第40話 畑と陛下と風
田舎町の人手不足は、僕が思っていた以上に深刻だったらしい。近所の農家に事情を話すと、「上半身裸でも、働いてくれるなら大歓迎だよ」と、あっさり受け入れてもらえた。この町の人々の懐の深さには、もはや慣れたつもりでいたが、今回もその予想を軽々と超えてきた。
それから、数日が経った。
「どうですか、王様。仕事の方は」
畑を覗きに行くと、そこには、予想を裏切る光景が広がっていた。
「うむ、なかなか性に合っておるぞ」
鍬を振るう手つきは、日を追うごとに様になってきている。土に汚れた手も、最初の頃のような戸惑いは消え、むしろ堂々としたものだった。
十一月に入り、日ごとに寒さが増していた。町を歩く人々は、皆すっかり厚着になっている。
だが、王様だけは、相変わらずの上半身裸だった。
「寒くないんですか」
僕が尋ねると、王様は、額の汗を拭いながら答えた。
「動いておれば、案外どうということはない」
その言葉通り、王様は、寒さを吹き飛ばすかのように、せかせかと忙しなく体を動かし続けていた。鍬を振り、畝を作り、肥料を撒く。その一連の動作は、まるで自分の体温を保つための、彼なりの生存戦略のようにも見えた。
(あれ、絶対、寒さ紛らわせてるだけじゃないよな……)
僕は、その動きの端々に、寒さ対策以上の、別の意図を感じ取っていた。
案の定、近隣の畑にも人の目があり、たまに通りかかる農家の人たちが、そんな王様の姿に、ちらりと視線を向けていく。
「今日も精が出るねえ」
「うむ! この余にかかれば、この程度の畑仕事、造作もないわ!」
声をかけられるたびに、王様は満足げに胸を張った。その表情には、隠しきれない充実感が滲んでいる。誰かに見られながら働く、という状況そのものが、彼の心を満たしているのは明らかだった。
「仕事終わりのビールが、これほど美味いとは知らなかったぞ」
その日の夕方、汗だくで作業を終えた王様は、しみじみとそう呟いた。
「たっぷり汗をかいて、それから飲む一杯は、格別だな」
「まあ、それはわかる気がします」
僕もつられて、缶ビールを一つ開けた。労働の後の一杯という、なんとも人間らしい喜びを、あの絵本の中の王様が知る日が来るとは、誰も想像していなかったに違いない。
「……冬になれば、さすがに、そのままの格好では無理でしょうね」
僕がそう言うと、王様は、少しだけ名残惜しそうな顔をした。
「まあ、それも致し方あるまい。寒さで倒れては、元も子もないからな」
意外にも、あっさりとした返事だった。あの頑固さを思えば、拍子抜けするくらいの物わかりの良さだった。もしかすると、農作業という形で「見られる」ことへの欲求が、ある程度満たされ始めているのかもしれない。
(冬が来て、ちゃんと服を着るようになったら、それはそれで、良いことなんだろうな)
僕は、そんなことを思いながら、缶ビールを一口飲んだ。
畑仕事に精を出し、汗を流し、その日の終わりに一杯のビールを味わう。誰かに見られることを喜びながらも、真面目に仕事に取り組む姿は、あの絵本に描かれていた、見栄っ張りで愚かな王様の姿とは、まるで別人のようだった。
危ういラインに片足を突っ込みながらも、今の彼は、確かに、あの頃よりずっと、良い王様になっているのかもしれない。
夕暮れの畑に、二人分の乾杯の音が、小さく響いていた。




