第36話 裸の王様 見られる喜び
ハロウィン祭りは、実は翌日も開催が続いていた。バンド演奏から二日後、僕たちは昼間、みんなで会場の片付けに汗を流した。
「うっス、この長机、俺運ぶッス!」
金太郎が、両手に長机を軽々と抱え上げる。もはや、力仕事は彼の担当と言っても過言ではなかった。
「わいも手伝うで」
亀も、ゴミ袋を山ほど抱えながら、テキパキと動き回っている。あれだけの熱狂を生んだステージの後片付けを、当のバンドメンバーたちが担っているというのも、なんだか妙に感慨深い光景だった。
片付けを終えた夜、僕たちは「たいせい」に集まり、打ち上げをすることになった。
「聞いてー! すごいことになってるの!」
店に入るなり、カグヤがスマホを片手に、興奮気味に駆け寄ってきた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「動画、見てよ! 三十万再生いってる!」
差し出された画面には、確かに驚くべき数字が表示されていた。あの夜の演奏動画が、たった二日で、そこまでの数字を叩き出していたのだ。
「三十万て……」
「コメントも、めちゃくちゃすごいことになってるんだから!」
カグヤがスクロールしていくコメント欄には、様々な反応が並んでいた。
『AIだろこれ』
『一寸法師ちゃん可愛すぎ』
『亀と金太郎、筋肉すごっ』
『ウサギのラップかっこよすぎる、英語うますぎん?』
「あ、うらちゃんのギターソロだけ切り抜かれて、それだけでもバズってるよ」
「え、ぼくのところだけ?」
うらちゃんが、驚いたように身を乗り出す。竜宮城仕込みの琴の腕前が、まさかこんな形で日の目を見るとは、本人も想像していなかったに違いない。
「でも、やっぱり一番多いのは……」
カグヤが、少し照れくさそうに、にんちゃんに視線を向けた。
『歌声で泣いた』
『声、震えてるとこがすごい刺さる』
『あの歌詞、実話みたいで切ない』
コメントの大半は、にんちゃんの歌声への感動で埋め尽くされていた。
「わ、私の歌、そんなに……」
水槽の中で、にんちゃんが、頬を赤らめながら口元を押さえた。あの陽気な性格からは想像もつかない、しおらしい反応だった。
「それにしても、三十万再生ってすごいな」
僕がしみじみと呟くと、カグヤが得意げに胸を張った。
「実はね、演奏前から、ちゃんとチャンネル準備してたんだ」
「え、そうなの?」
「そうしないと、いざバズった時に受け皿がないと勿体ないじゃん」
その先を見越した手回しの良さに、僕は思わず舌を巻いた。さすが、フォロワー十五万人を抱えるインフルエンサーの視点は違う。
「これからは、歌の配信で収益も出せそうだね」
「うん! 頑張って歌い続けるよ!」
にんちゃんの声には、確かな決意が滲んでいた。声を失う代償を払ってでも歌いたかった彼女にとって、この結果は、何よりの励みになったことだろう。
「よし、今日はめでたい日だ! 飲むぞー!」
誰かの音頭とともに、店主が次々と料理と酒を運んでくる。乾杯の声が、幾度となく店内に響き渡った。
どれくらい飲んだか、覚えていない。
気づけば、僕はすっかり出来上がっていた。うらちゃんに肩を貸してもらいながら、なんとか家までたどり着く。
「斗話さん、大丈夫ですか」
「だいじょうぶだいじょうぶ……ありがとな、うらちゃん」
もつれる呂律のまま、玄関先でうらちゃんと別れ、僕はふらつく足取りで書斎へと向かった。
視界が、ぐるぐると回っている。それでも、ぼんやりとした意識の中、僕は本棚の扉が、淡く光っていることに気づいた。
「あ〜……その日かぁ〜」
もう、驚きすら覚えなかった。酔った頭で、なんとなく近くにあった一冊を手に取る。文字も、表紙の絵も、うまく焦点が合わない。
それでも構わず、僕はその本を開き、そのまま、崩れ落ちるように眠りについた。




