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公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜  作者: 相竹 空区
第2の乗り手、公爵令息ケイレブ

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第2の乗り手、公爵令息ケイレブ①


 ローリーが初めての戦争に参加している時期……ラシェルの姿は王国の心臓、王都にあった。

 そこで開かれる社交の場、ある種の戦場に参加する為だった。

 ラシェルにとっての戦装束はドレス。

 汚れひとつない華やかなドレス、煌びやかな装飾品、黒い髪はよく手入れされ滑らかだ。


「こうして豪勢なパーティをしている間にも、命を落としている人が居るというのに……」


 とはいえ、その華美な様にラシェルは不快感を抱いていた。

 扇子で苛立つ口元を隠し、周囲の華々しく飾り立てた人々へ軽蔑の視線を送る。

 しかしそんなラシェルを諌めるのは、背後に控えた老騎士アドレイだった。


「以前のラシェル様ならば、想像も出来ない事でしたな」


「……それは、そうですけど」


「あの方々は高貴であり、想像がつかないのです。血と泥に塗れて命を落とす者が、今も何処かに存在している事に」


 分かっていた。

 ラシェル自身もその軽蔑の対象である事に。

 まさしくラシェルも、その戦場の存在に意識を向けた事など最近の事なのだから、これは明らかに自己嫌悪だ。

 とはいえそれを飲み込める程ラシェルは大人でもない、言葉は少し刺々しくなる。


「アドレイ、着いて来ずとも問題ないと」


「奥様のご指示ですので。あの日(・・・)より皆様の安全に細心の注意を払っておられますから」


「私より、ローリーにその気配りが欲しいのですけど」


「奥様に安心を感じさせる事も、責務と言えるでしょうな。ローリーは上手くやるでしょう、あとは己で切り拓く番。ラシェル様も、ご自身のやるべき事に集中なさる時間でございますよ」


 そう言ったアドレイの視線の先には、1人の少年。

 ラシェルと同じ黒い髪に緑の瞳。

 とはいえその瞳は顔を伏せているので、周囲からはよく見えなかったが。


「ケイレブ兄様! 久しぶ──」


「……ああ、ラシェル」


 ラシェルと同じ、黒髪に緑の瞳。

 兄妹であるから顔立ちも似ている。

 にも関わらず、その印象は大きく乖離したもの。

 ラシェルは記憶の中のケイレブとの乖離に戸惑いながら兄を出迎える。

 距離が近くなるにつれ、ラシェルの戸惑いは大きくなり……ケイレブの顔に傷を見つけた時は、声にならない声が出た。


「ケイレブ兄様? どういたしましたの、そのお顔は……」


「顔? 気にするな、少し擦りむいた程度だろ」


「擦りむいたって……手も怪我しているわ!」


「鬱陶しいな、なんでもないんだよ」


 気怠げに、ケイレブは心配するラシェルの手を重々しく払う。

 ラシェルの記憶の中のケイレブは、活発でワガママな少年。

 それがどうか。今のケイレブはかつての刺々しい部分を感じはするものの、それ以外の柔らかな人間性が感じられない。


「学園は、どう? 1年会っていない間にこんな……大丈夫なの……?」


「問題ないって言ってんだろしつこいな……!」


 少し、空気が張り詰める。

 以前のケイレブの癇癪ならば、そうはならない。

 ただ今は、護衛のアドレイが咄嗟にラシェルの前に出るような、仄暗い気配を漂わせた声色。

 華やかな社交界には似つかわしくない、暴力の気配だった。


「ケイレブ様、奥様より手紙への返信が欲しいと、言伝を預かっております」


「必要ないだろ。どうせ学園の中にも監視が居るんだから」


「公爵家の人脈は広い故、自ずと情報が集まってしまうのです。奥様は監視をしようとしている訳では……」


「母様はいつもそうだ……! 先回りして、全部を支配下に置こうとする……!」


 ケイレブの苛立ちが高まる。

 元より癇癪の気がある少年ではあった。が、それが暴力を身に付ければ危険度は跳ね上がる。

 気が立った獣を前にしたような緊張が走り……場違いな声が響く。


「おぉ! これはこれは、我が愛しの婚約者殿ではないか!」


 そもそも社交の場、ある程度のマナーが求められる。

 にも関わらず、ある程度自由な振る舞いが許容されるのは……誰にも咎められない人だから。

 自分こそがこの世の中心であると、そう信じて疑わない振る舞いの金髪の少年がラシェルに近付く。


「セシル殿下、ご機嫌よう」


「せっかくのパーティだというのに、どうしてそのような隅に居るのかな? 婚約者として僕の側にいて欲しいのだが」


「兄を迎えていまして」


「おお、成る程。そちらの御仁が……ケイレブ殿」


「どうも」


 セシル──第二王子セシル、ラシェルの婚約者である彼はケイレブを明らかに値踏みする視線でつま先から頭のてっぺんまで、舐め回すように見る。

 無遠慮で、下品。

 質の良い服や装飾品を身に纏っても、その権力以外の何物も見出せない振る舞い。

 逆に底が見えないような、虚飾の人。

 それがセシルだった。

 だが、そうであるからこそ、同類をよく嗅ぎ分ける。


「いやはや、噂には聞いているとも。学園は我が叔父が運営しているのでね、数多の決闘で名を上げるケイレブ殿の事はもちろん存じているとも!」


「決闘? 兄様なんでそんな──」


 ケイレブは答えなかった。

 ラシェルの顔を見もせずに、代わりに視線を鋭く……それをそうと認識出来る者が居れば、闘志を放っていたのだ。

 それが分かるのはアドレイのみであったので、ラシェルを一歩下がらせる。


「殿下、頼みがあります。来年の戦争の季節、殿下は初陣を飾られるとか」


「ああ、学園への入学前にな。王子たるオレとて一端の男として戦場を知らねばなるまい」


「このケイレブ、実のところ初陣がまだでして」


「その年齢でか? 噂は本当だったのか! 初陣はまだ、熊に驚き妹を見捨て──」


 王子は思わず口をつぐんだ。

 別にそれは、言ってはいけない事を言ってしまっただとか良心の呵責などではない。

 ただ単純に、目の前の昏い男が仄かに殺気立ったから。

 それはごく単純な、本能から来る恐怖による硬直だった。

 戦いの経験も、暴力への理解も必要ない。

 ただ単純な、生命の危険への反応だ。


「は、はは……う、噂に聞いているとも。決闘で一度負ければ、同じ相手に再び戦いを挑んでは徹底的に叩きのめすとか……頼もしいな、はは」


◆◆◆

 

 ケイレブのこのような企みは、当然ながらその両親の耳にも入る。

 息子の初陣とは、重要な事柄である為。

 貴族として、為政者として、戦争を知る事は重要ではあるが……ケイレブに関しては、それ以前の人の親としての情の方が重要だった。


 公爵家、公爵の私室にて夫人の強い声が響く。


「止めてください」


 いつも通り気怠げで厭世的な公爵へ、そう告げた。

 公爵は椅子に深く腰掛けたまま、一瞥もせずに返す言葉は素っ気ないもの。


「アレは俺の子だ。問題は無いだろう」


「貴方の問題無いが信じられるとでも!? 狩場の管理も問題無いと言っていたのに、ケイレブとラシェルは危険な目に遭った!」


「くどい……本当に止める気があるのなら、ケイレブが頼ったお前の実家をなんとでもすればいい。それをしないのは何故だ」


「何故とは……! 危険な目に遭わせたくはない親心も、子供が選んだ道を断とうとする心苦しさも、貴方には分からないのですか!? ケイレブは他の誰でもなく、父親である貴方に認められたいと思って!」


 それは口論にすらなっていない。

 公爵は会話をする気がなく、夫人は誰にも吐露する事の叶わない息子への想い、悩みをようやく吐き出せた。

 夫婦として見れば機能不全もいいところだが、互いに利がある……あるいは、互いの意思だけでは人生を別にする事が出来ない関係。

 となればやはり、公爵の返答は素っ気ない。


「認めている」


「認めているなら、それを態度に出して欲しいと言っているんです! 愛していると、一度でも言った事がありますか!?」


「言って止まるのか?」


「それはあの子を止める選択肢ですらなく、口にして当然の言葉です!」


 声を荒げた夫人を軽く見やり、公爵はため息を吐く。

 この世の全てが疎ましいような、そんな深く重々しいものを。


「戦いは……好かん。ケイレブも実際に戦場を見れば理解するだろう」


「理解をするより先に、命を落とすかもしれない……」


「そうしない為の備えではないのか」


 公爵の神経を逆撫でするような言葉に、悲嘆に暮れた夫人は腹が据わった。

 少しばかりの涙を湛えていた瞳は力強く公爵を睨み、毅然と要求を突き付ける。


「公爵家の者を護衛につけます……!」


「当然だ。アレらはその為に居る」


「鎧や剣は最高の物を用意させます」


「幾ら優れた鎧でも、死ぬ時は死ぬ。その分は護衛への心付けに充てた方が良いだろう」


「あとは……貴方の名で、辺境伯に手紙を書いてください」


「それは……駄目だ。俺は既に戦場から離れた。あの場所で行われる判断の一切に関わりたくはない」


 夫人は己の内で渦巻く幾つもの罵詈雑言を呑み下し、貴婦人に相応しい鉄面皮をなんとか維持する。

 口の端は怒りで歪み、手を強く握り締めてはいるが。


「分かりました。では最後に、私が──」


「それはならん」


「何故ですか!?」


「俺は王都へ行く。2年か……その程度だ。苦心して得た人脈だ、繋ぎ止めねばならん。その間、この屋敷は任せた」


「何故それをもっと早くに言わずに……!」


「お前が居る。ルーファスが居る。これで問題は無い」


「──ッッ!」


 夫人は声にならない声を発し、口を奇怪に動かして腕は当て所なく宙を彷徨う。

 やがてそれら突発的な怒りを呑み込んで、持続的な熱に当てられた夫人は荒々しく部屋を出る。

 足は床を強く打ち付け、扉は叩き付けるように閉じて。

 

「何故、何故……疑問には答えている。何故、俺を信じない。何故、俺から離れる?」


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