第41話 桃太郎 童話最強の男
休日の午後、僕はソファに寝転がりながら、なんとなくスマホで動画を漁っていた。特に目的があったわけではない。強いて言えば、農作業で忙しい王様や、団地で賑やかに過ごす仲間たちに比べて、久しぶりに何もない自由な午後だったからだ。
おすすめに流れてきたのは、都市伝説系のチャンネルだった。
「日本昔話の、意外と知られていない真実、10選……」
なんとなく再生してみると、これが思いのほか面白かった。かぐや姫の話、浦島太郎の年齢設定、様々な話が紹介されていく中で、僕の指が止まったのは、桃太郎の項目だった。
(あれ、これ……)
うちにいる面々の顔が、次々と頭に浮かんでくる。うらちゃん、カグヤ、赤ずきん、ウサギと亀、金太郎……。まだ会ったことのない桃太郎のことも、なんとなく気になり始めていた。
動画によれば、江戸時代には、あの有名な桃太郎の「後日談」を描いた作品が、いくつも存在していたらしい。ナレーターの声が、軽妙な口調で語り始める。
「みなさんがご存知の桃太郎は、鬼退治をしてめでたしめでたし、で終わりますよね。でも江戸時代には、そこから先を描いた大人向けの続編が、いくつも作られていたんです」
一つ目に紹介されたのは、『桃太郎後日噺』というものだった。
鬼退治に成功した桃太郎は、隠れ蓑・隠れ笠・打出の小槌といった宝物を持ち帰る。改名した名前は「夭蔵」。この宝物のおかげで、一家はすっかり裕福になった。
だが、話はそこで終わらない。
財産を手にした両親が、すっかり道楽に走ってしまうのだ。父は宝物を見世物興行に出して稼ぎまくり、母は毎日のように芝居や舟遊びに繰り出す始末。
(金持ちになった途端、これか)
僕は思わず苦笑した。宝物を得て幸せに暮らす、という単純な話ではなかったらしい。
それを見かねた夭蔵は、知り合いの霊蔵という男に頼み、宝物の偽物を用意してもらう。「隠れ笠に妖精が現れた」という作り話で本物をすり替え、両親を諦めさせようとする作戦だった。
「けっこう、ドライな息子だな……」
思わず声に出してしまう。
その後、財産持ちの夭蔵に、霊蔵は「もう一度、鬼が島に行ってみないか」と持ちかける。ここで、動画のナレーターが、意味深に声のトーンを落とした。
「実はこの『鬼が島』、当時の遊郭・吉原を指す隠語だった、という説があるんです」
「え、そういうこと?」
思わず声が出た。江戸時代の大人向けパロディの容赦のなさに、僕は素直に感心してしまった。
旅の道中、犬二郎、喜二郎、猿の左次兵衛という愉快な仲間たちと合流した夭蔵は、最終的に丁子屋の遊女・その花を見初め、身請けする。二人の間には、やがて二代目桃太郎が誕生し、家はますます栄えていく。
なんとも人間臭い、けれどどこか微笑ましい結末だった。
二つ目に紹介されたのは、『桃太郎元服姿』というものだった。
鬼退治から戻った桃太郎は、十六歳で元服する。連れ帰った心優しい白鬼も、角を切り落として元服し、「鬼七」と改名した。それを見た猿も真似して元服し、「猿六」を名乗る。
ここからが、ちょっとした人間ドラマになっていく。
猿六は、屋敷の下女・おふくにしつこく言い寄るが、まったく相手にされない。一方で、おふくと鬼七は、いつしか恋に落ち、密通してしまう。
(あー、これは、揉めるやつだ)
嫌な予感が、当たってしまった。
二人の関係を目撃した猿六は、嫉妬のあまり告げ口をする。だが桃太郎の判断は、意外なものだった。「自分の恋が叶わないからといって告げ口をした猿六も同罪」として、小槌でおふくと鬼七には十両ずつ、猿六には二百文だけを打ち出し、三人揃って暇を出してしまうのだ。
「桃太郎、意外と厳しい判定するな……」
物語は、これだけでは終わらなかった。
店を構えて幸せに暮らしていた鬼七とおふく夫婦のもとに、ある日、白鬼の許嫁を名乗る鬼女姫が現れる。嫉妬に狂ったおふくは、なんと角を生やし、大蛇の姿へと変貌してしまう。鬼女姫は必死に止めようとするが叶わず、その場で自害。
最後は桃太郎自身が現れ、鬼七を殺そうとするおふくを斬り、告げ口をした猿六も踏み殺してしまう。
救いのない、あまりに重たい幕切れだった。
「……これ、子供向けの話だったのか?」
思わず、スマホに向かってそう呟いてしまった。現代の勧善懲悪なイメージとは、あまりにもかけ離れた結末だった。
動画のコメント欄には、他にも様々な考察が並んでいた。
『桃太郎のモデルは吉備津彦命って説もあるよね』
『鬼=当時の朝廷に従わなかった人たちって説、闇深い』
『岡山と香川、どっちが本家か未だに揉めてるらしい』
どこまでが史実で、どこからが創作なのか。曖昧な境界線の中で、桃太郎という物語は、時代ごとに姿形を変えながら、ずっと語り継がれてきたらしい。
(今度、うちに来る桃太郎は、いったいどんな奴なんだろうな)
諸説入り乱れる情報の渦を眺めながら、僕はそんなことを考えていた。
その夜、いつも通り、書斎の本棚がわずかに光っていた。
棚の中を見渡すと、他のどの本よりも堂々とした佇まいで、その一冊が鎮座していた。
『桃太郎』。
あまりにも有名すぎるその名前に、これまで何度となく目にしていながら、僕はなぜか、この本にだけは手を伸ばせずにいた。あまりに知られすぎているがゆえの、妙な気後れのようなものが、そこにはあった。
(今日は……手に取ってみるか)
昼間見た動画のせいか、今夜は不思議と、その気になれた。僕は静かにその本を取り出すと、枕元に置いて、目を閉じた。




