第21話 金太郎 筋骨隆々
祝日の昼下がり、僕は赤ずきんを連れて、「たいせい」でご飯を食べていた。
「はい、お待たせしました」
配膳してくれたのは、うらちゃんだった。最近では、簡単な調理も任されるようになったらしく、その顔つきには、以前にはなかった自信が滲んでいる。
「うらちゃん、腕上げたな」
「い、いやいや、そんな……」
褒めると、うらちゃんは耳まで真っ赤にしながら、もじもじと視線を泳がせた。
「まだまだ、店主のとり天定食には敵いませんけどね」
そう言い残すと、逃げるように厨房へと戻っていく。その照れ隠しの早足すら、なんだか微笑ましかった。
「……美味」
赤ずきんは、そんな僕らのやり取りには目もくれず、黙々ととり天定食をつついている。ボソッと一言呟いては、また黙々と箸を進める。その繰り返しだった。
「……美味」
「二回言うほど?」
「……二回言うほど、美味」
相変わらずの単語少なめな会話に、僕は思わず笑ってしまった。
和やかな空気が流れていた、その矢先だった。
「邪魔するでぇ〜」
引き戸を勢いよく開けて、大きな声とともに入ってきたのは、あの巨躯の男だった。
店内の空気が、一瞬でざわついた。
「……邪魔するなら、帰って……」
赤ずきんが、箸を止めることなく、いつものボソッとした声で返す。
「へーい……って、なんでやねん!」
律儀にノリツッコミを入れる亀に、僕は思わず吹き出しそうになった。この男、どこにいても関西弁のテンションを崩さないらしい。
「一人でご飯、食べに来ただけですねん。そんな邪険にせんといてぇな」
亀はそう言いながら、カウンター席にどっかりと腰を下ろした。甲羅が椅子からはみ出し、店の狭さがより一層際立って見える。
「すんません、注文いけますかー」
亀の声に応えて、奥から、うらちゃんが顔を出した。
その瞬間だった。
うらちゃんの顔から、すうっと血の気が引いていった。
「……あ」
言葉にならない声を漏らしたかと思うと、うらちゃんは踵を返し、脱兎のごとく店の外へと駆け出していった。
「うらちゃん!?」
僕が慌てて追いかけると、店の裏手で、うらちゃんは四つん這いになり、あの見覚えのある光景を繰り広げていた。
「オロロロロロロ〜」
地面に広がる、虹色の吐瀉物。久しぶりに見るその光景に、僕は思わず言葉を失った。
(そうだ……うらちゃん、亀がダメなんだった)
うらちゃんの亀への強烈なトラウマを、僕たちはすっかり失念していた。しかも今回は、身長190センチはあろうかという、これまでで一番大きな亀だ。トラウマの発動量も、比例して増えたのかもしれない。
「……なんや、これ」
異変に気づいて店の外まで出てきた亀が、状況を見て目を丸くした。
「その人、亀が苦手なんです。昔、竜宮城で色々あったみたいで」
「竜宮城……?」
僕が事情をかいつまんで説明すると、亀は何かを思い出したように、ぽんと手を叩いた。
「あ〜、聞いたことあるで、その話! その浜辺で助けられた亀って、わしの姉ちゃんの二番目の子やわ」
「え、甥っ子?」
「せやせや。あいつ、昔から見境なく人助けたがる奴でな。ルールもろくに説明せんと、竜宮城連れてってまうねん」
亀は、心底呆れたように首を振った。
「今度あいつに会うたら、しっかり言うとくわ。竜宮城連れてく前に、ちゃんとルール説明せえよ、って」
悪びれもせず、しかし親戚としての責任は感じている様子の亀に、僕はなんとも言えない気持ちになった。
「……そう、だったんですね」
地面にへたり込んだままだったうらちゃんが、ようやく顔を上げた。まだ顔色は悪いが、少しだけ、納得したような表情を浮かべている。
「甥っ子さんは、悪気があったわけじゃない……ってことですか」
「せやな。まあ、説明不足やったんは、間違いないけどな」
亀はそう言って、豪快に笑った。その笑い方には、先ほどまでの緊張を和らげるだけの、独特の温かさがあった。
結局、店の外の惨状を片付けるべく、僕、赤ずきん、亀、うらちゃんの四人で、掃除をする流れになった。
「……手伝う」
赤ずきんが、無表情のままバケツに水を汲んでくる。
「なんや、律儀な子やなあ」
「……うるさい」
「おお、こわ」
亀とやり取りしながらも、赤ずきんはてきぱきと動いている。うらちゃんは、まだ亀に近づくのは怖いのか、少し離れた位置から遠慮がちにデッキブラシを動かしていた。
「うらちゃん、亀さん、もうちょっとだけ距離詰めても大丈夫そうだぞ」
「い、いやまだ、もうちょっとだけ……時間をください」
そう言いながらも、じりじりと、うらちゃんの立ち位置は亀に近づいている。虹色の惨状を四人がかりで片付けるという、なんともシュールな光景を眺めながら、僕は思わず苦笑した。
この町には、本当に、変な出会いばかりが転がっている。
その夜、書斎の片付けを終えたところで、僕はふと、ここ最近の出来事を思い返していた。亀の登場、うらちゃんの成長、掃除で四人揃った、あの珍妙な光景。
(今日は……色々あったな)
小さく息を吐いたところで、ふと視線を上げると、本棚の扉が、いつの間にかわずかに開いていることに気がついた。今夜が、あの月に一度の夜だったらしい。
棚の中を覗き込み、目についた一冊を手に取る。
(今日はこれにしとくか)
特に理由もなく、なんとなく気になったその本を枕元に置いて、僕はそのまま、眠りについた。




