第16話
「もうっ、さいっこーなの!! 筋肉無敵の大勝利! ああ、今すぐチャンピオンの素敵な大胸筋に飛び込みたいっ!!」
「終わってみれば、今宵もチャンピオンの圧勝でした! 皆様お楽しみ頂けたでしょうか? 我らが王者の勝利に、今一度大きな拍手をお願い致します!!」
モニター越しからの万雷の拍手に対し、VIPルーム内は静まり返っていた。
まあ、そうなるのも仕方のない事だろう。
猛を知らぬ者にとってあの強さは想像さえ軽く飛び越えた、まさに理外の強さだったからだ。
しかも大獄丸という最終的にAAAランクの強者を相手にして、あの無双振りである。
それも30年前に日ノ本に顕現し、拭おうにもぬぐい切れぬ恐怖と大いなる破壊を齎した、彼の大鬼神を相手にだ!!
二の句を告げないとは、真にこの事である。
護国の盾と称されし御影一族、その長たる御影剣護は渋面のまま黙して語らず、息子の聖也はというと、ただ茫然と画面を眺めているだけだった。
もちろん境子や美華もまた衝撃を受けていたが、前者に比べてその度合いはかなり小さかった。
大獄丸の強さを知らぬ無知ゆえに、純粋に猛の勝利とその絶対無敵とさえ見える強さに感激し、逸早く衝撃から覚めると賞賛の声を上げ無邪気に喜んでいた。
「すごい、すご~い! 猛って、あんなに強かったんだね!!」
「たっ、猛さん、素敵です!!」
「ふふふ、ようやくご主人様の素晴らしさ、その一端程度は理解したようね。そう、大獄丸なんてご主人様の練習相手も満足に務められない雑魚なのよ!」
はしゃぐ少女二人に対し、我が事の様に踏ん反り返って威張る、幼女に変じたクリスティナ。
そんな和気藹々とした雰囲気が広がる中、薄い笑みを浮かべた剛毅が唐突に口火を切った。
「剣護殿、これで我々がお嬢さんをお預かりするに足る実力があると、お認め頂けますかな?」
「……もちろんだ。過日交わした約定の通り、貴殿に娘を託そう」
「ありがとうございます」
「やった~!! よかったね、境子! これで私達は第23部隊に入隊できるねっ!!」
「うっ、うん! うれしいわっ!」
つい数時間前に猛と交わした約束が叶えられた事が、境子はこの上なく嬉しかった。
こんな落ち零れの自分のために父や兄を説得してみせると宣言し、その誓いを瞬く間に成就してみせたのだ!
猛さんは、約束を守ってくれたっ!!
境子の心には歓喜の思いで溢れ、つい猛の姿を目で追ってしまった。
初めての出会い自体は非常に過激であったが、猛自身は実に誠実であり事情を包み隠さず話した上で勧誘してくれ、不可能とさえ思えた家族への説得を成し遂げれくれたのだ。
こんな自分のためにだ!!
半裸のまま勝利のマッスルポーズを披露している猛の雄姿が、あの印象的な太い笑みがとても素敵に見えて仕方がなかった。
思わずマスクの下の漢臭い顔をも追憶すると、境子の頬に朱がさし胸の鼓動が早鐘を打った。
そんな境子や親友の喜ぶ姿に我が事の様にはしゃぐ美華を横に、話は勝手に進んでいく。
「……あれが現在の1位か。しかし、強い。強過ぎる。ここまで見せてよかったのかね?」
「ええ、何も問題ありません。全て予定通りです」
「予定通り、か。最終的なMPはおよそ二千万……。まだ底を見せてはいないのだろうが、オーバーSランク。あの大獄丸でさえ歯牙にも掛けぬほどの強者、か。あなたの御子息の強さは、群を抜いている。いや、あまりにも隔絶過ぎている! 何故そこまでの強さを求めたのか!」
「はあっ。 本当っ、お馬鹿さんね。それが必要だと何故思わないのかしら?」
「どういう意味だ?」
「MCが現れて30年。今まで出現したMCの最高ランクは大獄丸のAAAだけど、これからもそうなのかしらね? 神話や伝説の中で、大獄丸クラスが最強だと思ってるの? そうだとしたら、底抜けの阿呆ね」
「っ!?」
大獄丸
日本三大妖怪にも数えられる巨鬼。
出現時はAAランクであったが、順応化により脅威の戦闘能力上昇によるAAAランク。
更には三顕連による死亡からの復活や、雷や炎、氷等々、多彩な攻撃手段を持つ鬼神……。
強者の名を欲しいままにする大妖怪であるが、それ以上の存在はいないのかと聞かれれば、答えは否である。
全宇宙と天候を支配する天空神。
魔術に長け、八足の愛馬に跨り全てを貫く槍を放つ戦と死を司る神。
宇宙を造り、様々な生物を創りし、万物を貫く武器を持ちし創造神。
天候と農耕を司り、幾多の巨人を打ち滅ぼした雷神。
幾万もの悪魔を従える地獄の魔王……。
更には地球の祖たる母なる神等々、上を上げれば枚挙に暇がない。
各神話の主神やその敵役ならば、大獄丸より強いと思しき存在などいくらでもいるのだ。
神話の姿そのままに、地球に現れ人類と敵対するMC。
MCとして今までに出現したのは、妖怪や化物等の悪とされるものだけではない。
神や天使と称される存在さえも出現したが、他のMCと同様、話は通じず戦わざるを得なかったのだ。
そうであるならば、いつかこの惑星をも滅ぼせる神が、あるいは魔王や悪神達が現れる可能性だとてあり得るのだ。
クリスティナの助言めいた問いにて、ようやくその可能性に思い至った。
そんな剣護 の様子を察するでもなく、剛毅はシニカルな笑みを浮かべると傷口に塩を塗り込んだ。
「つい先日、陰陽頭より、緊急の話を伺いました。激しき流星群の後に赤き禍々しき箒星が現れた。恐ろしき激動の時代が来るだろう。頼になるはあなた達だけだ、だそうですよ」
陰陽寮とは古の御代より続く、国を、皇を守りし陰の機関の1つである。
御影一族が直接的な武力の要とするならば、陰陽師は方術や占術を用いて吉凶を予測し警告を与える事で、事前に災いの芽を摘む大役を担ってきたのである。
その陰陽寮の長たる陰陽頭より危急の報を、御影一族の長たる自分が一切関わっていないというのは大問題だ。
いや、知らされないという事は、当てにならないと見放されたに他ならない。
忍雄剛毅をはじめとした不忍コーポレーションの面々を戦力と期待されても、御影一族は力不足だと、明確に御影一族が下だと判断を下されたのだ。
剣護の頬に冷たい汗が伝い、今さらながらに悔恨の念が去来した。
何故この様な事態に相成ったのか?
1000年以上続く護国の盾の名と、仮にも30年日ノ本を守り通してきたという自負が、眼を晦ませ耳を衰えさせたのか……。
早期に気付けば、まだ打てる手はいくらでもあったのだ。
彼等との間にある実力差は、その開きは、敵の可能性に目を瞑り日常を甘受し続けた愚行、いわば身から出た錆だ。
私は一体、どれほど貴重な時間を無駄にしてきたのだ……?
だが、それと同時におかしな事がある。
何故今、彼等がこれ程あからさまに実力を示した上で秘密を暴露したのか、という事だ。
彼我の戦力差を理解させた上で、落目の御影一族を嘲笑うためか?
この戦時下の様な時勢の中、一代で世界的企業を築き上げた稀代の雄と称されるこの男が?
有り得ない。
あり得る筈がない。
忍雄の一族に対しては腹に抱えるものがあるだろうが、関わりの薄い御影一族をわざわざ貶める必要が何処にあるというのだ。
仮にも御影は、日ノ本の守護者として長年矢面に立ってきた。
その影響力は今なお健在だ。
御影を敵に回す不利益を被っても、それ以上に利するものがあるのならば、この男は躊躇なく実行するだろうが、現時点では有り得ないはずだ。
そんな疑義を浮かべた剣護の眼が、相手を揶揄する様に笑んだままの剛毅を刺し貫いた。
射る様な視線をものともせず剛毅は大げさ気味に肩を竦めると、より一層酷薄な笑みを濃くするのだった。
励みになりますので、もしよろしければ感想や評価、お気に入り登録等をして頂ければ幸いです。