第9話 バズギャルと白ギャル
二週間ぶりに「おのだフォトスタジオ」を覗きに行くと、店の奥から見覚えのある、けれどどこか違う雰囲気の女の子が顔を出した。
「あ、斗話! 久しぶり〜」
「カグヤ……だよな?」
思わず二度見してしまった。あの小麦色だった肌が、見違えるほど白くなっている。服装も、以前のジャラジャラしたアクセサリーから一転、清楚めなワンピースに変わっていた。
「今の子たちって、白ギャルってやつが流行ってるらしくてさ。雑誌見て、あたしもこっちの方がいいかなって」
「切り替え、早すぎない?」
「あたし、流行には敏感なの」
三十年のブランクがある割に、その適応力だけは異様に高い。おそらく奥さんの入れ知恵もあるのだろう。あの奥さんも、十年前は相当な田舎ヤンキーギャルだったと聞いている。似た者同士が引き寄せ合ったのかもしれない。
「見てくれよ、この子の腕前」
店の奥から、シュンがノートパソコンを片手にやってきた。画面には、カグヤが撮ったらしい写真が何枚も並んでいる。町の古い商店の軒先、夕暮れの田んぼ、川面に反射する光。素人とは思えない構図の写真が、次々と表示されていった。
「これ、全部カグヤが?」
「設定も撮影も編集も、全部自分でやらせてる。SNSに上げるところまでな」
「教えたの、その辺だけ?」
「そそ。あとは勝手に覚えた」
シュンは自慢げに胸を張った。教育方針というより、放任に近いやり方だったが、それがカグヤの性に合っていたらしい。
「で、そのうちの一枚が……」
シュンがスマホの画面をこちらに向けた。表示されていたのは、驚くほどの数字が並んだ、いいねとシェアの通知だった。
「バズったの」
「え」
「バズったんだって、これ」
二度言われても、僕はしばらく理解が追いつかなかった。町の何気ない風景写真が、一夜にしてインターネットの海を駆け巡っていたらしい。
「それで、モデルの依頼も来てるんだけど」
「モデル? カグヤに?」
「うん。でも……」
カグヤは、少し困ったような顔で笑った。
「あたし、この町からあんまり離れられないみたいなんだよね」
「離れられない?」
「なんでかは、わかんないけど。遠くに行こうとすると、ぐわっと具合悪くなるっていうか」
召喚された存在には、そういう制約もあるらしい。詳しい理屈は僕にもわからなかったが、うらちゃんも遠出を嫌がる素振りを見せていたことを思い出す。案外、あれも同じ理由だったのかもしれない。
「だから、依頼が来ても、向こうに何か要求したりはしないの」
「え、それは意外」
「あたし、嘘つくの嫌いだから。できないもんは、できないって言う」
人からもらうことには躊躇がないくせに、こういうところだけは変に律儀だった。人としての誠実さと、貢がせグセは、彼女の中で矛盾なく同居しているらしい。
「じゃあ、実際にポーズとか撮ってみるか」
シュンがカメラを構えると、カグヤはさっと表情を切り替え、慣れた様子でポーズを取り始めた。腰に手を当て、視線を斜め上に。シャッター音が、リズミカルに店内に響く。
「お、おお……いいじゃん、その角度……」
シュンの声が、だんだんと上ずっていく。目の色が変わり、息もどこか荒くなっていた。
「シュン!」
背後から、低い声。
「あ、これは、あくまで仕事としての……」
言い終わる前に、綺麗なハイキックがシュンの横っ面に炸裂した。うずくまるシュンを見下ろしながら、カグヤは慣れた様子で肩をすくめている。
(これは、まあ、仕方ないな)
僕は、もはや驚きもせず、その光景を眺めていた。
「カメラの仕事、楽しい?」
帰り際、僕はふと聞いてみた。カグヤはしばらく考えたあと、素直な口調で答えた。
「自分を撮るのも好きだけど……風景撮る方が、もっと好きかも」
「意外」
「この町、古い家とかいっぱいあるじゃん。なんか、懐かしい感じがするんだよね。あたしが昔いた場所と、ちょっと似てるっていうか」
その横顔は、いつもの陽気なギャルとは少し違って見えた。懐かしさと、うっすらとした寂しさが、夕暮れの光の中に滲んでいる。
カグヤはふいに、思い出したように僕を見た。
「そういえば、斗話の家も撮らせてよ〜」
「うちを?」
「うん。なんか、あの家、すごく気になるんだよね」




