第30話 裁縫の才能
翌朝、目を覚ました一寸法師は、昨日までの威勢の良さが嘘だったかのように、しゅんとした様子でベッド代わりのハンカチの上に座っていた。
「……昨日は、みっともないところをお見せしました」
「え」
あまりに丁寧な物言いに、僕は思わず聞き返してしまった。
「助けていただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げるその姿は、あのヤンキー然とした態度とはまるで別人だった。むしろ、これこそが、教科書に載っているような、本来の一寸法師のイメージに近い気がした。
「……昨日のあの態度は」
「あれは、その、一種の癖のようなものでして」
言葉を濁す一寸法師に、僕はそれ以上深く追及するのはやめておくことにした。誰しも、他人には見せたくない一面があるものだ。
「まあ、元気になったなら良かったよ」
「はい。それで、あの……ひとつお願いがあるのですが」
「なに?」
「僕にも、何か仕事をいただけないでしょうか。皆さんのお世話になってばかりというのも、心苦しくて」
その律儀さに、僕は少し感心した。うらちゃんの時も、カグヤの時も、最初は皆どこか自分本位なところがあったが、この一寸法師は、どうやら根っこの部分がまるで違うらしい。
「何か、得意なことはある?」
「そうですね……裁縫が、昔から趣味でして」
その言葉に、僕はふと、町の中心部にある小さな店を思い出した。
連れていったのは、町で唯一のミシン屋だった。店の奥で、老眼鏡をかけたおばあちゃんが、生地の山に囲まれて座っている。
「あら、可愛いお客さんね」
おばあちゃんは、手のひらサイズの一寸法師を見ても、特に驚いた様子もなく、にこやかに迎えてくれた。この町の人たちの懐の深さには、いい加減、僕も慣れ始めていた。
「裁縫が得意だと聞いて、連れてきたんですけど」
「あら、それは頼もしいわねぇ。じゃあ、ちょっとやってみせてくれる?」
おばあちゃんに促され、一寸法師は、作業台の隅にちょこんと座り、小さな針と糸を手に取った。
「では、失礼して」
その手つきは、驚くほど繊細で、それでいて迷いがなかった。小さな体を活かし、細い布地の間を縫うように、針が滑らかに動いていく。あっという間に、端切れの布が、綺麗な巾着袋の形に仕上がっていった。
「まあまあ、上手だこと!」
おばあちゃんが、目を輝かせながら拍手する。長年裁縫一筋でやってきた彼女の目にも、その腕前は本物と映ったらしい。
「これは、うちで雇わせてもらわなきゃね」
「よろしくお願いします」
一寸法師は、深々と頭を下げた。あの釘バットを担いでいた男とは思えない、殊勝な態度だった。
店の中を見回していた一寸法師は、ふと、レジ横の棚に飾られた、一体の人形に目を留めた。
青い瞳、縦ロールの金髪。ドレスをまとった、いかにも洋風なつくりの人形だった。
「あの人形、素敵ですね」
「ああ、それ? 昔、旅行先で買ってきたのよ。もう随分色褪せちゃったけどね」
確かに、ドレスの生地は、長年の日焼けで、うっすらと色が抜けてしまっていた。
「もしよろしければ、あの子のお洋服、作らせていただけませんか」
「あら、いいわよ。任せるわ」
おばあちゃんは、気軽にそう快諾した。一寸法師の腕前を見た後だったから、余計な心配などしていない様子だった。
その言葉に、一寸法師は、どこか嬉しそうに、小さく拳を握った。
翌日、僕は仕事の様子を見に、再びミシン屋を訪れた。
「一寸法師、調子はどう?」
「はい、順調です。ちょうど、昨日お預かりした人形のお洋服が完成しまして」
自信ありげなその声に、僕は何気なく、レジ横の棚に目を向けた。
そこには、確かに、あの人形がいた。
だが、その姿は、昨日までとはまるで違っていた。
ロングスカートの、丈の長いセーラー服。かつての可憐なドレス姿は、跡形もなくなっていた。しかも、ご丁寧に、平たい形のカバンまで、腕にかけられている。
金髪縦ロールの、青い瞳の西洋人形が、完璧な、昔ながらのヤンキースタイルへと生まれ変わっていた。
僕は、言葉を失った。
隣を見ると、おばあちゃんも、レジの前で固まったまま、一言も発することができずにいる。
「……………………」
「……………………」
二人分の沈黙が、静かな店内に、長く長く漂っていた。




