第1の乗り手、女騎士コンスタンス⑪
辺境伯の屋敷から幾らか離れた農地……そこにローリーの姿があった。
ヒューゴに連れられやって来たローリーは、農民と引き合わされる。
双方共に困惑して、そうでないのはヒューゴだけだった。
「やっ! 手伝いに来たよ」
「やっ、てねぇ……若様がそう気軽に野良仕事手伝っていいもんでもないでしょうに」
「椅子の上で偉ぶるだけが仕事なら、貴族なんて誰でも出来るだろ? こうやって、世の為人の為に動かなくちゃね」
呆れ半分、といった様子の農民に対してヒューゴは気さくな笑顔を見せる。
どちらも理解しているのだ。この手助けが必要なのだと。
その助け合いを維持する為の、この気楽な関係。
「それで、自分は何の為に呼ばれたのでありますか?」
「ここの家には今牛が居なくてね、秋撒きの畑を耕すのが大変なんだ。だから君の出番! 鋤を引いてくれ、人助けだからさ……頼むよ」
「もぉー。仕方ないのでありますね……人助けなら」
頼み込まれては断りづらいし、そもそもローリーはここまで着いてきてしまった。
それに人助けとあれば、それをわざわざ断ったりしない程度の善性がローリーにはある。
そうとなればローリーはあれよあれよと、牛が引く用の巨大な鋤を取り付けられた。
それを畑の未耕作の土に突き立てれば準備万端。
ローリーが引く鋤を腕を捲ったヒューゴが操り、硬い土を掘り起こす。
「ゆっくり頼む! ゆっくりだ!」
「は、はい! これ、なんか楽しいでありますね!」
「分かるよ、ゴリゴリ行くからね。手作業でやってたら、この爽快感がまるで無いんだ。あの人達にそんな思いをさせるのはね」
「大変なのでありますね、農民って。自分は最近重い物を引っ張る楽しさに目覚めたとこでありますから、へっちゃらですけど」
「おっ、それなら後で収穫物を運ぶ作業も手伝ってもらおうかな。いやぁ、力持ちが居ると助かるよ」
ヒューゴはまるで自分事のようにそう言って、有難いと礼を言う。
本来ならばこんな事をする必要は無い筈のヒューゴが、義務でもないのに進んで農作業を手伝っている……奇妙である。
「ヒューゴ様はなんで、こんな事をするのでありますか?」
「こんな事って?」
「うーん、貴族らしくない事?」
「じゃあ君は、僕の父親や兄が貴族らしいって思うかい?」
「なんか……凄いぞ! って感じはするのであります」
「じゃあ僕にはそれがないか。ハハハ」
鋤を操り土に汚れてヒューゴは笑う。
顔立ちは整った好ましいもの、貴族らしい品の良さもある。
人を惹きつけるカリスマ性というものが、他とは一段違う存在として君臨するものだとすれば、ヒューゴはその逆。
ヒューゴはそれらを笑みで隠して、視線を合わせ共に在る事を良しとする。
「いやさ、別に貴族どうこうじゃないんだよ。僕はここで生きている。なら同じように、ここに生きている人を助けるのは当たり前。そして良い事をすると気分が良い」
「へー……自分も、良い事をすると気分が良いのであります。そっちの方が正しいのでありましょうか?」
「さあ? 正しいとか正しくないは難しくて分からないね。でも気分良く生きていたいだろ? 少なくとも僕はそうだからね」
それがヒューゴの生き方。
次男であれば責任も少ない。
気楽で、自由な生き方に利他で満足する善性を持った少年。
「まあ……だからさ、君とも仲良くしたいわけだよ。冬の前の最後の商いに来た商人に、糖蜜掛けエンバクを頼んどくよ。今日のお礼がてらにね」
「なんでありますか、それは?」
「南の方の作物から作られた──いや、言っても分からないか。甘くて美味しいエンバクだよ。君は馬と同じ物を食べるんだろ? なら馬が喜ぶ糖蜜掛けエンバクも美味しく食べられるんじゃないかな」
「ほぉ……どんな感じか気になるのであります。食べ物って沢山あるのでありますねぇ」
「そりゃそうだ。この辺りの畑ですら、育てる作物には幾つか種類がある。よし! もうひと仕事頼むよ。これが終わったら荷運びだ」
ヒューゴに言われるがまま、鋤を引いて畑を耕す。
汗水垂らして、報酬に貰うのは農民達の感謝の言葉。
「へえぇ!? こんな時間であれ全部終わったんで……?」
「ああ、こっちのローリーが凄いんだ。硬い地面もどんどん耕しちゃって。せっかくだから荷運びもやっていこうかって話してたんだ」
「それは凄い……ありがとうございます、ヒューゴ様。そちらのローリー様も」
「様だなんて! 自分はまだ何でもないので!」
ローリーは謙遜し、農民は感謝の言葉を並べ立てる。
類稀なるその力がどれ程の助けになったのか、他の家に牛を借りるにしても作業が遅れて冬に間に合わなかったかもしれないと、とても良く感謝された。
ローリーは単純だ。
そのように感謝されると尻尾を振って足取りも軽く、次の作業もそれはもう軽快にこなし始める。
収穫物を載せた荷車を引っ張って、見慣れぬケンタウロスにギョッとされたりなどしながら。
しかし御者台に居るのが辺境伯の息子であるヒューゴだ。
珍妙な生物であれ、近くにある程度信頼出来る人が居れば、それは頼もしき力持ち。
また辺境伯家の次男が貴族らしくない事をしていると、呆れ半分頼もしさ半分で見送られる。
「さっき、まだ何でもないって言ってたろ? 今後は何かになる予定でもあるのかな?」
「騎士になりたいのであります。そして公爵令嬢のラシェル様とした約束を果たしたいと思って」
「へぇー、そりゃ凄い夢だ。君くらい力持ちなら色々出来るだろうに、なんで騎士に?」
「あーもう! みんなそれを聞く! じゃあ、ヒューゴ様は何になるのでありますか? 貴族って色々出来るのでありますよね!?」
ローリーはいい加減ウンザリだった。
何故、なんで、騎士じゃないと駄目なのか。
そう問いかけられる事に飽き飽きしていたので、多少語気が強くなったもののヒューゴは飄々としたもの。
「まだ決めてない。でも選択肢なんて多い方が良いだろ? その点でこの生まれは得してるかな。僕は読み書きが出来て、計算が出来て……てなると固いとこだと徴税官とか。それでなくとも写本で稼ぐとかね。少なくとも戦ったりするのはね、僕には合わないや」
「ヒューゴ様は戦場に出た事があるのでありますか?」
「あるよ、去年初陣に行ってきた。元から好きじゃないけど、余計にあんなのやってられないって思ったよ」
「そうでありますか……自分は大変だけど、やっていけそうだと思ったのであります」
「それは他を知らないからだよ」
ヒューゴは飄々とした態度のまま、ともするとローリーへの否定になりかねない言葉をサラリと放つ。
なんて事ないように言えば、なんて事ないように受け取れる。
少なくともヒューゴは殊更に否定してやろうという、そんな態度ではなかった。
「思うんだけど、選択肢って重要だ。他に選択肢がなくて選んだソレと、他にも選択肢があった上で選ぶソレじゃ意味が違う。君だってそんなに力持ちなら、畑をどんどん耕せる。荷物だって運べるから、開拓地に行けば自分の土地が手に入るかも。知らないだろ? 戦う以外の他の事」
「そ、そんな事は……狩りとか、出来るのであります」
「そっか。君の事あんまり知らないけどね、寂しくて泣いちゃうような子が、戦いに向いてるのかは疑問だな」
「だっ、だから泣いてない!」
日の出頃に誘われた人助けだが、いつの間にやら太陽が沈む頃。
ムキになるローリーをヒューゴは笑って受け流す。
そんなやり取りを繰り返しながら仕事を終える。
荷物を運び、感謝され、それ以外には受け取らない。
代わりに達成感に満たされて、土に汚れて帰路に着く。
「今日は良い事が出来て、これは少し騎士っぽいかもしれないのであります」
「博愛とか弱者の救済とか? それでわざわざ自分で畑耕す騎士が居るかは知らないけど……まあ、そんなのが居てもいいさ。きっとね」
「畑仕事をして土でベタベタの貴族が居るのでありますから、そんな騎士が居てもいい筈でありますよ」
「確かに、どんなのが居てもいいんだな。僕みたいなのが居ても、君みたいなのが居ても」
「そういえば……ヒューゴ様はぐうたらって聞いていたのでありますが、全然そんな事なかったです!」
「……あー、うん。そうだね」
キザな貴族の令息であるヒューゴは、その生き方に案外とゆとりを持っているものだった。
だがしかし、ゆとりを持つにあたり犠牲になるものも当然あって……帰宅した2人を出迎えたのは腕を組んで待ち構えていた辺境伯夫人。
「随分と、働き者の見た目をしている事で」
「そりゃもう、ずっと働いてヘトヘトさ。なぁローリー?」
「はい! 鋤を引いたり、荷車を引いたり、重い物を運ぶの結構好きであります!」
「それは結構。働き者の良い気質です。何の見返りもない仕事とは名ばかりの逃避に付き合わされてもなお、そのはつらつとした笑顔ならば尚更」
「さて! それじゃあ僕は部屋で休もうかな!」
「2人とも、その土を無闇矢鱈に広げる前に水を浴びなさい。その後は大人しく部屋に留まる事」
「はい母さん。……やったなローリー、そんなに怒られなかった」
「自分は悪い事してないので、そんなに心配してないのでありますが……」
ヒューゴは見上げる高さのローリーに耳打ち……のようなものをして、したり顔。
「ローリーには怒っていないだけです。ヒューゴにはこの後、しっかりと理解させます」
「あちゃー。幸運だったねローリー」
「だから自分は悪い事してないので……」
「早く土を落としなさい! それを少しでも屋敷の中に持ち込んだら、ただじゃ済まないからね!」
母は強し。
飛来する叱咤に急かされ水を浴び、1日の労働の証を洗い落とし、ヒューゴは引き摺られるようにして屋敷の中へ。
ローリーは厩舎の中の自分の部屋へ。
働き詰めだった分、身体はよく疲労しローリーは今夜こそは深く眠れそうな状態。
もうすっかり日も落ちて、月明かりが部屋に差し込む。
眠るには良い頃合いとはいえ、疲れ果てた身体が求めるものは睡眠だけでなく食事も。
ローリーが麦を食んでいると、扉がノックされ朗らかな笑みが隙間から覗く。
たっぷり怒られた筈のヒューゴだった。
「やっ!」
「やっ、じゃないんですよ。怒られたのに、まだ何かするのでありますか?」
ローリーも流石に呆れ果て、麦を食べながらの対応だ。
にも関わらず、ヒューゴはやけに笑顔。
手にした紙……封筒を見せつけて、得意げだ。
「いやね、明日君に渡せって手紙を受け取ったんだなぁ、これが」
「なんですかそれ!? 手紙なんて初めて貰ったのであります!」
「ほーら食いついた。明日まで待つよりさ、今渡した方が絶対良いだろ?」
「ちょっ、早くください!」
ローリーは半ばひったくるようにヒューゴから手紙を受け取り、それを感慨深く眺める。
封筒の封蝋には馬のシンボル。
ローリーは当然ながら紋章には詳しくない。
詳しくなくとも、この馬のシンボルは何度も見た事があった。
「これ、レッドメインの紋章であります」
「公爵家は君の古巣だろ? それで昼に話してたラシェル嬢の話を思い出してね、その人からじゃないかなと思って」
「ラシェル様から!」
ローリーは弾かれるように慌ただしく封筒を開く。
中身の紙を取り出して、開いて、裏返して、回す。
匂いを嗅いでみたり、じっと眺めたりなど。
「それ上下逆だよ。君、文字読めないだろ」
「……どうしたらいいのか、分からないのであります」
「だろうね。代わりに読んであげよう」
「ありがとうございます! ヒューゴ様は優しい! 頭も良い!」
「もっと褒めてくれてもいいよ」
ローリーから受け取った手紙をヒューゴは上下入れ替えると、窓から差し込む月明かりを頼りに読み始める。
視線を動かし、数行読んでいる間もローリーは期待でもどかしい。
もどかしさのあまりヒューゴの肩を揺らして大変に鬱陶しいもの。
「えー……ラシェルという人からだ」
「ラシェル様! 公爵家の令嬢で、自分の友達で、いつかお迎えに行くと約束した人で!」
「おぉ、そっかそっか昼に聞いたよ。ほー……」
「なんて書いているのでありますか!?」
「ええ……これは難しい言い回しを好む人だな……詩的で魅力的ではあるけど、知的過ぎて伝え方が難しい」
「ラシェル様は凄いのでありますね……」
ローリーは感嘆の息を漏らし、ヒューゴは文字を指でなぞってその意味を汲み取る。
「君が元気でやっていると嬉しいって、あと心配ってのを長々と書いているな。こっからここまでがそれを色々な表現で書いてるっぽい」
「ほぉー。ぽいって、読めないのでありますか?」
「勉強しとくよ……この後はあれだ、ラシェル嬢の近況だな」
ふんふんと、頷きながら読み進めるヒューゴはその装飾的な文章を咀嚼して、ローリーに分かりやすいように組み直す。
「第二王子と婚約しました。後は……来年、第二王子と共に兄ケイレブも初陣を飾ります。そちらで会うかと思いますが、よろしくお願いします。そんな感じ」
「ケイレブ様が……?」
「公爵家のケイレブって次男の方だろ? 確か僕らよりは年上の筈だ。初陣にしては遅いな。訳アリ?」
「どうなんでしょう? お話しする事はありました。でも必要な会話だけだったので。えー、ケイレブ様は狩りが好きであとは……ワガママ?」
「おぉ、君に言われるなら相当だ。苦労しそうだね」
ヒューゴは改めて手紙を読み返し、ローリーはぼんやりと考える。
手紙をくれたラシェルの事、来年会うかもしれないケイレブの事。
ホームシックになった事で、ローリーは公爵家で狩りを教わった日々の事を近くに感じていた。
だからこそ、思うのはあの少しずつ世界が広がり徐々に学びを得た日々の事。
「ケイレブ様が……狩りみたいに、自分は上手く出来るのでありましょうか」
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