第29話 吊り橋の惨劇
家中をくまなく探しても、一寸法師の姿はどこにも見当たらなかった。押し入れの中、ソファの隙間、玄関の靴の中まで確認したが、成果は何もない。時計を見ると、もう数時間が経過していた。
(このままだと、まずい……)
焦りが募る中、僕はふと、あることを思い出した。
(そういえば、カグヤ、最近お店用にスマホ支給されたって言ってたな)
直接連絡すればいい話だったのに、なぜかその発想に至るまで、随分と時間がかかってしまった。とりあえず、カグヤのSNSを覗いてみることにする。
「……げ」
表示されたフォロワー数を見て、僕は思わず声を漏らした。
15万人。
いつの間にそんな数字になっていたのか。「バズった」という言葉は聞いていたが、まさかここまでとは思っていなかった。改めて、その影響力の大きさを実感させられる。
最新の投稿を確認すると、そこには、こんな見出しが添えられていた。
『今日はドリーム釣り橋にきたよ〜!』
自撮りのカグヤが、満面の笑みでピースサインをしている。背景には、山あいに架かる吊り橋が写り込んでいた。
そして、その肩にかけられたカバン。
ストラップとしてぶら下がっているのは、あの一寸法師だった。
白目を剥き、口の端から小さな泡を吹いている。
「うわ……」
僕は、思わず画面から目を逸らした。この写真、何人が見ているのだろう。フォロワー15万人分の視線が、今まさに、一寸法師の白目に注がれているのかと思うと、なんとも言えない気持ちになった。
(電話すればよかった……)
その事実に、今さら気づく自分に呆れながら、僕は急いで町の観光名所であるドリーム釣り橋へと向かった。
現地に到着すると、遠目にもすぐに、カグヤの姿を見つけることができた。
「あ、斗話くーん!」
カグヤは、るんるんとスキップしながら、こちらに向かって手を振っている。その横では、鞄からぶら下がった一寸法師が、彼女の足取りに合わせて、上下に激しく揺れていた。
バンジージャンプを跳んだ直後、まだ体が跳ね返っているような、そんな揺れ方だった。
「な、ちょっと待って!」
僕は慌てて駆け寄り、カグヤの肩をがっしりと掴んで止めた。
「え、なになに」
「それ、人形じゃない! 生きてる!」
「……は?」
カグヤは、きょとんとした顔で、鞄にぶら下がる一寸法師を見つめた。
「そんなわけないっしょ、こんな小さいのに」
「本当なんだって! 一寸法師なんだよ!」
半信半疑のまま、カグヤは恐る恐る、ワイヤーを外して一寸法師を手のひらに乗せた。
「……え、ちょっと、これマジで動いてる」
小刻みに震える一寸法師の体を見て、カグヤの顔から、みるみる血の気が引いていった。
「ご、ごめん! ほんとにフィギュアだと思って!」
僕は慌てて、一寸法師をカグヤの手から受け取ると、近くのベンチにそっと寝かせた。
「おい、大丈夫か」
声をかけると、一寸法師は、うっすらと目を開けた。
「……あ、あの世に……行くかと……思ったぜ……」
声には、まったく張りがなかった。
「ゆっくり休んでろ」
「……へい……」
あの威勢の良かった態度は、いったいどこへ消えてしまったのか。ふにゃふにゃとした返事だけを残し、一寸法師は再び、静かに目を閉じた。
その様子を見守りながら、僕はなんとも言えない申し訳なさと、少しの可笑しさを、同時に噛みしめていた。




