第8話 見習いモデル、はじめました
第8話 見習いモデル、はじめました
町にカグヤが来てから数日。予想通り、というべきか、道行く人たちは皆、彼女に足を止めた。
「あら、可愛らしい子ね。どこから来たの?」
「わ、東京とかっすかね〜。それより、あたしそれ欲しいんですけど」
カグヤは町のおばちゃんが持っていたお裾分けの野菜袋を、あっさりと平らげてしまった。美貌に目を奪われた大人たちは、初対面のギャルに次々と何かを貢がされていく。うちの近所だけで、すでに三軒がカグヤの被害に遭っていた。
「あのさ、あんまり人から物もらうの、良くないと思うよ」
「え〜、でもみんな勝手にくれるじゃん」
「もらうんじゃなくて、要求してるだろ、大体」
カグヤは悪びれもせず、けろっとした顔で肩をすくめた。困ったことに、感性が三十年前で止まっているせいで、要求するものもどこか噛み合っていない。
「ねえ、この町、MDコンポとか売ってる店ない?」
「エムディー……?」
「知らないの? 音楽聴くやつ」
「今はもう、スマホで聴くんだよ、大体」
「じゃあ、たまごっちは? 育てるやつ」
「それは……多分、まだどっかにあるかも」
これに関しては、僕もうかつに否定できなかった。たまごっちだけは、なぜかいまだに一部で根強い人気があると聞いたことがある。三十年前の感性の中に、時々こういう当たりが混じっているのが、余計に厄介だった。
「とにかく、そのねだり癖、治さないと」
僕は縁側に座らせたカグヤに、真面目な顔で切り出した。
「治すって、どうやって」
「まずは、働いてみたら? お金は自分で稼ぐものだし」
「え〜、働くのだるいんだけど」
カグヤはあからさまに顔をしかめた。三十年ものあいだ「もらう」側で生きてきた人間にとって、「稼ぐ」という概念は、なかなかに馴染みが薄いものらしい。
「じゃあ、何か興味あることないの?」
しばらく黙って考えたあと、カグヤはぽつりと呟いた。
「……モデル、かなぁ〜」
「モデル?」
「あたし、可愛いし。写真撮られるの好きだし」
自信満々にそう言い切る姿は、卑屈さのかけらもなかった。むしろ、その屈託のなさが、少しだけ眩しく見えた。
「じゃあ、まずは自分で写真を撮ることから始めてみたら」
「え、撮る側?」
「うん。撮られるだけじゃなくて、撮る方の仕事も知っといた方がいいだろ」
カグヤはしばらく口を尖らせて考えていたが、やがて、にやりと笑った。
「わかった。やってみる。……でも」
「でも?」
「あんまり楽しくなかったら、月に帰るよぉ〜」
冗談なのか本気なのか判然としない声色で、カグヤはそう言い放った。僕は、この脅し文句にどう反応していいかわからないまま、とりあえず頷いておいた。
というわけで向かったのは、町にただ一軒の写真館、「おのだフォトスタジオ」だった。
結婚式のときの写真も、ここで撮ってもらった。あの頃の自分を思い出すと少しだけ胸の奥がざらつくが、それはそれとして、経営しているのは学生時代からの同級生、シュンとその奥さんだ。
「よお、斗話! 久しぶりじゃん!」
店の奥から出てきたシュンが、両手を広げて出迎えてくれた。学生時代は、それはもう見事な女好きで、ナンパと飲み歩きに明け暮れていた男だ。今ではすっかり落ち着いて、娘もでき、奥さんにべた惚れらしいと風の噂で聞いていた。
「離婚したんだってな」
開口一番、シュンはそう切り出した。悪気はないのだろうが、直球すぎる問いに、僕は苦笑いを浮かべる。
「まあ……その話は長くなるから、今度飲みにでも行ったときに」
「おう、了解。飲みは付き合うぞ、いつでも」
あっさりとそう言って、シュンは話を切り上げてくれた。こういう距離感の良さが、こいつの美徳だった。
「それで、今日は何の用だ?」
「実は、この子を見習いで働かせてもらえないかと思って」
僕がカグヤを紹介すると、シュンの目が、わかりやすくきらりと光った。
「お、おお……! めちゃくちゃ可愛いじゃん! 写真映え、間違いなしだな!」
その瞬間だった。
「シュン」
背後から低い声がして、次の瞬間、シュンの体が宙を舞った。奥さんの綺麗なハイキックが、見事にシュンの横っ面へと突き刺さっていた。
「な、なんで!?」
「その目、十年前のあんたと同じ目だったから」
奥さんは腕を組んで、じろりとシュンを睨みつけている。シュンは頬を押さえながら、涙目で必死に弁解していた。
「ち、違う、これは純粋にカメラマン的な目で……!」
「はいはい」
夫婦のやり取りを、カグヤは面白そうに眺めていた。僕は、こんな調子で本当に大丈夫だろうかと少し不安になりながらも、事情を説明していく。
「というわけで、この子、写真の勉強させてもらえないかなと」
「別にいいけど」
奥さんは、あっさりとそう頷いた。込み入った素性の話も、こちらの内心も、特に何も聞いてこない。
「ま、面白そうだし。よろしくね、カグヤちゃん」
「よろしくっす〜!」
カグヤは元気よく頭を下げた。何も詮索せず、こうしてすんなり受け入れてくれる友人がいることに、僕はあらためて、この町の人の良さを噛みしめていた。食堂「たいせい」の店主といい、シュン夫婦といい、僕の周りには、いい意味でお人好しな人間が多いらしい。




