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第22話

 崩壊国家、という言葉がある。


 元々の意味では、戦や政治の腐敗等で適切な公共サービスを維持できず、主権国家体制が維持できない国家を指す言葉であるが、MC出現後では意味が異なる。


 侵略者たるMCとの長き戦によって、最盛期には100億人にも達した人類が、今では20億人にも満たないのだ。

 崩壊国家とは、国家を維持する構造的人間の数が足らず、国家の主権が崩壊した国の事を指すのである。


 

 日本皇国であるが、2020年の総人口は大凡4000万人にのぼる。

 かつての隆盛から3分の1程度になってしまっている。

 6割以上、それほど多くの人々がこの未知なる敵との戦いで亡くなったのだ。

 だがしかし世界的に見れば人口減少率はが8割にも上るので、その点を鑑みれば日本は最も被害の少ない国の1つなのもまた事実であった。

 1つではあるが、これだけ夥しい被害のせいで、日本でさえ崩壊国家予備軍といえる。

 維持できないと判断され、廃棄した都市や地域は全国各地に点在しているのが現実なのだ。


 さてこれ程の人口の減少が起きている中、必要とされるのはもちろん人口の回復である。

 それも大幅な回復、つまりは多くの人々の結婚、出産による新生児の誕生が急務であった。

 そんな中、政府より施行されたのは、結婚支援や子育て支援施策だけでなく、時にはハーレム法と揶揄される多婚認定法である。

 かつては一夫一妻のみが法律婚として認められ、逆に重婚は罪に問われたが、常時戦時下の如き現状と惨憺たる人口減少の抑止策として、民法の改正および多婚認定法が制定されたのだ。

 その中でも能力者の婚姻、殊に能力者同士の婚姻は、非能力者同士からの能力者の誕生に比べて能力者の誕生率が如実に異なる事が判明して以来、能力を失う20歳以降の早期婚姻はもちろんの事、学生時代からの交際が推奨される程である。

 何せ防衛の要たる能力者の増減に影響するのだ。

 MCに唯一対向できる能力者の誕生は、国家の浮沈にすら関わる。

 それ故賛否両論あるものの、能力者の婚姻は一般人よりも手厚い支援が為されているのである。





「仮婚約……、ですか」

「ええそうよ。あなた達への褒美としては、最上のものじゃないかしら?」

「……」


 怜悧な容貌に自信に満ちた笑みを湛えるクリスティナ。

 自身の答えが絶対の正解であり、否定や反対など微塵も考えていない。

 いや、思考の隅にすら置いていないに違いない。

 戸惑い困惑する境子に対し、美華は「え~、うそ~!?」なんて大げさに言葉を発し、顔を赤らめ謎の動きをしている。

 傍から見れば、微動だにしない境子より恥じらい初々しい姿を見せる美華の方が、好感度が高くなるのは悲しい世の常。

 面白いものを見つけたと目を細めると、獲物を定めたネコ科の動物の様にクリスティナは瞬時に美華の背後を取ると抱きすくめた。


「!? ちょっ、クリスティナさん!? やっ、やめて~!!」

「ほんとあなたはバカワイイわね~。あなたもそう思わない?」

「美華ちゃんは本当に可愛いですから……。それより、本当に猛さんと仮婚約させてもらえるんですか?」

「あはははっ! やめっ、やめて~!」

「ふふっ、何か裏があると思ってるでしょう? 今回に限ってはそんなものないわよ」


 美華を弄びながらも、こちらの意図を先読みした回答を返してくる。

 だが、その言葉は簡単に信じられるものではなかった。

 相手はご主人様一筋、その他は路傍の石と公言して憚らないクリスティナなのだ。

 仮婚約とはいえ、ご主人様たる猛との関係を容易く認めるとはどうしても思えなかった。

 そんな境子の思考を見透かした様に、クリスティナが言葉を被せてくる。


「たった1週間程度だけど、あなた達は根を上げず私達が課した修行をこなしてきた。凡愚共では絶対に達成不可能なハードトレーニングをね。その事は誇ってもいいわ」

「えへっ、えへへへへっ」

「それに、あなた達の容姿や性根も悪くない。猛様の嫁候補としては、一応は合格ラインに達しているわ」

「やった~!!」


 褒められて照れ照れの美華に対し、境子は軽い衝撃を受けていた。

 あのクリスティナが褒めるとはと、軽く混乱したと言っても良いだろう。

 まあそれは置いておくとして、氷の女帝の言に嘘がないのなら猛の嫁候補として、きちんと評価してもらえている事になる。

 ただ、それにしても行き成りな感が、どうしても否めない。

 戸惑う境子に対し、相変わらず美華を弄びながらクリスティナが鋭い言葉を投げ掛けた。


「もちろん、あなた達が嫌なら断ってくれて構わないわ。どうする?」

「えっ、どっ、どうするっていわれても!? よっ、よくわかりませんっ」

「まあ丁稚2号、美華ならそうよね。じゃあ丁稚1号の境子、あなたは?」

「……」

 

 その問いに直ぐには答えられなかった。

 猛と婚約したいか、したくないか……。

 境子は思考の海に沈んだ。


 猛は能力者の中でも上位者だ。

 いや、あの驚天動地の実力からいって世界的に見ても最上位者といって差し支えない程の、他者とは乖離甚だしいまでの実力を有している。

 ハーレム法に加え、世界有数の能力者である猛の結婚は、本人の意のままだろう。

 古のハーレムそのままに、宮殿の如き豪邸に数多の美女を侍らせた王として君臨する事だって夢ではない。

 もっとも無制限に広げる事はないだろうし、クリスティナがそんな事許しはしないだろう。

 母であり妻であり娘である……、猛に対する女性のポジションを全て有したいという、あのクリスティナがだ!

 猛に害ありと判じたら、どんな人物でも、どんな障害でさえ排除するに違いない。

 おそらくは、真に猛のためになる、猛に真底惚れ猛のために何もかも投げ出せる者のみが、その宮殿に侍る事を許されるのだ。

 はたして、自分はその一員に加わりたいか? 

 あるいは、その資格があるのだろうか?

 

「私に、その資格はあるのでしょうか?」

「きょ、境子?」

「まあ、今のあなた達2人じゃ、不合格ね」

「え゛っ!?」


 希望を持たせておいて、一瞬で奈落に突き落とす。

 美華などは普通では有り得ない叫びを上げている。

 境子自身も受けた衝撃は計り知れない。


「ふふふっ。あわてない、あわてない。早合点は損の元よ。あくまで今のあなた達はって、ちゃんと断ったでしょう?」

「じゃ、じゃあ……」

「修業期間内に私達が設定したLV、ないしはMPにまで到達したのなら、私がご主人様に掛け合って認めてもらうわ」


 これは所謂カンフル剤、飴と鞭と言い換えてもいいだろう。

 この1週間で急成長を遂げた美華と境子であるが、それでも彼女の求めるLVにはまだ全然達していない、そういう事なのだ。


「そうね、最低でもLV300。MPも100万程度は越えて欲しいものね」

「ええっ!?」


 提示された条件は望外のものだった。

 御影一族の次期後継者と目されている境子の兄でさえ、LV80程度でMPも10万に満たない。

 急激なレベルアップで既に兄聖也のLVは追い抜いているが、それでもLV100程度であり、求められる要求との隔たりはあまりにも大き過ぎた。


「何? その程度で臆しているの? あなた達が共に歩もうとしているものは誰なのか、もう一度よく考えてみなさい。このぐらい、下僕共も楽々クリアしているわよ」


 そう、何といっても相手は猛だ。

 あの兄、御影の御曹司であり、現ランキング1位をも能力を行使せず、しかも手加減をした上で完勝して見せた戦闘巧者。

 長らく裏ランキングの頂点に君臨していた女帝クリスティナでさえ、敵わないと断言した理外の猛者。

 更にはかの悪名高き大獄丸をおも圧勝してのけた日本最強、或いは世界最強とさえ思える絶対強者。

 それが、猛なのだ。

 言葉にせずとも、クリスティナの冷厳な瞳が雄弁に物語っている。


 弱者や足手纏いは不要なのだ、と……。


 確かに、確かに、今の美華と境子では、共に猛と歩む事など夢のまた夢である。

 例え言葉に出したとしても、口にした本人でさえ絵空事と信じられないに違いない。

 それならば……、

 境子の心を容易く読んで、クリスティナが言葉のナイフを刺してくる。


「それなら諦める? 別の報酬にしても、こちらは全然かまわないわ。でも、それでいいの? 本当にあなたは諦められるのかしら?」

「っ!?」


 諦める?

 猛との日々を?

 この胸に燈った淡い思いを?

 嫌だ! 絶対に嫌だ!! あきらめられるわけがない!!

 

 たった1週間、されど1週間。

 猛と共に過ごしたのは、ほんの7日間でしかない。

 しかし、境子にとっては今までの短い生涯の中で最も大切な時間なのだ!

 できなければ叱られ、逆に上手くできれば褒められる。

 時には撫でてもらえ、今まで何度も欲しても決して貰えなかった温もりを与えて貰えたのだ。

 他人が聞けば当たり前の事だと、一笑に付すかもしれない。

 だが、境子にとっては違う。違うのだ!!

 異端として生を受け、御影一族ですら持て余す異能力を持ち、その上力の制御すら覚束ないせいで党首の娘という立場であるのに、いやその立場だからこそ無能者と誹られ蔑まれてきた。

 実の父や母からも、もしかしたら童の時は掛けられたのかもしれないが、能力を発現してからは愛情らしきものを向けられた覚えがない。

 そんな境子を見出し救い上げてくれたのが猛だ。

 自分の目的のためとはいえ、あの兄と決闘し父に認めさせたのだ。

 あの時がどれほど幸福だった事か!!

 加えて、愛や温もりを知らぬ境子にとって、猛との日々は正に黄金の日々だった。

 特訓そのものは何よりも過酷で、クリスティナを初めとした周りのサポートがあって、漸く付いていける程厳しかった。

 それでもなお等身大の境子を見、当たり前に接してもらえたのが堪らなく嬉しかった。

 そして何より猛の大らかさと与えてくれる優しさは、何物にも代えられぬ宝物だ。

 猛の笑顔を想うと勝手に胸が熱くなる。

 猛の伴侶となり愛し愛される日々を想像するだけで、至福の気分になる。

 そう、そうなのだ!

 とっくに自分は手遅れで、猛に恋していたのだ!

 愛しているといっても過言ではない!


 そんな猛との日々を諦める?

 もしかしたら永遠に共に歩める可能性があるというのに?

 有り得ない!!

 例え石に噛り付き泥を啜ってでも、望む未来が手に入るのならば前に進むのだ!

 一歩踏み出し、今度こそ自分で、自分のこの手で掴み取るのだ!!

 

 そこには、戸惑い羞恥にふるえていた少女はもはやどこにもいなかった。

 陰気で下を向くのが常道であった姿が嘘の様に真っ直ぐ前を向き、長い前髪に隠れた瞳には強い意志が宿っていた。

 そしてきつく吊り上った眦で、クリスティナを睨みつけた。


「ふふっ、良い顔になったわね。改めて聞くけど、この条件を受けるのね?」

「はい、受けます! そして、必ず猛さんと仮婚約を結びます!」

「よろしい」

「きょ、境子!?」


 事態の急変に付いていけない美華が顔を白黒させるが、境子とクリスティナの間では既に話は終わっていた。


「美華ちゃん、私は猛さんと共に歩みたい! あの人と共に生きたいの!! だからこの申し出はとてもうれしいわ。課された条件をクリアできれば、猛さんと一緒に居られるようになるんだから!」

「境子……」

「美華ちゃんも自分の意志で決めた方がいいよ」

「そうね。もちろん別の報酬で構わないし、あくまで仮婚約だから、嫌だと思ったら解消すれば済む話よ。あなたが決めなさい」

「そっ、そんな事、いきなり言われたって……」


 境子と違い、美華の修行相手は厚一であり猛と過ごす時間は極僅かだった。

 そこから判断しろといわれても、決めかねるのに無理はない。

 そんな美華をクリスティナが優しく抱き締めた。


「あなたには判断材料が少な過ぎるわね。とりあえず、明日ご主人様にこの話をするつもりだけど、報酬は後から変更しても構わないわ。よく考えなさい」

「ええ~」

「混乱するのはわかるけど、あなたが一番望むものを報酬にしてくれて構わないわ。それが仮婚約でも、普段手が出ない高級品でも何でもねっ」

「ううぅ~~、ますます混乱してきた~」

「まっ、今日はこんな所かしらね。時間はあるからよく考えなさい」

 

 ひらひらと手を振りながら、来た時同様こちらの意志に関係なくクリスティナは風の様に扉を開け去って行った。

 後には呆然とする美華と、決意を宿した境子の2人だけである。


「う~、境子~」

「美華ちゃん。クリスティナさんが言った通り時間はあるんだから、美華ちゃんの本当に欲しいものを考えればいいだけよ」

「そんな事言ったって~」

「これは美華ちゃん自身が選ぶべきものだから、私には答えられないわ」

「うぅ~~。かっ、考えてみるわっ」


 ほとほと困り切っていたが、美華は親友の助言を受け、ほんの少しは前向きになったようだ。

 もっとも悶々とした夜を過ごすのは確定だろうが……。

 境子は早々に床に着くと、明日に想いをはせ早々に眠りに付いた。

 必ず望む未来を手にするという絶大な決意と、自覚した猛への熱い想いを抱きながら……。





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