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赤ルア(テスト用)  作者: あせこ
二日目
17/81

3-6 妖精の森の休日


 夕日に染まる森。

 俺は日没との競争を演じながら、森徘徊していた。

 程なくして、目当ての『ソイツ』を見つける。

 ――見つけた…どうか動かないでくれよ…。

 弦を軋ませながら、ガゴンと山羊脚(ゴーツフット)レバーを倒しクロスボウを構える。

 深呼吸をし、一拍置いてからレバーに添える手に力を込める。

「――!」

 放たれたボルトは突き出した木の根に刺さり、その運動を終えた。

 ――しまった、外した!

「クソッ…」

 当然の事だが、襲撃に気付き『ソイツ』は逃走を試みる。

 ――逃がすか!

 俺は次弾の発射体制をとりつつ、追跡を開始する。

 見失いそうになりながらも、地を駆ける。

 ――当たってくれ!

 ――もう一発だ!

 次々と射撃する!

「――!」

 ダメだ、追跡しながらの――こんな遮蔽物が多い場所ではそうそう当たらない。

 ボルトの残数を見る、六発。

 二十発あったボルトはみるみる減っていく。

 甘かった、やはり初弾を外したのは痛かった…。

 ――どうする?

 腰にはショートソードがある。

 接近さえ出来れば充分に仕留める事も可能だ。

 一応、剣に関しては初段の資格を持っている――冒険者ギルドに登録するときに最低限必要だからな。

 物騒な話だが、民家に押し入って皆殺しというマネも素人相手なら出来る――勿論やらないが。

 だが、そもそも剣は対人武器だ。

 人為らざる者である『ソイツ』を捉えられるのか?

 ――無理に決まってる。

 俺ごときの身のこなしでは、接近を許してくれるほど甘い相手じゃない。

 ――落ち着け。

 焦る気持ちを抑え、必死に機会を伺う。

 確かに『ソイツ』の身体能力は人間より上かもしれない。

 その分、こちらには知恵がある。

 考えるんだ。

 どうすればいい?

「…!」

 使えるかもしれない。

 俺は足元の小枝を拾い、『ソイツ』の前方に投擲する。

 ――!

 急な前方からの異変に『ソイツ』はビクっと動きを一瞬止める。

「捉えた…!」

 俺はレバーを握り込んだ。

 ボルトが発射される…!

「――ッ!」

 小さな呻き声と共に、『ソイツ』は絶命した。

「やった!」

 既に光を失ったその眼に謝罪を込める。

 どうか恨まないでくれよ…これも生きていく為だ。

 …。

 …。

 …。

「アンタ、何一人で盛り上がってるの?」

 …

 …。

 後方から刺さる声で、俺の幻想はブチ壊された。

 まぁ、そろそろ現実に戻らないとな。

 俺の脳内の壮大なストーリは誰にも気付かれない。

 声には出してないし、大丈夫だ。


「――大丈夫か?ナンセンスだぞ」

「…」

 コ、コイツ、なんでそんなにニヤニヤと俺を見るんだ。

 そして何故、俺の肩をポンポンと叩く。

「そうだな、生きて行く為には仕方ないよな?」

「うがああああああ」

「はぁ?何やってんのよ」

 呆れ顔のリルドナがつかつかと来る。

「なんだよ、ちゃんと仕留めたぞ?」

 必死に平静を装う。

 ヤバイ、姉妹の方には知られたくない。

「随分と手間取ったわねぇ。」

 つかつかと『ソイツ』を拾い上げボルトを抜き去り、リルドナに示す。

 本日の俺の一番の獲物だ。

「とりあえず一羽だ、」

「はいはい、お疲れ様」

「何が獲れました?」

 ヒョッコリとリウェンも顔出す。

 まぁ、『ソイツ』とは野兎だ。

 今晩の夕食になる予定。

 どうだ、俺だって狩りくらいできるんだ。

「…可哀相に……」

「……はい?」

 絶命した野兎を見るリウェンの顔は非難の色を含んでいた。

 え?俺が悪いのか??

「貸してください」

「おい、ちょっと――」

 野兎を俺の手から奪い取る。

 リウェンの手が野兎にかざされたかと思うと。

 ポゥ…と光が燈る。

「な、なんだ?」

「もう大丈夫ですよ」

 満面の笑みで野兎を抱くリウェン。

 そして、その野兎は元気にリウェンの腕の中でもがいている。

 ちょっと待て、それは今日の夕食だぞ。

「あ――」

「ああぁぁ・・!」

 リウェンの腕を振り解き、野兎が文字通り脱兎の如く逃げ出した。

 俺の苦労は…。

 お手上げジェスチャーのリルドナが嬉々として言う。

「あちゃー、やっちゃったわねぇ」

「なんで、お前はそんなに嬉しそうなんだ…」



 ――何で狩りをしているかって?

 コトの始まりは、少し前に遡る。

 ヤツと結局チェスを開始し、少し経ったくらい。




 コンコン。

 ガチャ。

「お兄ちゃん、無能、入るわよぉ」

 だから、もう入ってるだろ。

 なんの用だ。

「ねぇ、アンタって豆好き?」

「はぁ?」

 この女の質問はいつも唐突だ。

「だから、好き?嫌い?」

「好きって程じゃないけど、嫌いじゃないな、一応食える」

「んじゃ、豆はOKっと、」

 何やらメモを取っている。

 どうするつもりだ? 

「あの、エインさんはお肉とか、食事の方で何か戒律ありませんか?」

 今度はリウェンからの砲撃。

 良かった、無事にリルドナはリウェンの修理に成功したらしい。

「いや、俺は無宗教だけど?」

「そうなんですか?

 姉から回復魔法を使っていたと伺っておりましたので、てっきり」

「あれは、魔法屋でサックリ覚えられる信仰心とか無縁やつだよ」

 その分、効果は格段に低いんだけどな。

 ちなみに、この前食べた『羊飼いのオススメ定食』には肉は入っていなかった。

「では、お肉を召し上がっても大丈夫なんですね」

「大丈夫、なんでもいけるよ」

「んじゃ、牛でも豚でも猫でもいいのね、」

「猫は食わんと思うぞ…」

 おい、猫もOKとかメモに書くなよ。

 なんでこんなこと聞くんだろう?

「アンタ、夕食はどうするつもりなの?」

「あ~、適当に携帯食料あるから、それでいいよ」

「ふむ、俺はチェスが指せればそれでいい、」

 上が俺、下がヤツ。

「そんなのばっかりじゃ、二人とも大きくなれないわよ?」

 俺の身長は一七五センチ、ルーヴィックの推定身長は一八五センチ。

 もう間に合ってると思う。

「作ってあげるから、」

「そりゃ、ありがたい」

「獲ってきなさい」 

 ビシっと俺を指差す。

 俺が、か?

 視線をルーヴィックに移す。

「――気にするな、行って来い、ゲームは中断でいい」

「いや、お前も来い」

 厳重に施錠された金庫のように深く座したヤツを立たせる、

 一人だけサボらせたりはしないぞ。

 



「なぁ、別に肉無しでもいいんだぞ?」

「何弱気なコト言ってんのよ」


 俺、クロスボウ:残ボルト五発

 ルーヴィック、投げナイフ:残数不明

 リルドナ、長弓:残矢五十四本。

 リウェン、素手:三菜採りの篭

 獲物:無し。

 といった感じ。


「あんまり遅くなると、調理する時間無くなるぞ?」

「だから、頑張りなさい」

「なんで、そんなに執着するんだよ」

「あたしが食べたいからに決まってるでしょ」

 サラリと言ってのけるリルドナを見る。

 いつもと同じ黒服だが、今はその上から革製の胸当てと手甲をしている。

 そして長い弓、『大きい』ではなく、『長い』。

 独特の形の弓だ、細くしなやかで、優雅な貴婦人を彷彿させる。。

 リルドナの推定身長、一五五センチ。

 その身の丈よりも遥かに長い弓、推定二百二十センチ。

 どうみても扱えそうに無い様に見える。

「随分と長い弓だな」

「極東の島国のモノだからね~」

「ていうか、お前なら素手で熊を仕留めそうだぞ」

「あらぁ?こんなところに哀れな無能(こひつじ)がぁ?」

 ピタリと、俺に照準を合わせる。

「えぇい、やめんか!」 

 言い合いしてても仕方ないので、再び獲物を求めて捜索開始だ。

 あと五発しかないけどな。

 俺とリルドナは森の奥へと突き進んだ。

「…ストップ、」

「いたのか?」

「うん」

「ウサギか?」

「ううん、猪よ」

 俺からは視えない。

 リルドナは目を細めて、遥か先の茂みを凝視している。

 右手で弓を持ち、左手で矢を番える。

 ――皆、もう気付いていると思うが、コイツは左利きだ。

 相当、長い弓なので、小柄な身体を大きく開いて弦を引き絞る。

「凄い引き絞るんだな」

「この大陸での一般の弓とはちょっと違うわよね」

「そうだよなぁ、俺の記憶だと引き絞った弦は顔の前にあったしな」

「うん、この弓だと頭よりずっと後ろにくるからね~」

「弦が耳とか腕に当たりそうだな…」

「当たったら死ぬほど痛いわよぉ?」

 なんでそんなに嬉しそうに応えるんだ…。

 よく見ると、弓を掴んでいる位置が、微妙にズレている。

 弓の上下真ん中ではなく、下方より三分の一。

「なんで、そんなとこ持つんだ?」

「引いて見たら判るわ。 

 ここが一番反動が少ないのよ…ちょ~と黙っててねぇ」

 遥か前方の茂みを睨む赤い瞳。

 しばしの静寂。

 赤い瞳がカッと見開かれる。

「――!」

 風を切る音と共に、放たれた矢が放物線を描いて飛んでいく…!

 一拍置いて、遠方より獣の断末魔。

「すげぇ…なんて飛距離だ」

「アンタのクロスボウじゃ、ちょっと無理よねぇ」

 ――?

 弓を構えたまま動かない。

 彼女の真っ黒なケープとスカートの裾が風に揺られる。

 ふぅー、と息を吐く音が聞こえた気がした。

「ねぇ、アンタ、」 

「どうしたんだ?」

 重い口を開く、視線は茂みを向いたままだ。

「さっきのリウェンのコトだけど…お願いだから忘れてあげてね?」

「そのことか…判ってるよ、お前の兄貴にも言われてる」

 構えを解き、俺に向き直る。

「ホント頼むわよ、あの子にとっては裸見られるより恥ずかしいことみたいだから」

「そ、そんなにか…こりゃ迂闊に話題が向かないようにしないとな」

「そうよ、もしヘタなこと喋ったら…許さないわよ?」

「おっかねぇ親衛隊長さんだな」

 おどけて見せるが、まだ表情は硬い。

 これは話題を変えるべきだろう。

「とりあえず、その隊長さんの戦果を拝みに行かないか?」

「調子いいわね、」

 二人揃って仕留めた獲物に駆け寄る。

 かなりの距離だ、コイツよく見えるな…。

 獅子の王国のロングボウ部隊も真っ青だ。

「うっわ…即死だな、これ」

「まぁ、達人になると兜ごと頭を射抜くそうだし、相当な威力のはずよ」

「多分、お前ならソレもやってのけそうな気がするよ」

 頼むから俺を撃たないでくれよ。

 しかし、デカイ猪だ。

 猪の肉って独特な臭みがあった気がするけど大丈夫か?

「ねぇ、アンタ」

「なんだよ、」

「何、ボサっとしてんの?」

「は?」

 おなじみのジト目。

 そんな目で俺を見るな…。

「アンタが運ぶのよ」

「俺が?」

「うん、」

「これを…?」

「うん、」

「一人で…?!」

「勿論よ」

 これだけデカイと何キロあるんだろう…。

「お前はどうするんだよ」

「やーよ、ノミとか一杯付いてそうじゃない?」

 聞いただけで身体が痒くなってきた。

 野生動物だし仕方ないだろうけど。

「それを聞いて余計に持ちたく無くなったぞ!」

「か弱い女の子に運ばせる気なの?ほれほれ」

 また弓をこちらに向け、照準を俺に合わせる。

 か弱い女の子はそんなコトしないし、そんな長い弓使わないと思うぞ…。

 俺はまた夕日に八つ当たりをしながら、猪を引き摺った。

 まぁ、本気でリルドナに運ばせる気は無かったんだ。

 獲物は結局、猪一頭だけ。

 ルーヴィックも野兎を何羽か仕留めたが、全部リウェンに治されてしまった。

 冷静に考えるとやってる事はかなり凄い筈なんだけどなぁ。

 出発は明日、こんなノンビリとしたスケジュールで大丈夫なのかと不安になった。

 

 夕日は一日の勤めを終えて眠りに就こうとしていた。

 



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