第30話
「境子、やったね!」
「ええ、ありがとう、美華ちゃん」
「よくやった」
「猛さん、ありがとうございます」
猛の大きな手に頭を撫でられ、境子はうっとりと目を細めた。
それを美華はちょっと羨ましそうに眺めたが、直ぐに次は自分の番とほほを叩き気合を入れ直した。
「美華、次はお前だ。わかってるな?」
「ハンデのこと? もっちろん、わかってるわ! ちゃっちゃと片づけてくるから、ご褒美ちょーだいね?」
「褒美をねだるのは勝ってからだ。ハンデ戦とはいえ、これは相手の教育も兼ねてる、らしい。圧倒してこい」
「美華ちゃん、頑張って!」
「はいはい、任せといて~♪♪」
お気楽な調子で軽く手を振りながら、美華は一人審判の待つ中央に歩いていった。
第1部隊も次鋒の選手が登場だ。
眼鏡を掛けた優男、第1部隊の名参謀、佐伯朱鷺だ。
そんな相手に、美華は何の臆面も無く話し掛けた。
「あんたの最大MPはいくつ?」
「……ああ、最大MPは40000さ。君のハンデも僕達とMPを合わせることかい?」
「それだけじゃないわ。私が使える技はこの火球だけ。それ以外の技を使ったら、負けでいいわよ」
「それは、ずいぶんなハンデだね……。それで僕に勝てるの思ってるのかい?」
「勝てるも何も楽勝でしょ。猛~、こんなくらい?」
「もっと下げろ! もっとだ。そうそう、そのぐらいだ」
朱鷺の言葉など眼中に無く、美華は好き勝手に話を進め、猛に見てもらいながら火球の威力を調整し出した。
朱鷺自身は今までこれほどあからさまに無視された事は無かった。
先程の試合や狛井の無残な姿は頭によぎってはいたが、勝手に頭に血が昇って仕方ない。
参謀の役割としては失格だが、このKY女に己の実力を認めさせずにはいられなかった。
「……どうやら、実力でわからせるしかないようだね……」
「? 何をわからせるつもりなのか知らないけど、ちゃっちゃと始めようよ! 早くダーリンの所に戻らなくっちゃいけないんだから!」
「くっ! 審判っ!!」
「うっ、うむ! それでは互いに悔いを残さぬように! はじめっ!!」
「覚悟しろっ! 雪華……、うおっ!?」
先手を取ったのは意外にも美華だった。
氷系能力者である朱鷺が吹雪を発生させるよりも早く、美華がソフトボール大の火球を飛ばしたのである。
そして息つく間もなく追撃だ。
火球の破裂とほぼ同時に美華は新たな火球を出現させると、高速で佐伯に向けて出現させたのである。
「氷盾!! っち、もたないか! なんとか態勢をたて直さないと!? ちょっ、待つっ!?」
美華のMPは佐伯の最大MPまで抑えられており、本来なら避けるのもさして難しくない小さな火球である。
しかし制限といってもその程度であり、火球が炸裂してから瞬時に佐伯にとっての最大火力の攻撃を準備できるし、攻撃速度についても制限を設けられているわけではなかった。
先手を取れれば、あるいは美華の攻撃を避けた隙をついて反撃できればまだ挽回できる余地はあったかもしれないが、後衛でありかつLVも低い、まだ人並の身体能力しか有していない佐伯にとっては、土台無理な注文であった。
必然的に己が能力で防御する事になったが、防御するといっても佐伯の全力に値する攻撃であり、高速かつ隙の無い連続攻撃が可能なのだ。
拮抗が崩れれば、天秤が傾くのは一瞬だ。
「うああああああぁぁぁぁぁっ!?」
無慈悲で容赦のない連続攻撃により、攻撃の終わった後には倒れ伏したこんがり焼けた青年の、無残な姿が残されていた。
あまりにも早く、いっそ滑稽なまでの勝負であった。
「そっ、それまで!! ただ今の試合、燎原美華の勝ちとするっ!!」
「イッエ~イ!! ダーリン、見てた~??」
盛大に勝利のポーズを決める美華に反し、頭痛を抑える様に第23部隊の面々は頭を抱えていた。
「……これは、ひどい、でござるな……」
「なんつー試合だよ……」
「彼等の方がこちらより遥かに上だとはわかっていた積もりだったけど、改めて見せつけられると嫌になるよ」
「ハンデもらってこれでござるか……」
そんな第1部隊とは対照的に、美華は猛に飛びつくと胸に頬ずりし余ってまくっていた。
もはや完全な色ボケであった。
「ダーリン~、言われた通りに圧倒したよ~! ねっ、褒めて褒めて!」
「美華ちゃん……。うっ、うん、頑張ったというか、さっさと終わらせたね」
「試合は試合だ。課したハンデに違反していないし、空気を読めない所は相変わらずだが、まあ、よくやった方じゃないか」
「えへへ~」
わしゃわしゃと猛に頭を撫でられて、美華は喜色満面である。
もし猫だったなら、盛大に喉を鳴らしまくっている事だろう。
また猛にしても、本心から美華の事を褒めていた。
猛自身はどんな闘いも有りだと思っていたからだ。
実力伯仲の手に汗握る勝負。
圧倒的なまでの力で弱者を踏みつぶし虐殺劇。
はたまた力足りず、無情にも敵に屠られるのもまた残酷なまでの現実、真剣勝負ならではの醍醐味だろう。
あるいは、この団体戦の様にある程度接戦を演じるために片方にハンデを課すのもまた面白い。
勝ちだけでなく、負けるのもまた良いものなのだ。
負けて悔しいからこそ見返してやろうと、次こそはと訓練に身が入るのだ。
そんな事をつらつらと考えていると、和吾が隣に立っていた。
その姿は発奮するでもなく緊張しているのでもなくただ自然体で、彫像が佇んでいるようであった。
美華や境子と比べても格段の実力者であり、猛とも幼き頃からの付き合いである。
くぐった修羅場が違うといえばそれまでだが、この程度の試合で居竦む程の未熟者ではないのだ。
泰然自若とした佇まいから、その自信のほどが窺えた。
下手な激励の言葉自体掛けるのは失礼というものだ。
「猛」
「好きにやってこい。ああ、男だったとしてもやり過ぎるなよ?」
「はははっ、それは相手次第だな。じゃっ、いってくる」
確かな足取り共に踏み出した和吾に相対するように、相手側からも誰かが飛び出してきた。
眼光鋭いどこか獣の如き野生を感じずにはいられない、長身痩躯の青年だ。
「俺の相手はあんたか! 知っているぞ、あんたこそが本当の強者、能力者ランキングの真のベスト3のどれかなんだろ?」
「能力や戦闘力を考慮すると、3位が俺かな? 厚一は希少能力者だし、殺傷能力が高いからね」
「あんたが3位ね。俺は偽りの3位、真咬大牙だ。あんた達には言いたい事が山ほどあるが、所詮弱者の戯言だからな……。戦いの中で語るとしようやっ!!」
「へぇ……、良い漢じゃないか。好みのタイプだ」
「へっ! あんた程の男に言われるのなら光栄だぜ!」
満更でもない顔の真咬に対し、やや相好を崩し爽やかに笑う和吾。
表面的には戦い前の健やかな掛け合いに見えなくも無い。
真咬側からしたらその意図通りなのだが、和吾からしたら違う。
性的的に、中々好みのタイプだと言ってるのだ。
もっともマイノリティな性癖な持ち主であるが、彼は紳士でもあった。
試合に手心を加える心算は一切ないし、戦いに乗じてこれ幸いと肉体的接触を図る予定も無い。
闘いとは和吾にとって純粋なものであり、決して己が情欲をぶちまける場ではないのだ。
「真咬、君の最大MPは?」
「60000だ」
「Bランクの中級程度の戦闘力、か。少しは鍛えているようだね」
「へっ、あんた相手じゃどうてい足りないだろうが、こんななりでも旧家の嫡子だ。それなりの事はやってきたつもりだぜ! まっ、それでもハンデを貰わなくちゃ相手にもならんのだから、威張れるもんじゃないがな」
「素直に受け入れられるだけでもすごいさ。旧家の出にしても頭が柔軟のようだね。そこは評価ポイントだ。後は、実戦かな?」
「さっきから疼いて仕方ないんだ! 受け止めてくれ、俺の全力を!!」
「はははっ、任せてくれ!」
辛抱堪らんと今にも飛び出そうな真咬に対し、あくまで紳士的に振舞う和吾。
審判の合図を待ちながら、今両者が激突しようとしていた。
一方、試合を観戦していた統合戦略室では指令の佐藤は試合の成り行きに冷や汗を禁じ得なかった。
もっとも他の人員はいつMCが出現しても対応できるように、戦場に設置した多数のモニターのチェックを怠っていないし、対MCに向け待機している生徒達の様子や慰撫に余念がなかった。
そんな中、お飾りの指令である佐藤だけが第1部隊の試合に固執していたのである。
「……榊君、第1部隊の団体戦なのだが、なんとかならんのかね?」
「はっ? なんとかとは、具体的にどういった意味でしょうか?」
「ほらっ、団体戦も次で中堅戦じゃないか。これまで全て第1部隊が負けているのだから、次負けるとどうなるかわかるだろう?」
「もちろん、第23部隊の勝利、ひいては学内ランキング戦の1位が第23部隊でほぼ決定になりますが、それがどうかしましたか?」
「どうかしましたか、じゃないだろう! 学園創成以来、旧家の面々によって受け継がれてきた第1部隊が負けるのだよ!? 第1部隊が学内戦で1位を取れないなんて初めの事じゃないかっ!!」
「はあっ、記録が途切れるのは残念な事ですが、純然たる試合の結果です。仕方のないことではないですか」
わかっていない! 何も解っていない!!
この女は、自分も旧家の出だというのに、危機意識というものがまるでないではないか!
佐藤は怒りで額の血管が吹き上がった。
「由々しき事態だと思わないかね! それも、今回の第1部隊は、ただの第1部隊ではないのだよ! あの一族、護国の盾たる御影の長子が率いているのだぞ!! それが破れるなんて外聞が悪いじゃないか! 私の責任となったらどうするんだ!!」
「……それでは、指令はどうされたいのですか? 審判と急遽連絡を取り八百長の指示を出しますか? それとも第23部隊に直接負けるように指示を出しますか?」
「いっ、いや、連絡するにしても、そんな責任の所在を明確にするのはよろしくないのではないかね? 相手がこちらの思いを忖度してくれればいい。そうじゃないかね?」
試合の勝敗を自分の思いどおりにしたい。
だが後々の事を考えて、証拠を残したくない。
何とも身勝手で自分本位な考えであった。
聞き耳を立てていた周囲から失笑が漏れた。
榊もこれ見よがしに溜息を付くと、駄々をこねる子供に言い聞かせるようにゆっくりと話し掛けた。
「指令。まず我々統合戦略室はMCとの戦いに関しては、最上位に近い権限を有していますが、それ以外の戦守学園関わる事にたいしては何ら権限を有していません。つまり、学内ランキング戦に関与する権限は、何ら有していないのです」
「そこは榊君、旧家の伝手を頼ってだね」
「学園内の運営に関しては、ほとんど旧家の者は関わっていませんよ。むしろ学園長は指令と同様、内閣府に指名され赴任しているのですから、指令の方からお電話を掛けてみればいかがですか?」
「いっ、いや、彼女は融通がきかなくてね……。そっ、それ以外に方法はないのかね?」
「それ以外と申しましても、学園の運営側に連絡するしかないのですから、学園長が無理ですと、それ以外の教職員の誰かとコンタクトするしかありません。そうしますと理由も聞かれるでしょうし、録音も取られますがよろしいのですか?」
「ろぅ、録音!? まっ、まずい! それはまずいよ!!」
戦守学園だけでなく、ここ統合戦略室も外部と連絡を取る場合は報告の義務があり、全て政府に提出される義務を負っているのだ。
何せここは、対MCに対する最前線なのだ。
誰かの思惑が介在され、運営に支障をきたしてもしたら目も当てられない。
そんな事はここに勤務する者なら誰でも知っている当然なのだが、左遷され自分の意思で赴任していない者は、知識も覚悟も何もかもが足りていない。
「どうなさいます? 連絡を取ったとしても受け入れられるとは思えませんし、録音され政府に報告されれば、指令の御立場がよろしくない事になりかねませんが?」
「……本当に、それしか方法がないのかね?」
「ええ、ありません。我々は学内戦には何ら権限を行使できませんので、運営側と交渉するしかありません」
「……そうか。……先程の発言は取り消すよ」
「ご理解頂けたようで、ありがとうございます」
「……」
なにも思い通りにならない。
安堵する副指令の傍ら嘲笑の的となった佐藤は、己が胸の内に止めどなく噴き上がる負の情念に捕らわれるのだった……。
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