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第23話

「はあっ!? 俺と婚約だってっ!?」


 翌朝、動きやすいタンクトップに身を包み、さあ特訓だと腕を回していた猛だが、クリスティナの突拍子もない申し出に面食らい、顔中に疑問符を浮かべて聞き返してきた。

 そんな猛の姿を愛おしそうに目を細めながら、極丁寧に訂正の言葉を発した。


「違いますわ。あくまで仮婚約です。丁稚2人がこの特訓期間中に私の課した条件をクリアできたならば、褒美としてご主人様と仮婚約させてほしいのです」

「おいおい、いきなりだな」

「ぶふっ、こんなゴリラと婚約なんて、どんな罰ゲームだよっ!」

「はっは~、厚一~。誰がゴリラだって?」

「おわっ、ギブっ! ギブアップ!!」


 大笑いした厚一の背後を瞬時にとると、猛は青筋を浮かべヘッドロックをかけた。

 もちろん大幅に手加減しているが、厚一相手だからと一般人では瞬く間に気絶する力が加えられている。

 

「ご主人様、話が進まないので、申し訳ないのですがお戯れは後にしてください」

「あっ、ああ、わるいな」

「あ~、頭蓋骨の形が変わりそう。この馬鹿力っ!」

「はははっ、まだ足りないのかな?」

「下僕2号!! 茶々入れない! ご主人様も!」

「ちっ」

「すまんすまん」


 相変わらず息する様に毒を吐く厚一であったが、顔そのものは猛と一緒で少し微笑んでいる様に見える。

 これが幼少時から続くコミュニケーションの形であり、2人の間での他愛無いやり取りだという事だ。

 そんな2人を傍らで微笑ましそうに見つめるのは和吾であった。

 男の友情である。

 

 もっとも、置いてきぼりの女子はたまったものじゃない。

 特に仮婚約だと昨日から悩みに悩んで、碌に眠れず化粧でも隠せぬ隈ができた美華の目は、危険なほどに座っていた。

 ずずぃと猛の前に躍り出ると盛大に自己主張をはじめる。


「そんなドチビは放っておいて、まずあたしを誉めなさいよっ! この1週間、頑張ってきたでしょ!!」

「……、まあそうだな。よくこの厚一の扱きに耐え抜いた。それだけでも誉めるに値するな」

「そうでしょっ、そうでしょっ!」

「ちっ、ア〇ズ〇が調子に乗りやがって……」

「うっさいな! ドチビは黙ってなさい!!」

「はあ。しょうがない。美華、こっちにこい!」

「えっ!?」

「よく頑張ったな、えらいぞ」

「えへっ、えへへへへへっ」


 猛から誉められ、大きな手で優しく頭を撫で付けられると、忽ち美華の相好は崩れた。

 喉を鳴らし甘える、ふにゃふにゃに溶けた猫みたいな顔である。

 あまりの変わり身の早さに、周りは唖然として口が開けない。

 それは親友の境子も同じであった。

 こんな美華の姿なんて見た事ない。


「み、美華ちゃんっ!?」

「はっ!? たっ、猛の手が気持ち過ぎるのがいけないのよっ!」

「おいおい、俺のせいかよ」

「ごほんっ、それで2人の仮婚約の件ですが、ご主人様認めて頂けないでしょうか?」

「うーん、俺とか? さっきの厚一の話じゃないが、俺は正直見た目が良い方じゃないし、こんな筋肉お化けだぞ?」

「そんな事ない! 猛はむしゃぶり付きたくなる程良い漢さっ!」

「そうですわっ! ご主人様ほど素晴らしい方は他にいませんわ!!」

「和吾、クリス。そうは言うがな……」


 猛自身の客観的評価や美的センスは常識的なものであるが、周りには猛至上主義が多い。

 猛を全肯定して甘えに甘やかす、そんな危険人物達が複数いるのだ。

 そんな中、昨日あれだけ悩んだはずの美華が、攻める攻める。


「何よ! 猛は、あたしや境子が婚約相手になったら不満なのっ!」

「いや、2人とも可愛いし、まがりなりにも1週間俺達の修行に付いてきたんだ。ガッツもある。俺としてはやぶさかではない。しかし、相手はこの俺だぞ? 本当にいいのか?」

「こっちから提案してるんだから問題ないじゃない! それより撫でなさいよ! 今までの分が全然足りてないわ!」

「あっ、ああ……」

「にへへ~~」


 何とも釈然としない風の猛が言われるままに撫で付けると、美華の顔が垂れ下がる。

 それでうんうん頷き、何か本人の中で納得できるとあっけらかんと告げた。


「うんっ、決めた! あたしも猛のお嫁さんになってあげる! 泣いて感謝しなさいよ!!」

「……」

「うわ~……。チョロい、チョロすぎるわ~」

「み、美華ちゃん?」

「……しかもツンデレ、か?」

「うわ~、ないわ~。ツンデレなんて、ゲームや小説の中だけにしろよな」


 チョロい。あまりにもチョロい。

 周りがひくほどのチョロインだ。

 外見が遊んでいる風を装っているが中身はこれだ。

 男と遊んだ事は皆無で免疫もゼロ。

 ちょっと優しくされ、自分を、自分の中身を見てもらえれば一気に傾く。

 あのクリスティナでさえ、驚きを隠せない程のチョロっさっぷりを見せてくれる。

 まあ、幼い頃から戦守学園で共同生活を余儀なくされ、皆大なり小なり愛に飢えているのだ。

 恋を、愛を求めるのはある程度しょうがないのかもしれないが、それでもなお美華のチョロさはありえないレベルである。

 

「ふふ~、感謝しなさいよ! こんな美人が嫁になるんだからっ!」

「……」

「マジないわ~」

「ドチビは黙ってなさい!」

「……ごほんっ! それで、美華の方はいいとして、境子、お前はどうしたい?」

「はっ、はい! 私もクリスティナさんの出した課題をクリアできたなら、仮婚約して欲しいです!」


 皆が見ている中での話だ。

 境子は顔から火が出る様な思いだった。

 俯きたくなるが、必死の思いで顔を上げ猛の返答を待った。


「境子もか……。本当に、いいのか?」

「はいっ! わ、私は猛さんの事が好きです! だっ、大好きです! このまま一緒に、ずっと歩んでいきたいです!!」


 白昼での告白。

 思わずきゅっと目を瞑ってしまった。

 返事を待つ沈黙が痛い。

 この思いを受け止めて欲しいと願うが、猛が自分の事をどう思っているかわからない。

 どうかどうかと願うばかりが積もる。

 本人とってはとてつもない長い時間が過ぎたと感じた後、ふるえる境子の頭にいつもの大きな手が触れた。

 そしてどこまでも優しく、大切なものを扱うようにゆっくりと撫でられた。

 そっと目を開けた境子の前には、太陽の様に大きくて温かな猛の笑顔であった。


「境子、ありがとう。境子にそこまで言わせて後で悪いが、俺と婚約してくれないか?」

「はっ、はい!!」

「境子~、よかったね~!!」

「美華ちゃん。うん、うん!」


 我が事の様に喜び涙する美華と境子は抱き合い、喜びを分かち合った。

 そんな喜ぶ2人に、水を差す言葉が投げつけられる。


「ご主人様、あくまで課題をクリアしたらですよ? それに、あくまで仮婚約です」

「あ!? ああ、そうだな」

「まあ、もっとも2人が仮がとれたとしても、正妻は譲りませんし、ご主人様の第1子を身籠るのは譲りせんが」

「「!?」」

「あっ!? ああ~~!!」


 猛の後ろから豊満な肉体を押し付けながら抱き着くと、クリスティナは全員に見せ付ける様に、これ見よがしに猛の頬にキスした。

 文字通り見せ付けたのだ。

 正妻の座は自分のものだと!

 初めに猛の子を産むのは自分なのだと!!

 誰でも理解できる様に言葉に出し、行動で分かり易く示したのである。

 境子や美華が仮婚約が認められ、喜んでいた大事な時だというのにだ!!

 我知らず、境子の心に怒りの炎が灯った。 

 なるほど。

 なるほど、側室、2号以下になる事が認めるが、あくまで1番は自分だと言うわけだ。

 確かに、そう主張できるだけの実力と、猛と過ごした年月の積み重ねがある。

 降って湧いた様な境子と美華では、同じ様に主張しても一笑に付されるだけに違いない。

 だが、クリスティナなら許される。

 これこそが猛と自分のいるステージなのだと、詳らかにすると同時に挑発しているのだ。

 だがしかし見え透いた挑発だとはわかっていたが、猛を愛し愛されたい乙女の前でやられては、例え今(・)は(・)負けると解っていても挑まずにはいられない。

 境子と美華は目と目で会話し頷き合う、猛の両側に陣取り抱き着いた。


「おわっ!? どうした!?」

「猛! あたし達、必ず合格するからねっ!!」

「猛さん! 私、負けませから!!」

「あっ、ああ。待っているよ」

「ええ楽しみですね」


 猛と甘い思いを交わしつつも、クリスティナとの間で怜悧で刺す様な視線が行き交った。

 ここに、長き女の闘いが火蓋を切って落とされたのだった。






 

 それから1ヶ月……。

 2人にとって短いようで、とてつもなく濃密で、かつ煉獄の如き苛烈極まりない刻(とき)が過ぎた。

 涙を流し、胃の中のものを吐き出した回数など、数えるだけ馬鹿らしいぐらいだ。

 それだけではない。

 肉が裂け骨が顔を出し、肉体の欠損が起こる程の大怪我でさえ何度も経験した。

 回復の能力を司るクリスティナや、不忍コーポレーションの優秀な医療技術によって事なきを得たが、そんな重傷を負ってもなお乙女達は怯まなかった。

 怯む所か、更なる情熱の炎を纏うと必ず目標をクリアせんと、尚一層修行に励んだのだ。


 修行し、実戦を行い、改善点や課題を見つけ、更に修行を積む。


 言うは易し行うや難しであるが、やる気さえあれば傷や疲労でさえ立ち所に癒してしまう超越者が側にいた。 

 2人にとっては前を行く憎き恋敵であったが、その恋敵に頭を下げ力を借りてでも、猛の側にいたかった。確かな証が欲しかったのだ。


 裏カジノで超能力者達と戦い、時には召喚されたMCとも殺し合った。


 今までだったなら耐えられなかっただろう、恐ろしく過酷で凄惨な日もあった。

 だが、猛の事を想えば堪えられた。

 時には挫けそうにもなったが、猛に褒められスキンシップで癒され、やる気を取り戻した。


 乙女の一念


 精神が肉体を凌駕し、無理を押し通す。

 猛の婚約したいという思いに一意専心、一心不乱に鍛え続けたのだ!

 不可能を可能にし、己が望む未来を引き寄せる。

 幸運で恵まれた環境と、彼女達の想いが合わさり、通常の何十倍、いや何年にも及ぶ訓練と同等の成果を得た。

  

 そして、彼女は、彼女達は覚(・)醒(・)し(・)、奇跡を為した!!

 


 修行期間を終え、戦守学園での学内ランキング戦が始まる頃、猛達第23部隊は復帰を果たした。

 それと同時に境子と美華は目的を達成し、見事猛の仮婚約者の座を勝ち取るのだった。




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