第28話 ストラップ
「腹減ったぁ」
一寸法師は、そう言うが早いか、僕が用意した食卓の上によじ登ってきた。手のひらに収まるほどの体には、いつも僕らが使う茶碗も皿も、あまりに大きすぎる。あれこれ考えた末、彼専用の食器として用意したのは、おちょこが二つだった。
「おお、これちょうどいいじゃねぇか」
サイズ感に満足した様子で、一寸法師は器用に、おちょこの縁に足をかけてよじ登ると、そのまま中の白米に顔を突っ込むようにしてがっつき始めた。まるで、小さな器を丸ごと風呂桶にして浸かっているような光景だった。
「うっめ……」
その豪快な食べっぷりに、体の大きさが不釣り合いなほどだった。あっという間におちょこ二杯分を平らげ、満足そうに小さな腹をさすると、そのまま食卓の隅で、力尽きたようにころんと横になる。
「……寝るのか」
返事はなかった。すでに、手のひらサイズの寝息が、すーすーと聞こえてきていた。ヤンキー然とした態度の割に、寝顔だけは、驚くほど無防備だった。
僕はその様子を微笑ましく見届けたあと、仕事のために書斎へと移動した。動画編集の締切が、じわじわと迫っている。
しばらく作業に没頭していると、玄関の方から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「斗話くーん、いる〜?」
カグヤだった。相変わらず、チャイムを押すという発想は持ち合わせていないらしい。もはや、この家の合鍵を持っているのではないかと疑いたくなるほどの、堂々とした侵入っぷりだった。
「あ、いるいる。書斎」
「あ、忙しい? じゃあリビングで待ってるね〜」
そんな会話を交わしながら、僕はキーボードを打つ手を止めなかった。まさか、その数分後に、とんでもない事態が起きているとは、この時の僕は知る由もなかった。
リビングに入ったカグヤは、食卓の上に転がる、見慣れない小さな物体に目を留めた。
「……ん? なにこれ」
カグヤは、顔を近づけて、じっくりとそれを観察した。
小さな体、ヤンキー風の刺繍ジャケット、そして寝顔。ぴくりとも動かない、その様子。
「うわ、めっちゃリアルなフィギュアじゃん」
カグヤの目が、キラーンと光った。
「これ、絶対ストラップにしたら可愛いやつじゃん!」
完全に人形だと信じ込んだカグヤは、鞄の中からゴソゴソと何かを取り出した。手芸屋で買ったばかりの、細いワイヤー。
「よし、これで……」
器用な手つきで、カグヤは、すやすやと眠る一寸法師の足に、そのワイヤーをきゅっと巻きつけた。
「ん〜、いい感じ」
仕上がりに満足したカグヤは、鞄にその「フィギュア」をぶら下げると、鼻歌交じりに玄関へと向かった。
「斗話くーん、これ借りてくねー! めっちゃ可愛いから、みんなに見せてくる!」
書斎から、生返事が返ってくる。
「あ、うん、いってらっしゃ……」
言い終わる前に、玄関の戸が閉まる音が響いた。
少しして、区切りのついた僕は、休憩がてらリビングへと向かった。
「一寸法師、まだ寝て……」
食卓の上には、何もなかった。
一寸法師の姿は、影も形も見当たらない。皿だったおちょこだけが、ぽつんと二つ、テーブルの上に残されている。
「……あれ?」
僕は、しばらくその場に立ち尽くした。
(まさか、な)
脳裏をよぎった嫌な予感を、僕はすぐに振り払おうとした。だが、その予感は、もう十分すぎるほど的中している気がしてならなかった。




