第24話 いき過ぎた筋肉
トーナメントは、拍子抜けするほど一方的に進んでいった。
金太郎は、一回戦、二回戦と、対戦相手を次々と土俵の外へ放り投げていく。亀もまた、あの巨体を活かした寄り切りで、危なげなく勝ち上がっていった。準決勝を終える頃には、両者の圧倒的な強さに、もはや誰も驚かなくなっていた。
そして、いよいよ決勝の時間が近づいた頃、土俵の脇に、見慣れないマイクスタンドが設置された。
「あの、リングアナウンサーだそうです」
うらちゃんが、困惑気味に教えてくれた。町内会の誰かが、勢い余って本格的な演出を用意したらしい。
『皆さぁぁぁん! お待たせしましたァ! いよいよ決勝戦です!』
朗々とした実況の声が、広場中に響き渡る。予想外の本格演出に、観客たちからもどよめきが起こった。
『しかし! その前に! お二人には、この決勝を盛り上げるべく、余興をお願いしております!』
「余興ってなんスか、聞いてないッス!」
金太郎が、素っ頓狂な声を上げる。だが、後の祭りだった。町内会長のごり押しに、二人とも逆らえないらしい。
『まずは、亀選手!』
「しゃあないなぁ……ほな、いくで」
亀は諦めたように、そう呟くと、土俵のふちで仰向けに寝転がった。
次の瞬間、甲羅を軸にして、くるくると回転を始める。
「な、なんスか、それ!」
「ブレイクダンスや。このまえ、テレビで見て練習したんスわ」
器用に甲羅を軸に体を回転させ、時折足を高く蹴り上げる姿は、なかなかに様になっていた。観客から拍手が沸き起こる。
ただ、甲羅で回ってるようにもみえる。
だが、踊り終えた亀は、仰向けのまま、ぴくりとも動けなくなっていた。
「……あの、起き上がれへんのやけど」
「あ、はい……」
その場にいたウサギが、耳まで真っ赤にしながら、渋々といった様子で亀に手を貸した。
ぶつぶつと文句を言いながらも、しっかりと亀を起こしてあげるあたり、この二人の相棒関係が定着してきたことを感じさせる光景だった。
『さあ、続いては金太郎選手!』
実況の声とともに、土俵の脇から、意外な人物が姿を現した。
いつもの赤い前掛けではなく、しっかりとしたタキシードに身を包んだ金太郎が、堂々とした足取りで歩いてくる。
「……なんで、タキシード?いつ準備したの」
僕が思わず呟くと、隣の赤ずきんも、無言のまま首を傾げていた。
土俵際に立った金太郎は、両腕をわずかに開き、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
肩が、ゆっくりと盛り上がっていく。胸板が前へせり出し、背中の筋肉が、服の下でその形を変えるように膨れ上がっていった。
ぴん、と、スーツの生地が張り詰める。
次の瞬間、肩口の縫い目が、弾けるように切れた。
「――ッス!」
一本の裂け目は、そこだけでは止まらなかった。背中へ、脇へ、袖へ、ズボンまでと、みるみる広がっていく。膨れ上がる肉体に押し広げられ、黒い布が次々と裂けていった。
金太郎がさらに腕を広げると、ついに背中の生地が耐えきれなくなる。
バリッ -!!
その瞬間、金太郎はジャンプする…
そこにはスーツの上下が、まるで、脱がれたことに気づいてないかのように、蝉の抜け殻のごとく、たたずんでいた。
もはや、スーツを脱いだ、という表現では足りなかった。膨れ上がった肉体そのものが、脱皮のように服のほうを内側から押し退けたのだ。
『……筋肉が、スーツを拒絶したぁぁぁあ!!』
リングアナウンサーの絶叫が、広場中に響き渡った。観客席は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
「うおおおおおッス!」
金太郎自身も、その歓声に応えるように、雄叫びを上げて拳を突き上げた。
「……あれ、練習したんですかね」
うらちゃんが、隣で呆然と呟いた。誰にも、その答えはわからなかった。
余興を終え、いよいよ土俵に上がる二人。会場の熱気は、決勝戦を前にして、これ以上ないほどに高まっていた。
『それでは……決勝戦、開始です!』
その声を合図に、金太郎と亀は、それぞれの持ち場へと進んでいった。




