第25話 決着
土俵に上がった二人は、それぞれ廻しをきっちりと締めていた。
「……あの、亀って、どうやって廻し締めてるんだろうね」
僕が思わず呟くと、隣にいたうらちゃんも、真剣な顔で首をひねった。
「甲羅、あるのに……」
「一回、甲羅の中通してるのかな…」
微妙な空気のまま誰にも答えの出ない疑問を残したまま、二人はすでに土俵の中央で睨み合っている。
『それでは……はっけよい……』
行司の声が、緊張感を帯びていく。
『のこったぁぁぁ!』
その瞬間、二つの巨体が正面からぶつかり合った。
もはや相撲というより、車と車の正面衝突だった。地響きにも似た衝撃音が、広場中に轟く。観客たちが、思わず息を呑んだ。
「うおおおおおッス!」
「くらえやぁぁ!」
互いに廻しを掴み合い、すぐさま投げの体勢へと入っていく。
甲羅の分だけ、明らかに重量で勝る亀。一瞬、体勢が有利に見えたのは、亀の方だった。
「もらったで――」
だが、その言葉が終わる前に、金太郎の腰が、ぐっと深く沈み込んだ。
「まだまだッスー!!」
渾身の力とともに、金太郎の体が一気に持ち上がる。あれほどの巨体を誇っていた亀の体が、宙に浮いた。
「な、なんでや……!」
驚愕の声を残しながら、亀の巨体は、そのまま豪快に土俵へと投げ出された。
ドッシャァァン、という凄まじい音とともに、亀は仰向けにひっくり返った。
『勝負あり! 勝者、金太郎!』
実況の声が響き渡ると同時に、会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
「うおおおおおッス!」
金太郎が、両拳を天に突き上げる。その姿は、まさに勝者の風格そのものだった。
勝負が決まると、金太郎はすぐさま倒れたままの亀に駆け寄り、手を差し伸べた。
「いい勝負でしたよ、亀さん」
「……ほんまや。悔しいけど、あんたの勝ちや」
亀は、その手を掴み、なんとか体を起こす。土俵の上で向き合った二人は、互いに深々と礼をした。
その光景に、会場からは、勝敗を超えた大きな拍手が送られていた。まさに、迫力と清々しさを兼ね備えた、見応えのある一戦だった。
表彰式では、金太郎に、プロテイン一年分の詰め合わせと、ぴかぴかのトロフィーが手渡された。
「うおおお、これが、噂のプロテインッスね〜!」
子供のように目を輝かせる金太郎の姿は、あの決勝戦の迫力とはまた違った可愛らしさがあった。
「よし、みんなで写真撮ろう!」
カグヤの号令で、その場にいた全員が、トロフィーとプロテインを囲むように集まった。
「はい、いくよー! シュン、お願い!」
「おう、任せろ! ……はい、チーズ!」
シュンのカメラが、シャッター音を響かせる。金太郎、亀、うらちゃん、赤ずきん、カグヤ、ウサギ、そして僕。いつの間にか、こんなにも大勢の顔ぶれが揃っていた。
数か月前、離婚届を突きつけられ、父を亡くし、傷心のままこの町に戻ってきたはずの自分。あの頃は、こんな光景を思い描くことすら、できなかった。
それが今では、こうして、賑やかな仲間たちに囲まれている。
シャッターの向こうで、みんなが笑っている。その中心で、僕もまた、自然と笑っていることに気づいた。
(この町に、帰ってきてよかったな)
夕暮れの広場に、いつまでも、みんなの笑い声が響いていた。




