4-3 口直しは将棋のようです
「チェックメイト」
「あ――」
「どうした?再開してから指し手がおかしいぞ?」
「あぁ…」
先程のルーヴィックの斬撃が頭から離れない。
全く集中出来ないんだ。
「アンタさっきから元気ないわよ?」
紅茶を注ぎながらリルドナが囀る。
コイツにも、そう見えているようだ。
意識しているつもりは無いが、端々の行動に出てしまっていたようだ。
視界の傍には、ゼルとロイ。
物珍しそうに対局を観察している。
結局、あのままリルドナのペースで「そんなのばっかりじゃ、二人とも大きくなれないわよ?」という聞き覚えのあるフレーズで纏められてしまった。
既視感というヤツなのか、いや違う。
この女の狼藉を忘れるわけも無いので違う、
二人を哀れみながらも流れ行く運命をスルーした。
どうせコイツには逆らえない、こんな想いは既視感カプセルに詰めて読者プレゼント行きだ。
「ふむ…」
何やら思案している。
一拍ほど空けてから、口が開いた。
「少し口直しと行こう」
「口直し?」
――全員の頭に『?』が浮かぶ。
「リル、悪いが淹れ直してくれ」
「えー、まだ料理の途中なんだから、あとにしてよ」
料理の途中ということもあり、サービスは最初の一杯だけ。
あとは自分で……セルフサービスになる。
彼女達に調理を任せ切り、挙句にチェスに耽る俺達だ。
あまり贅沢なことも言えない。
「茶もゲームも口直しと思ったんだが、ゲームの方だけで我慢するとしよう」
少し待っていろと俺に告げ、何やら荷物を漁リ出した。
一体何を持ってくるんだ?
「待たせたな」
「なんだ、それ?」
チェス盤とはまた違ったマス目のゲーム盤と四角い箱。
それはゼルとロイも未知の物であるらしく、顔を覗かせてくる。
そのまま、箱の中身を取り出し俺に示す。
「――木片?印章か?」
それは、五角形にカットされた木の小片。
面には見たこともない象形文字が刻まれている。
「駒だな、極東の島国のゲームで『将棋』と言うらしい」
「あ~、倭の国行った時の?結局買ったんだ」
すかさず、嬉々とした顔でリルドナが口を挟む。
料理の途中じゃなかったのか?と言いそうになるのは抑えた。
「うむ、少し興味があったんでな」
「また、行きたいわね~」
「お前は茶葉が欲しいだけだろう?」
「失礼ね、信州味噌も日田醤油も、あと九条ネギも欲しいわ」
聞きなれない単語が並ぶが、ある確信があった。
それは必殺の一手になるに違いない。
「よくわからんが、断言するぞ?」
「なによ?」
「ソレ全部…食材だろう?」
うっ、と言葉を詰まらせ、リルドナは退室していった。
やっぱりそうなんだな…。
「どうだ、やってみないか?」
「全くわからないぞ…」
「俺も大して知らん、とりあえず並べてから説明してやる」
大して知らんという割りに、手馴れた手つきで並べていく。
お前の言葉はどこまで信用していいかわからないぞ。
盤面を見る、マス目は9×9の81マス、布陣は手前より3マス。
最前線に立たされる小さな駒が九つ。
「もしかして、これが歩兵か?」
「うむ、ほぼ同等な役割だ、ただし最初の移動でも一歩だけだ、当然アンパッサンは無い」
「なんか劣化品みたいだな、で、最深奥まで突き進めば昇格出来るのか?」
「いや、敵陣に入れば――ということらしいので、奥より三マスでいい」
「近くていいな、女王だらけになりそうだ」
「このゲームに女王は存在しない」
「オイオイ、そりゃまた寂しい王様だな、独身かよ」
「ゼル、女王を戦場に連れて行くのもおかしな話だと思うよ」
盤面を見る、本陣の一番奥のど真ん中の一際大きな駒、おそらくこれが王だろう。
二列目のスカスカの陣、そこにポツンと並ぶ二つの駒、これは何らかののメジャーピースか?
湧き上がった仮説を投げかける。
「この二列目の大きな駒は、城兵あたりか?」
「うむ、右が城兵で、左が僧正だ」
左の『角』と彫られた駒を見つめる。
随分と僧正も出世したもんだ。
ちなみに城兵にはキャスリングが無いらしい、つくづく劣化版だ。
「じゃあ、王の両側にいる護衛はなんだ?」
「名前はゴールドという意味らしい、斜め後ろに移動できない王と思えばいい」
「随分としょぼい護衛だな……」
「じゃあ、隣にいるやつもあまり期待できそうにないな……」
「そいつはシルバーらしい、後ろと左右に動けない王だ」
変なところで対になってるな…なんだかとても扱いが難しそうだ。
ここまで来ると、ある程度予想はついてくる。
「そうなってくると、その外が劣化騎士で、両端が劣化城兵か?」
「正解だ、前方ニ方向しか飛べない騎士と前方にしか走れない城兵だ」
思わずため息が出る。
なんだよこれ、マイナーピースだらけじゃないか。
頭の中で様々な局面を想定するが、どれも浮かんでは破綻していく。
「こんなんで攻めれるのかよ」
「厳しいな、布陣が三列になってるせいで、騎士も僧正最初から動けないな。」
なるほど…何がなんでも歩兵を動かせということか。
まぁ、一手我慢で僧正は大きく進軍――あれ?
「おい、これ僧正同士ぶつからないか?」
「そうだな、見事に同じ斜線に配置されている」
ため息しか出ない、キツイぞこれ…。
ふと駒を手に取る、裏面にも何か彫られている。
「なんだこれ?」
「ああ、王と劣化王以外は全て昇格可能らしい」
「またややこしいな」
王と劣化王の裏面は白紙、なるほどね。
「城兵は斜めに、僧正は上下左右にそれぞれ一歩だけ動けるようになる」
「…。」
「他のマイナーピースは、全て劣化王…ゴールドになるようだな」
「しょぼすぎだろ……」
聞けば聞くほどため息が出る。
似たような物と思ってやったら痛い目みるな。
「まぁ、このゲーム最大のウリだが――」
「まだ何かあるのか?」
「取った駒を、手駒として好きなところに置けるらしい」
その言葉に、黙して説明を聞いていたロイが口を開く。
「敵兵を討ち取るのではなく、捕虜にしたという認識なのかな?」
「捕虜がすぐに言うこと聞くかぁ?」
「ふむ…俺は軍人では無いので、その辺りの心理はわからん」
「無理従わせようとしたら、死んじまうぜ?」
「うーん、そうなると…死者が好き勝手に起き上がってくるみたいだね」
ゼルの意見に、ロイのオカルト的感想。
見方を変えれば、『死者が蘇る』か…とんでもないルールだ。
好きなところに置けるとか、奇襲し放題じゃないか。
「これ、とてもじゃないが出来る気がしないぞ……」
「やってみなけりゃわからんさ」
「またそれかよ…。どうせ『はい』か『イエス』しか選択肢は無いんだろう?」
俺の言葉に、満足そうに笑い、
「とりあえず、まだ駒の種別も覚えられんだろうから――」
手早く、何かを書き始める。
左手が紙面に襲い掛かり、次々と文字という傷を刻む。
それを覗き込む俺達三人。
纏まりがあるが、まるでタイプライターで印字された様の無機質な文字。
「これを見ながら指すといい、無論聞いてくれても構わないぞ」
「じゃあ、いつもので行くぞ」
俺の言葉に鼻で笑い、こう答える。
「先手はくれてやる」
「そりゃどうも」
歩兵を進め、騎士(もどき)の進路を確保する。
同様にヤツの歩兵も動き出した。
パチンッと小気味のいい音が響く。
このゲームにもチェスの様に序盤のお決まりの指し手があるのだろうが、
なにせ勝手が判らない、俺は探るように進軍を開始する。
「心配しなくても、俺も勝手がわからん」
「どうせ、セオリーも何も判らないんだ、サクサクいくぞ!」
「良い心意気だ」
「けっ、すぐに前線がぶち当たって泥仕合になるけどな」
パチン、
パチン、
駒を指す音が心地よく響く。
澱みなく繰り返される音が不意に途切れる。
見れば、ルーヴィックは王に手を掛け、油の切れた滑車のように硬直している。
その顔には影が差しており、弁解を捜しているようであった。
「お前、今キャスリングしようとしただろ?」
「ク…悔しいが、肯定だ」
「触ったら動かせなんて言わないから、別の手を指せよ」
「本当にそれでいいのか?」
お互い減らず口の絶えない攻防が続く。
ゼルもロイをそれを呆れ顔で見守っているようだった。
窓から差し込んでいた西日はすっかり消え去り、
辺りに闇を染み込ませていた。




