第7話 貢がせギャル カグヤ
「あの……お名前は?」
混乱する頭のまま、とりあえず名前を聞いてみる。すると彼女は、白い歯を見せてにかっと笑った。
「カグヤだよ〜」
「カグヤ……さん」
「さん付けとかいらねーし。てか、この格好見て、何か言うことないわけ?」
カグヤは腰に手を当て、くるりとその場で一回転した。日に焼けた肌に、金色に近いメッシュの入った黒髪。丈の短いデニムスカートに、これでもかと重ねづけしたアクセサリー。どこからどう見ても、令和のギャル、それ以外の何者でもなかった。
「その……えっと、似合ってます」
「でしょ〜! 可愛いっしょ!」
カグヤは満足げに胸を張った。僕の隣では、母がにこにこしながらも、明らかに状況についていけていない様子で立ち尽くしている。
「斗話、このお嬢さん、どちらのお家の子?」
「えっと……多分、うらちゃんと同じ、その……」
「あ〜、あの小汚い男と一緒の枠ってこと?」
小汚い。うらちゃんが聞いたら泣きそうなあだ名を、初対面でさらっと付けてくる女だった。
とりあえず家に上げ、リビングで話を聞くことになった。母は「若い子が来てくれて嬉しいわ」と、はりきってお茶とお菓子を出してくれている。カグヤはそれをバリバリと遠慮なく食べながら、自分のことを話し始めた。
「あたしも前、呼ばれたことあんの。三十年くらい前かな」
「呼ばれたって、こっちの世界に?」
「そそ。でも、うらちゃんの奴と違って、あたしが行ったのはどっか違う場所だったっぽい。町の名前とか、全然違ったし」
僕は、その一言に小さく引っかかりを覚えた。うらちゃんが召喚されたのは、この本棚から。だとしたら、カグヤが召喚された「違う場所」というのは、いったい何なのか。
(この本棚みたいなのが、他にもあるってことか……?)
それとも、この本棚自体がずっと昔から存在していて、父がどこかから手に入れて、この家に持ち込んだのだろうか。
考えれば考えるほど、疑問は増えていく。だが、目の前でせんべいを頬張るギャルを前にして、悠長に考え込んでいる場合でもなさそうだった。ひとまず、この謎は保留にしておくことにした。
「それで、三十年前は何してたの?」
気を取り直して聞くと、カグヤは得意げに話し始めた。
「向こうで呼びつけたやつ、あたしに一目惚れしてさ。『付き合ってください!』ってめちゃめちゃ迫ってくるわけよ」
「それで?」
「だから言ってやったの。『付き合いたいなら、私が喜ぶもの持ってきて』って」
僕は思わず、絶句した。竹取物語の無理難題、あれをまさか現代の恋愛トークとして再現されるとは思っていなかった。求婚者に、宝物ではなくギャル雑誌を要求する姫。歴史の教科書には、絶対に載らない改変だった。
「で、その男が持ってきたのが、なぜかギャル雑誌でさ」
「なぜか、って……あなたが望んだんじゃ」
「いやいや、あたしは『喜ぶもの』としか言ってないから! 男の方が勝手に『これじゃね?』って持ってきたわけ」
カグヤはけらけらと笑いながら、当時を思い出すように目を細めた。
「開いた瞬間、めっちゃ可愛いじゃんって。あたし、あの日から人生変わったんだよね」
そこから、その男に服を用意させ、携帯まで買わせたのだという。今もカグヤの手の中で、やけにジャラジャラとストラップやチャームで飾り立てられた折りたたみ式の携帯電話が、鈍く光を反射していた。
「これ、圏外だけどね」
「圏外なんだ」
「うん。でも、持ってないと落ち着かないから」
実用性ゼロの、思い出の重り。それでも大事そうに握りしめる姿に、少しだけ胸を突かれるものがあった。
そんなこんなで、カグヤはあっさりと「とりあえずこの町に住む」という流れに落ち着いた。
「ね、あたし今日から何食べればいい? あと寝床は? あと……」
「ちょっと待って、まだ何も決まって」
「あ、あとスマホも新しいの欲しいんだけど。圏外のやつ、飾り用にするから」
矢継ぎ早に繰り出される要求の数々に、僕はもう何も言う気力を失っていた。うらちゃんとはまったく違うベクトルの厄介さが、朝から我が家に転がり込んできたらしい。
「……とりあえず、ご飯にしようか」
「やった〜! ちわーす!」
結局、僕の返事はほとんど右から左に流れていった。カグヤの要求は、この日を境に、ほぼ毎日のように続くことになる……




