第20話 相棒という存在
亀の話を聞いた翌日から、僕はウサギを探して町中を歩き回っていた。
あの本棚のルールを思えば、召喚されたキャラクターたちは、そう遠くまでは行けないはずだった。うらちゃんも、カグヤも、赤ずきんも、皆この町の中に留まり続けている。だとすれば、ウサギもきっと、まだこの近くのどこかにいる。
二、三日と探し続け、手がかりもないまま焦りが募っていく。
(頼むから、無事でいてくれ)
そう祈るような気持ちで、僕は町のあちこちを回った。
四日目の夕暮れ、僕はふと、公園の方に目をやった。
橙色に染まる空の下、古びたブランコに、一人で座る人影があった。
しなびれた人参を、片手にぶら下げたまま、じっと地面を見つめている。長い耳が、力なく垂れ下がっていた。
「……ウサギ」
僕がそっと声をかけると、ウサギは弾かれたように顔を上げた。その目には、隠しきれない疲労と、戸惑いが浮かんでいた。
「……斗話さん」
「心配したよ」
僕は、隣のブランコに腰を下ろした。錆びついた鎖が、キシッと軋んだ音を立てる。
「すいません」
それだけ言うと、ウサギは再び俯いてしまった。夕暮れの公園に、しばらくの沈黙が流れる。子供たちの遊ぶ声が、遠くから風に乗って聞こえてきた。
「亀さんと、話したよ」
僕がそう切り出すと、ウサギの肩が、わずかに強張った。
「亀さん、居酒屋で一人で飲みながら、ぽつぽつ話してくれたんだ。あんたのこと、本当は大事に思ってるって」
「……そんなはずは」
「怒鳴ったこと、正当化するつもりはないよ。きつい言い方は、やっぱりよくないと思う」
僕はそこで、一度言葉を切った。ウサギが、こちらをじっと見つめている。
「でも……その言葉の奥に、あんたへの思いやりがあったのも、本当だと思う」
「……」
「『あいつは、俺なんかよりずっとできる奴なんです』って、言ってたよ。だから、手を抜いてるところを見ると、悔しくてたまらないって」
その一言に、ウサギの瞳が、わずかに揺れた。長い耳の先が、小さく震えている。
「一度、ちゃんと話し合ってみたらどうだ」
僕がそう促すと、ウサギは、しばらく黙り込んだまま、膝の上の人参を強く握りしめた。
「……僕、何も言わずに、逃げてしまいました」
声は、震えていた。
「悔しい気持ちも、辛い気持ちも、ちゃんと伝えれば良かったのに。全部溜め込んで、黙って、書類だけ送りつけて」
「……」
「ずっと、後悔してたんです。あんな終わり方、したくなかったのに」
その言葉を最後まで聞き終えると、ウサギは勢いよく立ち上がった。目には、確かな決意の色が宿っている。
「もう一度、話し合ってきます」
ウサギは、僕に向かって深く頭を下げると、そのまま公園を飛び出していった。
「あ、待って……!」
僕も慌てて、その背中を追いかけた。
リフォーム中の現場に着くと、そこには、地面にひっくり返ったままの巨体があった。
「亀さん……!」
ウサギが、真っ先に駆け寄る。ひっくり返って動けずにいた亀は、その声に驚いたように目を見開いた。
「……お、おい、ウサギ、なんでここに」
「亀さん、大丈夫ですか」
ウサギは、亀の体を必死に支え、なんとか起き上がらせる。息を切らしながらも、その手は、決して離そうとしなかった。
起き上がった亀は、しばらく呆然とウサギを見つめていたが、やがて、絞り出すように口を開いた。
「……すまんかった」
その一言は、いつもの豪快な声とは、まるで違って聞こえた。
「ウサギがおらんくなって、初めてわかったんや。わい一人じゃ、こんなに弱い亀やったんかって」
「亀さん……」
「怒鳴ってばっかりで、悪かった。……もう一回、やり直させてくれへんか」
ウサギは、何かを言おうとして、口を開きかけた。けれど、言葉よりも先に、目から涙がこぼれ落ちていた。
「……僕の方こそ、すみませんでした」
声が、震えている。
「何も言わずに、離れてしまって。……ちゃんと向き合うべきでした」
ウサギは、涙を拭いながら、はっきりとした口調で続けた。
「これから先は……上司と部下じゃなくて、良き相棒として。一緒に頑張っていけたらと思います」
その言葉に、亀の目にも、みるみる涙が浮かんでいく。
「……相棒、な」
亀は、ぐしゃぐしゃになった顔で、それでも精一杯の笑顔を浮かべた。
「ええ言葉やないか」
二人は、しっかりと手を握り合った。太い手と、細くしなやかな手。不釣り合いなその握手は、それでも確かな絆で結ばれているように見えた。
少し遅れて現場に駆けつけた僕は、その光景を目にした瞬間、全てを理解した。もう、言葉はいらなかった。夕焼けに染まる空の下、二人の影が、長く長く伸びていた。
数日後、僕が二人の元を訪れると、亀が興奮気味に、あることを語っていた。
「斗話さん、聞いてくれます? わい、今年のM-1、出ますねん!」
「……え、M-1?」
「せや、漫才の。ウサギとコンビ組んで、ボケとツッコミやろ思て」
隣で、ウサギが少し困ったような、それでいて満更でもなさそうな顔をしている。
「亀さん、僕、ツッコミの練習、まだ全然……」
「大丈夫大丈夫、わいが引っ張ったるから!」
あれだけの感動的な仲直りの直後に、まさかこんな展開が待っているとは思わなかった。僕は、思わず苦笑いを浮かべながら、二人のやり取りを眺めていた。
相棒、というのは、案外、こういう賑やかさも含めての関係なのかもしれない。




