4-2 死を運ぶ刃
「そら、昇格・女王だ」
「く…やっぱりか」
「まずは一個だぞ?」
ヤツの歩兵が俺の本陣に深く切り込み、栄誉を授かった。
だが、すぐに殉職をしてもらうことにする。
「ちっ…暴れる前に刈り取るぜ」
ただちに城兵で侵入者を排除する。
「本当にそれでいいのか?」
「うるせぇな」
相変わらずの対局の時間。
ヒマさえあればチェスしている気がする。
しかし、今回は少し勝手が違う。
ヤツは騎士を切り込ませてきた。
「ハンデはくれてやったんだ、頑張れよ?」
「全然、ハンデと思ってないだろ…お前」
ハンデと称して、ヤツが自らに課したのは、歩兵の昇格。
それも、両端の歩兵、城兵側の歩兵だな。
これらは、『呪われた歩兵』と言われ、昇格が困難とされる。
盤面をじっくり見てくれたら、なんとなく判ると思う。
ヤツはそれらを二つとも昇格させた上で勝利するという。
「結局、お前に絡め取られてる気がして仕方ない!」
「人聞きの悪いこと言うな。そら、お前の手番だ受け手を聞こう」
ヤツはハンデそのものを囮にし、次々と陽動を仕掛ける。
実際問題、何手までに昇格しろいう制限がないので、非常に厄介だ。
「なら、その歩兵を刈り取るまでだ」
「良い心意気だ、だが手損にならんようにな?」
ヤツの挑発を無視し、もう一度盤面を見据える。
――さっきの騎士はどういう意味がある?
…。
ガチャ。
「ちょっと!お兄ちゃん、ごめーん――あ、」
――コンコン。
いや、遅いぞ、入ってからノックするな。
この女、とうとうパターンを変えてきやがったな。
「どうした?」
「ちょっと猪解体してほしいのよ」
「なんだ、まだ切って無かったのか?」
先程、仕留めた猪をまだ捌いて無かったようだ。
というか、どういう料理になるんだろうか…。
猪って豚みたいな肉なんだろうか?
「十六分割くらいでいいか?」
「先に毛皮剥いでよ」
「ふむ、とりあえずそちらに行く」
ガタンと席を立ちつつ、左手を腰に回す。
やっぱり、あの短刀でやるつもりか?
「すまんが、ゲームを中断する」
「ああ、長考させてもらうさ」
さて、このf4の騎士、それとh4の城兵、並んで何を狙っている?
うーん…。
むぅ…。
…。
部屋を出て、小屋からかも出る。
炊事場は勿論外にあるからだ。
「あれ、アンタもきたの?」
「悪いか、気になって仕方無いだよ」
俺の顔をみて、にやぁ~と笑う。
本当に、表情豊かな女だ。
「こっの野次馬ぁ、やらしいわねぇ」
「なんでそうなるんだよ…」
「まぁ、アンタだけじゃないけどねぇ~」
リルドナの視線の先に視界をスライドする。
固唾を飲んで見つめる金髪の男と、
その横に槍を手に何かしている途中の男。
――槍の穂先を交換しているように見える。
先程の傭兵二人組、ゼルとロイだった。
その表情は険しい。
「どうしたんですか?」
適切な言葉など見つかろう筈もなく、俺は間の抜けた質問をする。
先に反応示してくれたのは、やはりロイの方だった。
「ボク達はちょっと通り掛かっただけなんだけど――なぁ、ゼル?」
「チッ…なんなんだよ、ありゃあ」
苦しげにその重い口を動かしている。
ルーヴィックに視線を移す。
何やら猪『だった』物を前に吟味している様だ。
もう毛皮の無い肉の塊だ。
「猪の肉としか言えません」
「んなコトはぁ判ってる…」
会話が噛み合わない俺達。
それもそうだ、俺は途中から顔を出した。
戦況の膠着を打破すべく、リルドナがヒョッコリ間に割って入る。
「ヤンキー顔も金髪も、お兄ちゃんの刃捌きに絶句してるだけよ」
「誰がヤンキーだ、コラ!」
「金髪…は勿論ボクのコトなんだろうね」
明らかな反感を示すゼルと、苦笑いだけで済ませ大人の対応を見せるロイ。
つくづく、この女の命名センスは容赦が無い。
まぁ、金髪ってのはそのまんま過ぎる気がするが。
「不思議だな、金髪って言い方がお前にしては上出来に思える……」
「なによ、アンタもこういうのがいいの?」
「無能よりはマシのはずだ!」
「んじゃ、栗毛」
「俺は馬かよっ!」
ちなみに俺の髪は茶、他人が言うには少し赤みが掛かってるらしい。
「じゃあ、チャバネ?」
「もう哺乳類ですらないぞ…」
火薬の少なすぎた銃声みたいに可愛らしく「チャバネ?」と言ったが却下だ。
「キ、キミたち仲いいねぁ…」
乾いた笑い声でロイが感想を告げる。
不毛な言い合いは、ルーヴィックの投石ような一声で打ち切られる。
「骨はどうする?」
「あ、ブツ切りでいいわ、骨ごと行った方が味がでるしねぇ~」
「ふむ、心得た」
キン…。
と短く金属音が鳴ったかと思うと、凄まじい速さで刃を振るう。
次々と切り裂かれる肉塊、目の錯覚か刃が宙を舞い切り裂いている様に思える。
それは、斬撃の弾幕、近づく者の命を容赦なく奪い去る死神の様だった。
「すげぇ…」
「でしょ?」
腕を組み得意げにするリルドナ。
別にお前を賞賛している訳じゃないだぞ。
その横に視線を移す。
戦闘のプロである傭兵の彼らも言葉を失っている。
あれが人間相手でなくて良かったと正直思った、
あんな光景が繰り広げられたら…しばらく肉なんて食えなくなるはずだ…。
「こんなものでいいか?」
「うん、バッチリ!ありがと、お兄ちゃん」
笑顔で礼を述べる妹、事も無げに応える兄。
こいつら一体何なんだ?
余りにも飛び抜けた性能。
実力に不釣合い外見。
「しっかし、マジでデカイ猪だな」
「こんなのよく仕留めたね」
見れば見るほど大きな肉塊。
ちょっと夕食にするには多すぎる食材に思えてきた。
その思考を汲み取ったのか、エサに群がるノラネコのようにリルドナが動いた。
「ねぇ、アンタ達って豆好き?」
「「はぁ?」」
何処かで聞いたことのあるフレーズだった。




