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公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜  作者: 相竹 空区
第1の乗り手、女騎士コンスタンス

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第1の乗り手、女騎士コンスタンス⑩


 帰り道はつつがなく。

 ローリーが輓馬の代わりを務めた程度で、特に問題も起きずに目的地……辺境伯の屋敷まで辿り着いた。

 屋敷の主人曰く広い、その息子曰く豪華ではないが広い。

 言葉通りにその屋敷は広く、敷地も広い。

 代わりに飾り気などはあまりなく、素朴な印象を受けるもの。

 機能として人を招くに必要十分、あとは季節毎の景色の移り変わりが屋敷を飾る。

 ローリーの前を馬で進むルイスは、故郷の風で茶髪を揺らしながら感慨深くため息を吐いた。

 

「ここが辺境伯の屋敷。俺の家で、お前の家と言ってもいい。好きなってくれよ? こっちが本来の居場所、あの野営地は戦争の季節の間、あくまで一時的に居る場所だからな。不便だし、真の意味で心が休まる事はない」


「本当はあの地に砦を築きたいのだがね。便利だし、安心だろう」


「そうしたら、親父は本当にここに帰ってこないんだろうな……」


 辺境伯らと共に屋敷の敷地に足を踏み入れれば、使用人らと共に出迎えに来た気品ある女性が。

 辺境伯とルイスが馬を使用人に預ければ、その女性へ歩み寄る。


「おお、愛しの我が妻よ!」


 辺境伯は大きく手を広げ、女性──辺境伯夫人を抱きしめる。

 見た目に分かりやすく、頬にキスなどをして。


「ええはいはいはい、わかっていますよ。まったくわざとらしい……貴方にやって貰わなければならない仕事が山程あるんです、おべっかで逃げようなんていきませんからね」


「おやこれは……参ったな」


「本当にこの親子は……ルイス! ぐうたらな弟の代わりにそのケンタウロスさんを案内なさい」


「はい、母さん。……やけに静かだな、ローリー」


 と、ルイスが疑問に思って振り返る。

 馬から降りればローリーは見上げる大きさだが、今はそれが霞むような緊張した様子。

 ルイスも思わず呆れるが、ローリーは図太くはあるが環境が変わると緊張する質だった。


「き、緊張しているのであります……」


「そんだけガチガチなら見りゃ分かる」


「よ、よろしくお願いしますですあります。お世話になります……」


「気持ちだけは伝わるな。そら行くぞ」


 そうしてローリーは厩舎……そこに増設された部屋へ案内された。

 屋根があり壁がある。

 それだけで野営地より遥かにマシだ。

 にも関わらず、幾らか調度品もあるなら快適に足を踏み入れる。

 テーブル、ローリーには使えないが椅子、チェスト。

 ローリーの体格に合わせた部屋である為、そこらの安宿よりも遥かに広くしっかりとした部屋だった。

 

「お前が来るって話から新しく作った、お前の為の部屋。どうだ? 自分の部屋を持った気分は」


「おぉ……不思議な感じがするのであります! 自分の兜と鎧を置いてもいいのでありますよね!」


「ああ置け、変なもんじゃなきゃ置いていい。掃除は自分で出来るよな。罰で色々と掃除させたし」


 ローリーは自分の為に作られた、自分だけの部屋に喜色満面。

 軽く飛び跳ね、全身で喜びを表現するのでルイスは戦々恐々だが。


「うわっ、この干し草のベッド! フカフカでありますね!」


「それも自分でなんとか出来るか? 飯はエンバクだよな、袋ごと置いておくか」


「おお、おお! なんか凄いのであります!」


「何が凄いんだか。よし、お互い旅疲れしてるんだ、ゆっくり休むか」


「はい、はい! うわぁ、凄いなぁ」


 ルイスが部屋を出て、厩舎を離れてもなおローリーの喜ぶ声はよく聞こえた。

 流石に夜まで騒ぎはしないが、それでもローリーは部屋を無駄に歩き回っては嘆息を漏らす。


「凄いなぁ……ここが、自分の新しい──」


 家と呼ぶべきか、なんと呼ぶべきか。ローリーには分からなかった。

 家と呼ぶのは図々しくはないか、寝床と呼ぶにはこれだけの事をしてくれたのに薄情だ。

 悩んだものの思い付かずに、喉元まで来ていた未整理の言葉をただ吐き出した。


「うん。ここで寝て、起きて、ご飯を食べる。明日から……いつかまで」


 ローリーに未来の事は分からない。

 身を立てるも、戦場で死ぬも、何もかもが見通せない自分の立場を理解しているからだ。

 ただひとつだけ、明日から暫くは穏やかに過ごせるだろう事。

 それだけは分かっていたので、その日は干し草のベッドに横になり、毛布を被ってすぐに眠った。

 眠りはしたものの……緊張からか眠りが浅く、日の出前に目が醒めた。

 慣れない環境、落ち着かず、身体は深く眠る事を拒否して薄っすらと纏わりつく眠気の中で、ローリーは再度の睡眠に入れず苦悩する。

 ただ目を閉じて、いつか眠れるだろうと強く目を閉じて、不意に浮かんだ考えが脳裏を回りだす。

 

「……ぐすっ」


 眠れない。

 考える事、悩む事が無い環境で、ローリーは不要に考えを巡らせた。

 過去を振り返り、そして帰る場所が何処とも定まらない中でホームシックになってしまったのだ。

 思い出すのは、公爵家に居た時の事。

 このように厩舎の中にひと部屋があり、ローリーやその記憶にはない彼女の母親も住んでいた。

 そして時折訪ねて来た人の事。


「ラシェル様……」


 戦場ではコンスタンスが居た。

 ここにも関わりのあるルイスや辺境伯は居るが、やはり関係の深さでコンスタンスには劣る。

 そんな新たな環境での、ひとりの時間。

 心細さが急に大きくなり、静かに啜り泣く。

 シクシクと、静かな夜の風に微かな音が乗る。

 あとの音は同じ厩舎の馬がたまに立てる音程度。

 ローリーは毛布の中で静かに泣いていると……不意にギイ、と軋む音がした。


「……誰?」


 毛布の中で小さく呟く。

 音の方向は部屋の出入り口、軋む音は扉の開閉音。

 誰かが、部屋に入って来た。

 その事実に気付き、ローリーは寂しさを恐怖に変える。


(なになになになに……!? 自分、よくない事しちゃった!?)


 内心の慌ただしさに対して、身体は強張って尻尾すら丸まって動かず。

 軋む音の次はゆっくりと、静かに近寄る足音。

 こうなればもう、毛布を被ったままではいられない。

 ローリーは意を決し、声を上げながら毛布を剥いで立ち上がった。


「うわああ! 誰でありますか!?」


「うおおお!? なんだよ!?」


 ローリーの目の前には侵入者。

 意外にも侵入者すら驚きの表情のまま固まって、互いに睨み合うと言うには間抜けな体勢のまま固まった。

 可能な限り身体を大きく見せて威嚇しようとしたローリーの目の前には、柔らかな茶髪の少年。

 驚き、明らかに及び腰。

 口は半開きで、そこから絞り出すように声が出た。


「うおぉ……かなりビビった……」


「えー……どちら様でありますか?」


「ヒューゴ……僕の名前だ。そっちはローリー、だろ?」


 互いの出方を窺って、探り探りの会話の一往復。

 だがローリーはひとつ、この侵入者の正体に思い至って少し緊張が解けた。


「自分も分かりましたよ。ルイス様の言っていた、剣よりも口が上手い弟さんでありますね」


「それはまさしく僕の事。よろしく」


 ヒューゴは兄と比べると戦士の励ましさや逞しさが無い、父と比べれば威厳が無い。

 その代わりに何があるかといえば、親しみやすさがあった。

 相手に敵意は無いと納得させるような、そんな振る舞いが上手いのだ。

 ローリーとの鉢合わせは想定外だったようで、振る舞いは慎重。


「ヒューゴ様は何故こんな時間に厩舎に?」


「馬の一頭でも借りようかと思ってね。そしたら女の啜り泣く声が聞こえたから、そりゃもうビビって。よく考えると君が来てるって分かるんだけど、夜に聞く啜り泣く声が1番怖いからさ」


「自分、泣いてないのでありますが!」


「目を赤くして何言ってんだか。僕は行くから、好きに泣いてな」


「だから泣いてないのでありますが!?」


 ヒューゴは「はいはい」とローリーの抗議を受け流しながら部屋を出ようとして……立ち止まる。

 そうして少し考えると、振り返ってこう言った。


「君、暇かい? 暇なら手伝って欲しい事があるんだけど」


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