第20話
「ああ~~!! もう無理、死んじゃうよ~!!」
「ははは、クソ〇ッチ! 話す余裕があるなら、まだ大丈夫さ。ほらっ、丸焦げにされたくなかったらがんばるんだね。ぼさっとするな! 出力が落ちてきてるぞ!!」
「ひぃ~~~ん!!」
罵声と悲鳴が響きあい、強大な炎、人の身で受けたのなら焼け死ぬ事受け合いの大炎の押し合いの横で、境子は必死に歯を食いしばり全力で重力を発生させていた。
「京子! お前の全力は40Gだろう? 出力が落ちてきているぞ? しっかり全力を出すんだ!!」
「はっ、はい!!」
ちょっとでも甘くなれば、超重力が渦巻く吊り輪にて、汗だくながら次々と連続技を行う猛から注意が飛んでくる。
もっとも叱責や悪罵を浴びせられる親友よりは、いくばくかはましだろう。
たとえ全力を延々と振り絞り続けるという、無茶な訓練を言い付けられていたとしてもだ。
境子の耳には猛の言葉しか入らず、その目には猛の雄姿しか映っていないのだから……。
大獄丸との激闘から一夜明けた猛達は戦守学園へ行かず、不忍コーポレーション所有の地下訓練場で猛特訓を行っていた。
彼等は1ヵ月にも及ぶ休学、即ち新人の育成と部隊全体の底上げを目的とした強化合宿を敢行したのだ。
本来なら傷病以外の休学など、早々認められるものではない。
現状、MCとの戦闘に僅かずつであるが余裕がでてきたといっても、能力者という貴重な兵士の数にはそこまで余剰があるわけではないのだ。
何せ能力者は、数千人に一人程度の割合でしか生まれないのだ。
それでも休学が認められたのには様々な理由がある。
まず申請部隊が滞在場所を明らかにし、かつMCに対抗するための強化合宿である事が挙げられる。
また、猛達が所属する第23部隊は、学内戦等の部隊の戦力の序列を決定するランキング戦には不参加が常で、MCとの戦闘も最低限の義務しか果たしてこなかった。
能力者ランキング上位100位以内に入る能力者が3名も在隊するというのに、活躍は中堅以下という端的に言って不真面目な部隊であったのだ。
戦う能があるのにも関わらず戦わない。
かといって最低限とはいえ務めはこなしてはいるので、命令や懲罰を下す事もできない、上からしたら実に面倒な部隊であったのだ。
そんな彼等が合宿が認められるなら、復学後の学内戦には必ず参加し休学した分も含めてMCとの戦闘に出ると誓ったのだ。
それならば、彼らの勉学が疎かになる程度で、務めを疎かにする事にはならない。
学園側としても、元々学力など最低限しか求めておらず、戦力の向上、つまりはMCという明確な脅威に対する戦力の育成こそ主眼に置いている。
その点からいえば、猛達の申し出は学園側も受け入れやすかったのである。
それに加えて、猛の義父、雄忍剛毅の存在も大きい。
不忍コーポレーションという日本有数の国際企業であり、MPCをはじめとした対MC用、あるいは能力者の力を科学に転用する新技術の開発については、真に世界有数の企業なのである。
その剛毅が直々に頭を下げ、様々な手見上げと共に合宿の有用性を説き、要請したのだ。
本来なら、第23部隊の改善と戦力の向上だけでも許可が出ても可笑しくないのにだ。
コネと権力を最大限活用した結果、猛達は新学期早々休学の許可を得、強化合宿に励げむ事になったのである。
その合宿は、猛から勧誘の際に言われていたにも関わらず、美華や境子にとって初日から想像を絶する厳しさであった。
訓練に対し言われた事は唯一つ、今日一日目標に向かって全力で能力を行使し続ける事。
すなわち、美華であれば厚一に対し全力で炎を放射し続ける。
境子は対象である猛を中心に重力場を発生させ続けろ、ただそれだけの事である。
それだけ?
今日一日中?
そう、たったそれだけの事である。
だが言うは易し行うは難しであり、猛烈な苦行でもあった。
では、人は一体どれ程の時間全力を出し続ける事ができるだろうか?
全力疾走であればせいぜい数秒、大目に見ても十数秒といった所だ。
固有能力は意志力や精神力といった、超能力者の心の力に根差されたものであるが、目に見えない力といってもきちんと限界が存在する、有限な力なのだ。
精神力が枯渇すれば、回復するまで能力は使えなくなるし、昏倒や意識不明、最悪の場合は死する事もあり得るのだ。
LVが上がれば成長し全力を維持できる時間もまた延びるが、現在の美華や境子の実力では数分維持するだけで倒れてしまうだろう。
だがしかし、特訓が始まってから二人は一時間以上全力を維持し続けていた。
美香は悲鳴を上げつつも、境子は真一文字にきつく口を閉じ必死に与えられた課題を達成しようと食らい付いている。
まるで奇跡。
運良く限界を超えたとして、彼女達はそんな長時間能力を行使する事が可能なのだろうか?
否、不可能だ。
種は簡単、訓練場の端に即席で設えられた執務室にて高速で報告書を読みつつ、時折早口で指示を飛ばす絶世の美女がいるおかげである。
いや時には天使もかくやという美幼女、時には美少女から妖艶な美女へと忙しなく姿が変わっていく魔女の様な存在、クリスティナ・ツラノーヴァ・橘という他者と隔絶した超絶の能力者がいるからなのだ。
彼女の二つ名は生命帰還。
階梯はどれほどの高みに至っているかさえも不明だが、名前から類推できる様に貴重な能力である回復能力を有している。
しかも他者の傷、肉体的な欠損を癒すだけでなく、能力を行使するのに必要な心の力、精神力までも回復させる事ができるのだ。
つまり精神力が無くなる前にクリスティナが回復させるので、事実上彼女の心力がきれるまで境子達は能力を使い続けられるというわけだ。
ただそうはいっても、能力を行使続ければ疲労も蓄積していく。
彼女達はクリスティナという稀有な能力者に出会った事もないし、これ程長時間能力を使い続けた事すらないのだ。
ましてや、全力を維持するなんて高難度な修行は初めての経験だ。
ただでさえ能力が安定しない境子は、重量場が不安定になっていった。
「ほらっ、また出力が下がっているぞ! 境子、俺にお前の全力をぶつけるんだ!!」
「っ……」
始めた当初からきつかったが、時間が経つ事に厳しさが増していった。
今では能力を発現させるのに精一杯で、猛の発破に応える元気さえ無くなっていた。
もっとも、猛の方も余裕綽々というわけではない。
全身から滝の様な汗を流し、笑みを浮かべつつも時折苦しい表情を露わにしていた。
あの猛が、だ。
大獄丸を相手取った時でさえ自分からわざと傷付く以外、怪我らしい怪我もせず、終ぞ笑みが消えなかった強者が。
ランクAAAにまで上昇した恐るべき鬼神をも更に上回り、圧倒的な力で破壊し尽くした、あの猛がだ!!
境子にとって猛とは、もはや信仰の対象にも等しい存在であった。
不遇で惨めな生活、親や親族から不当に扱われる毎日から救い出してくれた憧れの人であり、父、御影党首さえ畏怖する強敵でさえ、苦も無く屠って見せた理想の人、ある種神の如き存在なのだ。
それに尊敬や信仰だけではない。
出会って僅かな時間だというのに、猛の優しさと誠実さから淡い胸の疼きも覚えるようになっていた。
親族や学友からも忌避、あるいは敬遠されてきた境子に臆面もなく接し、笑い掛けてくれた。
猛は決して美男子ではない。
どこまでも漢臭く、悪く言えば粗野な感もあり、女性の側からお近付きになりたいと望む程の人物ではない。
だが、そんな事境子には関係なかった。
例え己のためだからとはいえ、利点も欠点も包み隠さず正直に話した上で勧誘し、必要があったとはいえこんな自分のためにあの兄と戦い勝利を収め、更にはあの父に認めさせたのだ。
護国の盾と称され一族の長であり、この日本皇国で知らぬ者も居らぬ程の強者である、あの父をだ!
そんなもの、愛に飢え優しさを欲し嘆いていた少女でなくとも惚れてしまうというものだ。
だが今、そんな猛が苦しんでいた。
あの無敵とさえ思えた猛が、必死の思いを露にしているのだ。
猛は今全身にこれでもかと重りを巻き付け、自身の体重と合わせて1000Kgちょうど、1tの総体重を有する。
そこに境子による重力場が加わるのだ。
未熟なせいで変調するといっても、3、40Gの重力が掛かっている。
つまり30~40tという途轍もない重さが猛に掛かり、吊り輪を持つその両手で支えている事になる。
一般人、いや例え能力者であったとしても、これだけの重さが掛かれば内臓破裂や骨が砕け、絶命する怖れすら出てくる。
だが、Sランクを超えてもまだ上昇し続ける戦闘力を有する猛であれば、これほどの重力の中に置かれても平気なのかもしれない。
過日、猛を重力場に巻き込んでも全くの無傷であり、笑顔さえ消す事はできなかったのだ。
しかしそれにしては、時折苦痛に顔を歪める理由にはならないだろう。
そこから導かれる答えは……、おそらくは肉体強化を行っていないか最低限しか用いず、肉体に宿る力のみで一時間以上の長きに渡り、吊り輪から一切降りる事無く演技しているのだ。
はたして、そんな事が可能なのだろうか。
境子にはもはや想像も付かない、遥か彼方の世界だ。
だが、LVや階梯が上がるにつれて能力者が成長するのは、まごう事なき事実である。
それには身体能力の向上も含まれている。
能力者とは、いうなれば超人だ。
英雄の卵だと言い換えてもいい。
レベルが低いうちは人と何ら変わらないが、成長するにつれて神話に登場する英雄達の様に、大凡人という種では到達できない強さに至る事ができる。
更には、猛が第3階梯に至った際に得た能力、筋肉革命によって自分の望む様に進化が促されるのだ。
成長とは及びも付かない速度で進化し続け、超人を超え英雄をも超え、何もかもを超越していく……。
それが猛なのだ。
不可能なんてない!
自分如きが心配するなんて、不遜で愚かな行為だ。
それよりも自分の心配をするべきだ!
こんな弱い自分を救い上げてくれた彼のためにも!
彼と共に歩むためにも、こんな所で沈むわけにはいかない!!
疲弊し、逃避するように思想の海に沈んでいた境子の瞳に、再び強い光が宿った。
そんな少女の姿を見て、十字懸垂から伸身伸腕で引き上げ十字倒立にもっていった猛が、溜まらないとばかりに笑い声を上げた。
「そうだ、やるじゃないか! その調子だぞ、境子!」
「はいっ!!」
力強く応える姿も好ましく映る。
猛は力技だけでなく、前方や後方に連続で伸身宙返り懸垂をしたり、時には吊り輪を交差したり戻したり、時には離した状態で連続宙返りをして掴むというサーカス染みた離れ技を披露した。
そんな中でさえ、必死に置いて行かれない様にくらい付いてくる少女に声を掛ける事を忘れない。
「俺達は超人だ! 人の域に縛られず、どこまでも成長していく事ができる! 境子、自分に限界を作るな。俺達に限界なんてない! 俺を信じてついてこい!!」
「はいっ!!」
猛と共に居るようになってから、境子は下を向く時間がほとんど無くなった。
そんな事をしている暇が無いのも確かであるが、それ以上に自分を信じ、励ましてくれる猛の言葉が嬉しかったのだ。
御影の本家では異端の力ゆえに忌避され、その力を制御できない事に落ち零れと蔑まれた。
自然に卑屈になり、前を向く気力も次第に無くなっていった。
辛いと下を向き、思考も後ろ向きになり、いつしか人との関わりを避け卑屈で悲観的な態度しか取れなくなっていた。
本当は温かい家族や友が欲しくて堪らなかったのに!
それが今はどうだ!
無視される事も、嘲り見下される事なんて皆無だ。
目と目を見つめて会話し合い、時には笑い声を上げながら話し合える。
そして、ちゃんと自分という異端の能力者の事を考慮した上で、特訓メニューを組んでもらえた。
細かい制御よりはまずは力を振るう事を覚えよと、無意識に力の行使さえ厭っていた少女に思う存分力を振るえと、そして力の向かう先は自分、絶対に壊れない対象だから何の遠慮もいらないと笑い掛けてくれたのである。
だだっ広い特訓場の隅、猛と境子以外が離れた状態。
猛の声が、笑い顔が、苦痛に歪む顔でさえも共に努力しているんだと、激励してくれている様に思えてならなかった。
元より猛の事を信じているのだ。
猛の言う通り、望み通りに付いていけば、自分も猛も更に高みに登れるのだ。
こんな自分が猛の役に立っていると思うと、いつの間にか苦痛も気にならなくなっていた。
「そうだ、偉いぞ! また1つ限界を超えたな。その調子で付いてくるんだ。汗を流し苦痛を乗り越える程、俺達はもっと強くなれる! さあ、もうひと頑張りだ!!」
「がっ、頑張ります!!」
努力が肯定され、好ましい人に称賛される。
多幸感に包まれ更に精進しようと、どこからかともなく気力が湧いてくる。
境子の目には、もはや猛の姿しか映っていなかった。
もう力を嫌っていた弱い自分は、下を向いていたばっかりの自分は綺麗さっぱり消えて無くっていた。
境子はただ猛を見て、力を使い続けた。
その日、彼女は10以上ものLVを上げ、拍子抜けするほど簡単に、飛躍と言っていい程の成長を遂げた。
殻に籠っていた雛は、導かれるままに外の世界を知り、大いなる一歩を踏み出したのだ。
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