第37話 百年ぶりの陛下
ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン。
どこか遠くで、チャイムの音が鳴り続けている気がした。
だが、僕の頭は、それどころではなかった。頭蓋骨の中で、誰かが太鼓でも叩いているかのような、鈍い痛みが延々と続いている。昨夜の酒量を考えれば、当然の代償だった。
「……うるさいな……」
布団の中でうめきながら、僕はしばらくそのチャイムを無視し続けた。だが、音は一向に止む気配がない。むしろ、その間隔は、じりじりと苛立ちを増しているようにさえ感じられた。
(誰だよ、こんな朝から……)
仕方なく、僕は重い体を引きずるようにして起き上がった。
よろけながら玄関へたどり着き、戸を開ける。
その瞬間、僕の視界に飛び込んできたのは、上半身裸で、金色の輝く王冠を頭に乗せた、恰幅の良い中年男性の姿だった。
「……え」
二日酔いの頭では、その光景を処理するのに、いくらか時間がかかった。
「キサマ! この余を、いったいどれほど待たせるつもりだ!」
男は、腹の底から響くような怒声を上げた。その勢いに、僕の頭痛が一段と悪化した気がした。
「百年ぶりに、この世界へ呼び出されたと思えば、チャイムを何度押しても、誰一人として出てこぬとは! なんと無礼な家であることか!」
「……はい、すみません」
(そういえば、母さん、今日は朝早くから親戚のところに行くって言ってたな)
ぼんやりとした頭で、僕はようやく状況を思い出し始めた。母がいないなら、この家で応対できるのは、二日酔いで潰れている僕だけだったわけだ。
「あの、それで……」
僕は、頭痛をこらえながら、目の前の男を見つめた。
(そういえば、こいつを呼んだの……俺だよな)
昨夜、泥酔した状態で本を開き、そのまま寝てしまった記憶が、うっすらと蘇ってくる。この状況を作り出した張本人は、他でもない僕自身だった。
「昨日は、その、酔っ払っててすみませんでした」
軽く頭を下げると、王様は、ますます眉間の皺を深くした。
「なんだ、その謝り方は。まるで心がこもっておらぬではないか」
「いや、心はこもってますけど……」
「余は、王である! もっと畏れ多い態度というものがあろう!」
あまりに理不尽な言いがかりに、僕は思わず頭痛を忘れて、脱力しそうになった。だが、これ以上言い合っても埒が明かないと悟り、僕は適当に話を切り上げることにした。
「まあ、それはさておき、何かご用ですか」
僕がそう促すと、王様は、待ってましたとばかりに、胸を張って言い放った。
「うむ! この町を、余に案内せよ!」
「……はい?」
「この余が、わざわざこの目で見て回ってやろうというのだ。ありがたく思うがよい」
どこまでも尊大な物言いに、僕は思わずため息をついた。うらちゃんの気弱さとも、かぐや姫の無邪気な要求とも、また違う種類の面倒くささが、朝から玄関先に立っている。
「……わかりました。とりあえず、服くらいは着ましょうか」
「なに?」
「その格好で歩き回ったら、大騒ぎになると思うので」
僕がそう指摘すると、王様は、自分の上半身を見下ろし、一瞬だけきょとんとした顔をした。
だが、次の瞬間には、なぜかその頬に、うっすらと赤みが差していた。
「……余は、別に、このままでも構わぬが」
その口ぶりには、拒絶というより、どこか妙な期待のようなものが滲んでいる気がした。
(なんだ、この感じ……)
二日酔いの頭では、その微妙な違和感の正体を、まだ掴みきれずにいた。




