↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/52

第38話 カナダの想い出



 結局、王様は「別に構わぬ」の一点張りで、上半身裸のまま外に出ることになった。せめてもの抵抗として、僕は自分の上着を貸そうとしたが、頑なに拒否された。


「余の威厳を、そのような安物で隠そうというのか」

「安物とは言ってないですけど……」


 押し問答も面倒になり、結局そのままの姿で、町を歩くことになった。


 朝の澄んだ空気の中、上半身裸で王冠をかぶった中年男性と並んで歩く。これほど気まずい散歩も、なかなか経験できるものではなかった。


 沈黙が続くのも落ち着かず、僕は当たり障りのない話題を探して口を開いた。


「そういえば、百年前は、どこに召喚されたんですか」

「うむ? ああ……カナダだな」

「カナダ?」


 思いがけない地名に、僕は思わず聞き返した。


「北の方の、広い国だ。あそこの酒は、なかなか美味かったぞ」


 王様は、懐かしむように目を細めた。先ほどまでの尊大な態度とは少し違う、しみじみとした口調だった。


「メープルシロップを使った酒があってな。あれは絶品だった」

「へえ、それは気になりますね」

「うむ。だが……」


 そこで、王様の表情が、急に曇った。


「冬は、地獄だったな」

「冬?」

「あの国の冬を、甘く見ておった。今のこの格好では、五分と外にいられんかったわ」


 真顔でそう語る王様に、僕は思わず吹き出しそうになった。上半身裸で真冬のカナダに放り出された王様の姿を想像すると、それはもう、地獄というより、ちょっとしたコントだった。


「服、着ればよかったのでは」

「余の威厳の問題だ! ……といっても、あの時ばかりは、さすがに毛布を巻いておったが」


 どうやら、命の危険がかかると、威厳よりも生存本能が勝るらしい。ほんの少しだけ、この王様に人間味を感じた瞬間だった。


「その後は、どうなったんですか」

「ん? ああ……あちらの世界に、また戻ることになったな。あの寒さから逃れられたのは、正直、ありがたかった」


 少し寂しげな響きも混じるその言葉に、僕はふと、この王様なりの複雑な感情があるのだろうと感じた。見栄っ張りではあるが、根っこの部分では、案外素直な人物なのかもしれない。


 そんな話をしているうちに、僕たちは町の中心部に差し掛かっていた。


 道行く人々の視線が、次々とこちらに向けられる。


「あら、まあ……」

「今日は、ハロウィンの続きかしら?」


 この町の人々の懐の深さは、ここでもいかんなく発揮されていた。誰も、あからさまに驚いたり、非難したりする様子はない。せいぜい、微笑ましそうに見守るくらいのものだった。


 しかし、そんな穏やかな空気を切り裂くように、一台のパトカーが、ゆっくりと僕たちの横に停車した。


「……ちょっと、そこの方」


 窓を下げて顔を出したのは、制服姿の警察官だった。


「軽犯罪法、知ってますよね?」


 その一言に、王様の顔から、みるみる血の気が引いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。