第6話 かぐや姫 ギャル物語
パソコンの画面には、切り出したばかりの動画クリップが並んでいた。カットして、テロップを入れて、また少し戻して確認する。
フリーランスの動画編集という仕事は、地味な作業の繰り返しだ。一日四時間、集中して手を動かせば、だいたいの案件は片付く。会社員時代の激務を思えば、今の生活は拍子抜けするほど静かだった。
「斗話、お茶淹れたわよ」
母が、盆に湯呑みを二つ載せて書斎に入ってきた。作業机の隅に、湯気の立つお茶をことりと置く。
「ありがと」
「今日は畑、見てくれるの?」
「うん、午後から」
「トマト、そろそろ赤くなってきたのよ。楽しみね」
母は嬉しそうにそう言うと、湯呑みをもう一つ持って、リビングの方へ戻っていった。父が亡くなってから、こういう他愛もないやり取りが少しずつ増えている。それが、思っていたよりもずっと、僕の中の何かを支えてくれている気がした。
昼過ぎに仕事を切り上げると、僕は庭に出て畑の様子を見に行った。母が植えたミニトマトが、赤く色づき始めている。株のあいだにしゃがみ込み、いくつか色の濃いものを選んで収穫する。土の匂いと、青くさいトマトの匂いが、夏の日差しの中で混ざり合っていた。
裏山では、伸び放題だった竹を何本か切り倒した。チェーンソーの音が、山の中に低く響いていく。父が生きていた頃は、こういう作業はいつも業者に任せていたと聞いていたが、今はもう自分でやるしかない。慣れない作業に汗だくになりながら、それでも一本、また一本と倒していくたびに、妙な達成感があった。
「精が出るわねえ」
夕方、縁側で麦茶を飲んでいると、洗濯物を取り込みに来た母が、通りすがりにそう声をかけてきた。
「まあ、他にやることもないし」
「お父さんも、生きてる間にもうちょっと手伝ってくれたらよかったのに。書斎に籠もってばかりで」
母はそう言って、少しだけ寂しそうに笑った。父の話をするとき、母はいつも、怒っているような、懐かしんでいるような、判別のつかない顔をする。
「その書斎、今日も片付け続けるよ」
「無理しないでね」
母はそう言い残して、洗濯物を抱えて家の中へ戻っていった。
夕食のあと、僕は書斎に戻り、父の蔵書の整理を続けていた。段ボールに詰め、種類ごとに分けて、また積み直す。単調な作業だが、一冊ずつ手に取るたびに、まだ知らなかった父の断片が見つかるような気がして、なんとなく続けてしまう。
ふと、部屋の奥に目をやると、あの本棚の扉が、わずかに開いていた。
(今日か)
昨日までは、押しても引いても動かなかったはずの扉だ。月に一度、というのは本当だったらしい。僕は本の山をまたいで、扉に近づいた。
棚の中には、以前と同じように、古い革張りの一冊が置かれていた。表紙には文字がなく、淡い光の粒のようなものが、表面をゆっくりと漂っている。
(うらちゃんのときと、違うのか)
よくわからないまま、僕はその本を枕元に置いて、そのまま眠ることにした。願掛けのようなものだった。
次に目を覚ましたのは、けたたましいチャイムの音だった。
時計を見ると、まだ朝の七時過ぎ。こんな時間に訪ねてくる人間は、この町にはそう多くない。寝ぼけ眼のまま、階段を下りていくと、先に玄関へ向かった母の声が聞こえてきた。
「あら、どちらさま?」
母の戸惑ったような声のあと、聞き慣れない、はきはきとした声が返ってくる。
「あ、ちわーー」
その声に、僕の眠気は一気に吹き飛んだ。急いで玄関に駆けつけると、母が困惑した顔で振り返った。
「斗話、この子、お友達?」
差し込む朝日の中に立っていたのは、こんがりと小麦色に焼けた肌と、艶やかな黒髪の女の子だった。丈の短いスカートに、大きなピアス。どこからどう見ても、この山奥の集落には似つかわしくない出で立ちだった。
「ちわーー」
彼女は、屈託のない笑顔で、もう一度そう言った。
母は、状況が飲み込めないまま、とりあえずといった様子でにこやかに微笑んでいる。僕はといえば、朝の澄んだ空気の中、しばらくその場に立ち尽くすことしかできなかった。




