第29話
「覇ッ!!」
先手はもちろん狛井だ。
長柄武器の利点を生かし、遠間から一歩的な連突きを仕掛けたのだった。
空気を劈く剛槍。
能力を全力で行使した狛井の槍は、音の壁を突き破り、その速さは人の目で追う事すら困難だ。
困難であるはずなのに、目の前の手弱女の如き少女は、浮かべた笑みを絶やさずに半身になって一手をやり過ごすと、流麗な足さばきでもって苦も無く躱していくではないか!
上半身は全く動かず、あくまで腰以下の動きだけで直立した姿勢のまま躱す姿は、どこか大和撫子然とした美しさすらも感じられた。
見るからに余裕のある様に、観戦している第1部隊からも感嘆の声が上がった。
「凄まじい技でござるな!」
「狛井も技術だけなら、うちの部隊でもトップクラスなんだけどね……」
「……御影流闘術」
「えっ?」
「あれは御影流闘術の歩術だ。境子は御影に居た時は自分の能力が制御できなかったから、御影の技を中心に仕込まれたんだ。仕込まれたんだけど、まさかここまでのレベルだったとは……」
聖也が驚嘆するのも無理もない。
兄の目からみても、本家の御影流の他の使い手達と比較しても実妹の技は際立っていたからだ。
逆に狛井の方が段々と焦りが見え始めた。
狛井の現能力者ランキングは5位。
第1部隊では最下位であり、かつ他の希少な能力使いとは異なる一般的で、有り触れた能力である肉体強化。
第2階梯に至る気配もなく、できるのはただ己が肉体を強化する事のみ。
他者に遅れをとらぬよう必死に技術を磨いてきた。
毎日の研鑽だとて欠かしていない!
だというのに通じない! 通じないのだ!!
たった1月前までは、落ち零れだと、一族の恥だと兄にすら罵倒された少女に、血反吐を吐いて会得した技術が掠りもしないのだ!!
「おおおっ!!」
突きが通じないと見るや、敢えて距離をつめ高速の横薙ぎを仕掛けた。
それすらも少女は狛井以上の速度ともって後退し、優美に避けてみせる。
だが狛井としても避けられる事はわかっていた。
薙ぎを上方に無理やり起動を変化させながら踏み込み、境子の斜め横、ちょうど死角になる位置から、頭目掛けて弧を描きながら槍を繰り出したのだ!
そのまま笑みを浮かべた少女の顔を貫いた、かに見えた!!
「!?」
一体攻撃していたのはどちらなのか、槍から伝わるであろう感触もなくただ残像を通過したあるかなきかの動揺、その極僅かな刻の間に少女は狛井との距離を無にしたのだ。
そして、掌で胸を叩いた様に見えた。
握れば折れそうな細腕。
だが見た目に反して、その破壊力は甚大だった。
何mもふっ飛ばされ、直ぐに立ち上がる気力もでないほど蹲って痙攣しているではないか!
「伏虎凍勢、それも僕の目で追えない程の、か……」
聖也の口から漏れ出た言葉が虚しく響いた。
伏虎とは急激に前に倒れこみつつ前に踏み込み、距離を詰める技だ。特に敵の攻撃を避け様にやると、相手がこちらの姿を見失い易く、遠間から距離を詰める際によく用いられる技である。
凍勢とは端的にいって掌打の事であるが、伏虎の勢いを殺さずに相手に打ち込むには大変な修練が必要な技だ。
きちんと修得し、かつ打つ込むべき場所も心得れば、女でも男を倒す事ができる優れた技でもある。
境子の今し方為した事は、御影流闘術の中でも基礎的な部類の事であるが、聖也から見てさえ妹の技術は優れていた。
そう、自分以上にだ!
もう落ち零れと蔑まれ、下を向いてばかりの陰気な妹はどこにもいない。
いるのは、自信に溢れ快活そうに笑う美しい少女。
それも格段に強くなり、いつの間にか兄である自分さえも軽々と超えた何か得体の知れぬ少女だ。
知らず、聖也は顔を青くしながら自分の胸を抑えていた。
「……ギブアップしますか?」
「げほっ! まっ、まだだ!! このまま能力すら使わせずに負けるわけにはいかないっ!!」
「そう、ですか……」
そう言って無理やり気力で立ち上がったものの、狛井の身体は既に限界だった。
宣言したものの、もって後一撃加えられるかどうかだ。
本来ならこの時点で勝負ありなのだが、相手側は待ってくれている。
先程の審判の言葉ではないが、こちらに悔いが残らない様に情けを掛けてくれるつもりなのだろうか?
そうなのかはわからないが、いずれにしても待ってもらったおかげで最後に一勝負できる。
その事には感謝の言葉しかない。
「待たせてすまない。おかげで、どうにか一勝負できそうだ。これが、俺の、最後の一撃だっ!!」
「……全力でお願いします」
「応ともっ! これが俺の全力! 紫電だっ!!」
気合の声と共に繰り出した狛井の槍が霞む!
全身全霊、足先から腰肩と肉体を総動員し、高速回転させながら超音速の突きだ!
打てば隙ができる程に文字通り全力を尽くした攻撃であり、強靭で驚異的な生命力を誇るMCを屠るために編み出した狛井の奥の手である。
数々の化物共を打倒してきた自慢の奥義であったが、今回は敵が悪かった。
相手は何せ、狛井の力も速ささえも遥かに凌駕する者達と特訓を積み重ね、凶悪な化物達との実戦を恋の、愛の一念を持って乗り越えてきた超人なのだから!
「えっ!?」
狛井は突きを放った瞬間に痛みを覚え気を失った。
彼にとっては、ここで意識を手放したのはある種、幸運だったのかもしれない。
この後も起きていたならば自分の技が躱されるだけでなく、技の特性を見破られ逆に利用され完膚なきまでに叩きのめされる自分の姿を目にせずにすんだのだから!
「何だあれは!?」
「おいおい、嘘だろっ!?」
狛井が攻撃したと思ったら、刹那の内に返され破れていた。
第1部隊が驚愕の声を発するのは無理もなかった。
だが、どうやって倒されたのかさえ定かではない。
「どうやったのでござろうか?」
「わからない! 見えたのは、境子が避け様に槍に一瞬手をやって離した所だけだ!」
悔しそうに聖也は歯を強く噛んだが、どう考えても答えに辿り着けなかった。
それも仕方がないだろう。
境子が武術に己が能力である重力を組み込み、技を仕掛けた最中にピンポイント、かつ大量の場所に連動させたなどとは夢にも思わないのだから。
答えはこうだ。
境子は避けると同時に槍を一瞬だけ掴むと、槍の回転を加速させてやったのだ。
もちろんそれだけではない。
槍と肉体、取り分け槍を回転させる様に、腕自体も回転せたき利き腕に対し、重力が回転を補助する部分の力を何倍にも増加させ、逆に重力が回転の邪魔をする部分は逆に弱めてやったのだ。
元からの高速回転に加え、超人である境子の力、更には重力による回転の促進が加わり、槍だけでなく支えていた狛井自身も回転させられた、というわけだ。
そして地に激突する瞬間、駄目押しの超重力のおまけ付きだ。
回転中に意識を手放した狛井は、本当に幸せだった。
でなければ無理やりに回転させられて折れた腕と、地に叩き付けられた凶悪な衝撃によって絶え間ない激痛を覚える羽目になったのだから……。
「そこまで! 勝者御影境子!! 先鋒戦は第23部隊の勝利だ!」
完璧なる勝利を手にした境子であったが、笑顔のままであえて喜ぶ姿は見せなかった。
ハンデ戦とはいえ猛に指名されての勝負だ。
少女にとっては勝利は必ず得るものであったし、応援の声すら掛けず信じて見守ってくれた仲間達に応えるのは当然の事だったからだ。
ただ愛しい猛のもとに帰り、労いの言葉を掛けてもらいあの心地良い温もりに触れ合う事を考えていた……。
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