田醤油も、あと九条ネギも欲しいわ」

 聞きなれない単語が並ぶが、ある確信があった。

 それは必殺の一手になるに違いない。

「よくわからんが、断言するぞ?」

「なによ?」

「ソレ全部…食材だろう?」

 うっ、と言葉を詰まらせ、リルドナは退室していった。

 やっぱりそうなんだな…。

「どうだ、やってみないか?」

「全くわからないぞ…」

「俺も大して知らん、とりあえず並べてから説明してやる」

 大して知らんという割りに、手馴れた手つきで並べていく。

 お前の言葉はどこまで信用していいかわからないぞ。

 盤面を見る、マス目は9×9の81マス、布陣は手前より3マス。

 最前線に立たされる小さな駒が九つ。

「もしかして、これが歩兵(ポーン)か?」

「うむ、ほぼ同等な役割だ、ただし最初の移動でも一歩だけだ、当然アンパッサンは無い」

「なんか劣化品みたいだな、で、最深奥まで突き進めば昇格(プロモ-ション)出来るのか?」

「いや、敵陣に入れば――ということらしいので、奥より三マスでいい」

「近くていいな、女王(クイーン)だらけになりそうだ」

「このゲームに女王(クイーン)は存在しない」 

「オイオイ、そりゃまた寂しい王様だな、独身かよ」

「ゼル、女王を戦場に連れて行くのもおかしな話だと思うよ」

 盤面を見る、本陣の一番奥のど真ん中の一際大きな駒、おそらくこれが(キング)だろう。

 二列目のスカスカの陣、そこにポツンと並ぶ二つの駒、これは何らかののメジャーピースか?

 湧き上がった仮説を投げかける。

「この二列目の大きな駒は、城兵(ルーク)あたりか?」

「うむ、右が城兵(ルーク)で、左が僧正(ビショップ)だ」

 左の『角』と彫られた駒を見つめる。

 随分と僧正(ビショップ)も出世したもんだ。

 ちなみに城兵(ルーク)にはキャスリングが無いらしい、つくづく劣化版だ。

「じゃあ、(キング)の両側にいる護衛はなんだ?」

「名前はゴールドという意味らしい、斜め後ろに移動できない(キング)と思えばいい」

「随分としょぼい護衛だな……」

「じゃあ、隣にいるやつもあまり期待できそうにないな……」

「そいつはシルバーらしい、後ろと左右に動けない(キング)だ」

 変なところで対になってるな…なんだかとても扱いが難しそうだ。

 ここまで来ると、ある程度予想はついてくる。

「そうなってくると、その外が劣化騎士(ナイト)で、両端が劣化城兵(ルーク)か?」

「正解だ、前方ニ方向しか飛べない騎士(ナイト)と前方にしか走れない城兵(ルーク)だ」

 思わずため息が出る。

 なんだよこれ、マイナーピースだらけじゃないか。

 頭の中で様々な局面を想定するが、どれも浮かんでは破綻していく。

「こんなんで攻めれるのかよ」

「厳しいな、布陣が三列になってるせいで、騎士(ナイト)僧正(ビショップ)最初から動けないな。」

 なるほど…何がなんでも歩兵(ポーン)を動かせということか。

 まぁ、一手我慢で僧正(ビショップ)は大きく進軍――あれ?

「おい、これ僧正(ビショップ)同士ぶつからないか?」

「そうだな、見事に同じ斜線(ダイアゴナル)に配置されている」

 ため息しか出ない、キツイぞこれ…。

 ふと駒を手に取る、裏面にも何か彫られている。

「なんだこれ?」

「ああ、(キング)と劣化(キング)以外は全て昇格(プロモ-ション)可能らしい」

「またややこしいな」

 (キング)と劣化(キング)の裏面は白紙、なるほどね。

城兵(ルーク)は斜めに、僧正(ビショップ)は上下左右にそれぞれ一歩だけ動けるようになる」

「…。」

「他のマイナーピースは、全て劣化(キング)…ゴールドになるようだな」

「しょぼすぎだろ……」

 聞けば聞くほどため息が出る。

 似たような物と思ってやったら痛い目みるな。

「まぁ、このゲーム最大のウリだが――」

「まだ何かあるのか?」

「取った駒を、手駒として好きなところに置けるらしい」

 その言葉に、黙して説明を聞いていたロイが口を開く。

「敵兵を討ち取るのではなく、捕虜にしたという認識なのかな?」

「捕虜がすぐに言うこと聞くかぁ?」

「ふむ…俺は軍人では無いので、その辺りの心理はわからん」

「無理従わせようとしたら、死んじまうぜ?」

「うーん、そうなると…死者が好き勝手に起き上がってくるみたいだね」

 ゼルの意見に、ロイのオカルト的感想。

 見方を変えれば、『死者が蘇る』か…とんでもないルールだ。

 好きなところに置けるとか、奇襲し放題じゃないか。

「これ、とてもじゃないが出来る気がしないぞ……」

「やってみなけりゃわからんさ」

「またそれかよ…。どうせ『はい』か『イエス』しか選択肢は無いんだろう?」

 俺の言葉に、満足そうに笑い、

「とりあえず、まだ駒の種別も覚えられんだろうから――」

 手早く、何かを書き始める。

 左手が紙面に襲い掛かり、次々と文字という傷を刻む。

 それを覗き込む俺達三人。

 纏まりがあるが、まるでタイプライターで印字された様の無機質な文字。

「これを見ながら指すといい、無論聞いてくれても構わないぞ」

「じゃあ、いつもので行くぞ」

 俺の言葉に鼻で笑い、こう答える。

「先手はくれてやる」

「そりゃどうも」

 歩兵(ポーン)を進め、騎士(ナイト)(もどき)の進路を確保する。

 同様にヤツの歩兵(ポーン)も動き出した。

 パチンッと小気味のいい音が響く。

 このゲームにもチェスの様に序盤のお決まりの指し手があるのだろうが、

 なにせ勝手が判らない、俺は探るように進軍を開始する。

「心配しなくても、俺も勝手がわからん」

「どうせ、セオリーも何も判らないんだ、サクサクいくぞ!」

「良い心意気だ」

「けっ、すぐに前線がぶち当たって泥仕合になるけどな」

 パチン、

 パチン、

 駒を指す音が心地よく響く。

 澱みなく繰り返される音が不意に途切れる。

 見れば、ルーヴィックは(キング)に手を掛け、油の切れた滑車のように硬直している。

 その顔には影が差しており、弁解を捜しているようであった。

「お前、今キャスリングしようとしただろ?」

「ク…悔しいが、肯定だ」

触ったら動かせタッチ・アンド・ムーブなんて言わないから、別の手を指せよ」

「本当にそれでいいのか?」

 お互い減らず口の絶えない攻防が続く。

 ゼルもロイをそれを呆れ顔で見守っているようだった。

 窓から差し込んでいた西日はすっかり消え去り、

 辺りに闇を染み込ませていた。




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