第21話
特訓、特訓、特訓。
ただただ強くなる事だけを考えて、毎日朝から晩まで修行に励んだ。
くたくたになって泥のように眠り、東の空に太陽が昇る頃になれば、疲弊した体に鞭打って無理やり起きた。
そして強くなるために食事を取り、強くなるために能力を使い続けた。
修行を開始してからの御影境子の1週間は、言葉に表せばそんな過酷な日々だった。
しかし、彼女にとって決して不本意な1週間ではなかった。
それ所か、今までの人生の中で最も充実した時間であったのだ。
何故なら苛烈甚だしい特訓の日々であったが、猛と2人で行う特訓であったからだ。
猛の指示に従い、猛の姿を追い、あの雄々しく逞しい肉体に能力を使い続ければよかったのだ。
といっても、一聞するだけでは簡単に思えるかもしれないが、境子の能力を行使する対象はあの猛である。
音速の壁など口笛を吹きながら軽々とぶち抜く、一般人ではその目に収める事すら不可能な超英雄だ。
しかも、lvに上がるにつれ制御能力も向上すると、要求された難度も跳ね上がった。
当初は吊り輪やウェイトトレーニング等々動きの少ないもので、重力場の及ぼす範囲や強さの強弱の指定だけであった。
その次は床の体操や流れるプールで、高速で移動する猛に能力を行使し続ける事だった。
体操で使われる限られた空間だが、相手は何せあの猛だ。
何十回転という空恐ろしい速さで空中回転技を繰り出したり、僅かでも瞬きすれば端から端まで一瞬で、それこそ瞬間移動の様に刹那の間に移動してしまうのだ。
また流れるプールといっても、一般人では溺死する事請け合いのデスプールである。
一周1kmあるかという流れるプールが嵐の中の濁流、いや全てを海中に引きずり込む様な大渦を為した中での遠泳だった。
その中に猛は臆面もなく飛び込むと、息継ぎも無用とばかりに水中を流れに逆らって魚雷の様に突き進んだのだ!
プールの中州から猛を視認しようとするが、激流のせいで視認し辛く、更には猛の高速遊泳も相まって何度も見失い、境子はその度に叱責を受けた。
厳しい、実に厳しい特訓であったが、それでも境子は歯を食いしばって追いすがった。
己のため、猛のため、猛の要求に応えるために、何度失敗を繰り返しても、何度苦しみ涙しても、その度に立ち上がり、1つずつ限界を越えていった。
また、猛は失敗すれば叱るものの、挫けそうになれば励まし、成功すれば褒めてくれた。
時には境子の望みに応え、やさしく頭を撫でてくれたりもした。
御影での辛い過去とは違い、此処では努力は正しく報われ、成功は賛辞や望む触れ合いとしてかえってきたのだ。
努力すればする程、猛の求めを完遂すればする程、あっけないくらいにLVは上がり、褒め甘やかしてもらえたのだ。
かつて欲していた家族との触れ合い。
童女心に欲しかった友や、同級生達との他愛無い戯れ。
結局どれも得る事はできなかったが、今はそのどれよりも充足した暖かい思いが、何よりも熱いものが得られていた。
境子は心の赴くままに猛に付き従い、本来であれば挫折してしかるべき高難度の修行を、次々に熟していったのだった。
たった1週間。
されど1週間。
彼女のLVは100を優に超え、気付けばあの兄のLVすら軽々と飛び越えていたのだった。
ただし、合宿は万事滞りなく順調であったわけではない。
全てが境子の様に理想的に進むわけがないのだ。
上手くいかず、不満を溜め込む者もまた必ず出てくるものなのだ。
今回、得に蟠りを溜めた者は美華であった。
「はあ~、境子はいいよね。猛と2人の特訓で!」
「美華ちゃん……」
「こっちはずっと、あの生意気なガキんちょよ! そりゃ、能力的に近くて相性が良いのは解るけど、何あの態度! あの上から目線! ああ~~~!! 本当にムカつくわっ!!」
修行が終わり、食事も風呂も済んで後は寝る段といった所で、境子の宛がわれた部屋に美華が乱入し、ぐちぐちと盛大に文句を言いまくっていた。
もっとも美華の怒りもあながち間違いというわけではなかった。
この一週間厚一とのマンツーマンの特訓に挑んだわけだが、内容がハードなのはもちろんの事、精神的にも大ダメージを受ける軍隊顔負けの修行だったからだ。
美華が少しでも失敗するたびに喜々として厚一の痛烈な批判が飛び、時には容姿や性格といった美華自身を否定する内容でさえ言い放ったのだ。
それでも数日は何とか耐えた。
あまり我慢強いとはいえない美華であったが、自分が無理をいって入隊指せてもらった事や、LVもおそらくは階位さえも上の相手に修行を手伝ってもらっている負い目から、殊勝な態度を取っていた。
だがそれも連日ともなれば話は別だ。
怒りを露わに食って掛かったが、鼻で笑われ歯牙にも掛けられず、最後には圧倒的な実力差で黙らされたのだ。
つまり何も改善されぬまま、過酷な修行を罵詈雑言を受けながら続けるしかなかったというわけだ。
不平不満は否が応にも募るというものだ。
「そりゃあ、今まで調子に乗ってたわよ。ええ、調子に乗ってたわよ! でも、ランキング1桁なんだから、少しは自惚れてもいいじゃない! まさか猛達の様に、実力を隠している猛者がいるなんて思わないじゃない!!」
「……」
「それに、LVは上がったわよ。クリスティナさんの回復とクソガキの有り難い指導おかげで、信じられないぐらいLVは上がったわ。でもさっ、あそこまで言われる筋合いはないじゃない! 何が見掛けだけ遊び人、口だけ女、処〇ビッ〇よ!? ふざけんじゃないわよっ!!」
怒り狂って猫の様に毛を逆立てる美華を、境子は痛ましそうに眺めるしかできなかった。
実際の所、訓練メニューに口出しできる権限など境子にはない。
それ所か毎日必死に猛についていくだけで精いっぱいなのだ。
正直、他人の心配をしている余裕などない。
ないのだが、美華の事を思うとこのままにしておくわけにはいかなかった。
転校してきても、御影のでき損ないという風評と陰鬱な容姿のせいで、相変わらずの一人ぼっちの状態だった境子に話掛けてくれた唯一人の人物が美華だった。
空気が読めないのと、事情を知らない無知だったという点も挙げられるが、それでも境子の事を気に掛け、友達になってくれたのは美華だけだったのだ。
今では猛に見初められ救われたが、友人の辛い状況を想うと、自分だけ安穏とした状況にいるのは良心が咎めた。
自分にできる事はないかと、必死に答えを探した。
マシンガンの様に絶えず口から不満を漏らす美華を横目に、頭を巡らし真剣に考えた。
そして思い至る。
努力がきちんと報われるようになれば良いと。
そう、猛だ。
太陽の様に大らかな猛ならば、美華の努力を認め褒めてくれるだろう。
それ所か賛じられ、あの大きな手で優しく撫でられれば、口では憎まれ口を叩きつつも顔はニヤけ、不平不満など吹き飛んでしまうに違いない。
自分以外の女性が猛に褒められるのは何か心に来るものがあったが、それでも大切な友のためならばと境子は意を決した。
「あっ、あのね、美華ちゃん……」
「話は聞かせてもらったわ!!」
「「!? クリスティナさん!?」」
突然の乱入者は、何処にも汚れのない純白の白衣に身を包んだクリスティナだった。
しかも、先程のセリフからも解る通り、どうやら部屋の中の会話を盗聴していたようだ。
だが、彼女の不敵な顔からは反省の色所か、一切良心の呵責も見られない。
「下僕2号の修行は心と体、両方に負担が掛かるから、丁稚2号にしては頑張ってるじゃない!」
「クリスティナさ~ん、その丁稚っていうのやめてくださいよ~」
「ダメね。あなた達は、言ってみれば殻つき雛よ。悔しかったら、私に実力を認めさせてみなさい」
「ええ~~」
彼女の中では厚一が下僕2号、美華が丁稚2号という位置付けになっているのだろう。
ついでに言えば、和吾と境子が、夫々下僕1号と丁稚1号という割り当てに違いない。
女帝である彼女にとって、猛というご主人様以外は須く下僕以下なのだ。
不遜極まりない態度であるが、それが許容されるだけの力と実績を、彼女は積み上げてきたのだ。
そんな彼女であったが、今回は何故か優しげだ。
「その話はさておいて、丁稚1号も2号も努力しているようだし、成果も出ている。2人が更に頑張れる様に良い話を持ってきたわ!」
「えっ、何ですか? 何ですか?」
「まず1つ目。トレーニングパートナーは下僕2号で変えないけど、丁稚2号も1号と同じ様に、ご主人様に労ってもらいなさい」
「えっ!?」
動転する美華を後目に、クリスティナは境子を意味あり気に一瞥した。
先程クリスティナが乱入しなければ、勇気を振り絞って境子が提案しようとした内容を補完してやった、という事であろう。
自分が発言を潰したにも係らず、何とも小憎らしい態度だ。
だがクリスティナの提案はそれだけではなかった。
一言で境子と美華を混乱の淵に落とす……、そんな内容であった。
「そして、もしあなた達が1ヶ月でご主人様の望むLVにまで成長できたなら、2人をご主人様の嫁候補に推薦してあげるわ!! まっ、仮婚約って所ね!」
「「えっ、ええ~~!?」」
励みになりますので、もしよろしければ感想や評価、お気に入り登録等をして頂ければ幸いです。




