第42話 黒場の男 静かなる帰還
玄関のチャイムが鳴った。
もう、その音を聞くたびに身構えることもなくなった。誰が来ても、大抵のことは受け入れられる自信が、いつの間にか僕の中に根付いていた。
戸を開けると、そこに立っていたのは、これまでのどのキャラクターとも違う雰囲気をまとった男だった。
鋭く整った目元、無駄のない引き締まった体つき。腰には一振りの刀を提げ、羽織った着物の裾が、風もないのに微かに揺れている気がした。
「……お前が、この家の主か」
低く、静かな声だった。うらちゃんのように怯えることも、王様のように尊大に振る舞うこともない。ただ、そこに立っているだけで、空気が張り詰めるような存在感があった。
「そうですけど……もしかして」
「桃太郎だ」
短い名乗りだった。無駄な言葉は一切ない。
(これが、噂の……)
うらちゃんの亀への憎悪も、王様の変態的な葛藤も、この男には似合わない気がした。それくらい、圧倒的な「静」の空気をまとっていた。
「それで、俺は、これからこの町で暮らすことになるのだろう」
「あ、はい、そうなります」
「ならば、仕事を紹介してほしい」
無駄のないやり取りだった。要件だけを的確に伝えてくる話し方に、僕は少し気圧されながらも、頭の中で候補を探った。
(この空気感なら……)
ふと、町にある一軒のバーを思い出した。「黒馬」という名の、大人向けの静かな店だ。無口なマスターが一人で切り盛りしている、落ち着いた雰囲気の店だった。
「バーって、知ってますか。お酒を出す店なんですけど」
「知っている。嫌いではない」
「じゃあ、そこを紹介します。マスターも、あなたみたいな寡黙な人だから、多分合うと思う」
桃太郎は、僅かに顎を引いて頷いた。それが、彼なりの了承のサインらしかった。
その夜のうちに、桃太郎を「黒馬」へ連れていくと、案の定、マスターとは奇妙なくらい波長が合った。
「腕は立つか」
「シェイカーを振ったことはないが、覚えは早い方だ」
「そうか」
それだけのやり取りで、雇用は成立した。多くを語らない者同士の間には、多くを語らないなりの信頼関係が、あっという間に築かれていくらしい。
カウンターに立つ桃太郎の姿を想像すると、なぜかしっくりくるものがあった。あの刀を提げた出で立ちのまま、静かにグラスを磨く姿。それだけで、絵になりそうな予感がした。
一方その頃。
団地の一室では、金太郎が一人、拳を震わせていた。
「桃太郎が、来た……」
誰かから聞きつけたのか、その情報は、驚くほど早く金太郎の耳に届いていたらしい。
「いよいよ、この時が来たかッス……!」
その目には、これまでのおおらかな明るさとは違う、鋭い闘志が宿っていた。
「童話の里じゃあ、争いが禁止されていたからな」
誰にともなく、金太郎は呟いた。あの筋肉を鍛え上げてきた日々の裏には、実はもう一つの理由があったのだ。木こりの仕事も、相撲大会も、すべては、いつか来るこの日のための積み重ねだったのかもしれない。
「決着をつけようじゃないか」
拳を握りしめ、金太郎は、静かに、しかし確かな決意を込めて呟いた。
「日本童話最強を………」




