↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/52

第40話 畑と陛下と風



 田舎町の人手不足は、僕が思っていた以上に深刻だったらしい。近所の農家に事情を話すと、「上半身裸でも、働いてくれるなら大歓迎だよ」と、あっさり受け入れてもらえた。この町の人々の懐の深さには、もはや慣れたつもりでいたが、今回もその予想を軽々と超えてきた。


 それから、数日が経った。


「どうですか、王様。仕事の方は」


 畑を覗きに行くと、そこには、予想を裏切る光景が広がっていた。


「うむ、なかなか性に合っておるぞ」


 鍬を振るう手つきは、日を追うごとに様になってきている。土に汚れた手も、最初の頃のような戸惑いは消え、むしろ堂々としたものだった。


 十一月に入り、日ごとに寒さが増していた。町を歩く人々は、皆すっかり厚着になっている。


 だが、王様だけは、相変わらずの上半身裸だった。


「寒くないんですか」


 僕が尋ねると、王様は、額の汗を拭いながら答えた。


「動いておれば、案外どうということはない」


 その言葉通り、王様は、寒さを吹き飛ばすかのように、せかせかと忙しなく体を動かし続けていた。鍬を振り、畝を作り、肥料を撒く。その一連の動作は、まるで自分の体温を保つための、彼なりの生存戦略のようにも見えた。


(あれ、絶対、寒さ紛らわせてるだけじゃないよな……)


 僕は、その動きの端々に、寒さ対策以上の、別の意図を感じ取っていた。


 案の定、近隣の畑にも人の目があり、たまに通りかかる農家の人たちが、そんな王様の姿に、ちらりと視線を向けていく。


「今日も精が出るねえ」

「うむ! この余にかかれば、この程度の畑仕事、造作もないわ!」


 声をかけられるたびに、王様は満足げに胸を張った。その表情には、隠しきれない充実感が滲んでいる。誰かに見られながら働く、という状況そのものが、彼の心を満たしているのは明らかだった。


「仕事終わりのビールが、これほど美味いとは知らなかったぞ」


 その日の夕方、汗だくで作業を終えた王様は、しみじみとそう呟いた。


「たっぷり汗をかいて、それから飲む一杯は、格別だな」

「まあ、それはわかる気がします」


 僕もつられて、缶ビールを一つ開けた。労働の後の一杯という、なんとも人間らしい喜びを、あの絵本の中の王様が知る日が来るとは、誰も想像していなかったに違いない。


「……冬になれば、さすがに、そのままの格好では無理でしょうね」


 僕がそう言うと、王様は、少しだけ名残惜しそうな顔をした。


「まあ、それも致し方あるまい。寒さで倒れては、元も子もないからな」


 意外にも、あっさりとした返事だった。あの頑固さを思えば、拍子抜けするくらいの物わかりの良さだった。もしかすると、農作業という形で「見られる」ことへの欲求が、ある程度満たされ始めているのかもしれない。


(冬が来て、ちゃんと服を着るようになったら、それはそれで、良いことなんだろうな)


 僕は、そんなことを思いながら、缶ビールを一口飲んだ。


 畑仕事に精を出し、汗を流し、その日の終わりに一杯のビールを味わう。誰かに見られることを喜びながらも、真面目に仕事に取り組む姿は、あの絵本に描かれていた、見栄っ張りで愚かな王様の姿とは、まるで別人のようだった。


 危ういラインに片足を突っ込みながらも、今の彼は、確かに、あの頃よりずっと、良い王様になっているのかもしれない。


 夕暮れの畑に、二人分の乾杯の音が、小さく響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。