第15話
「「きゃああっー!?」」
大剣が変じた槍に後ろから腹を貫かれた猛は、腹からの大量の出血と共に口からも吐血し、地面に力無く前のめりなって倒れ伏した。
どんな時も余裕綽々で絶対の王者として君臨していた猛が、初めて深手を負ったのだ。
その事実が華と境子に与えた衝撃は筆舌に尽くしがたい。
更には死んだはずの大獄丸がここぞとばかりに反撃に転じ、無抵抗のマッスルシャドー相手に滅多打ちにしているのだ。
大鬼の巨腕が、恐るべき神通力を秘めた大剣が振るわれる度に大量の血飛沫が舞い上がり、肉を打つ鈍い音が地鳴りの様に響き渡った。
「死んじゃう、死んじゃうよっ!!」
凄惨な状況、いや予想だにしていなかったスプラッタな光景に、日頃から闊達であろう美華の顔は青く変じ、境子にいたっては顔色など言うに及ばず強く握りしめた拳までも変色してしまっていた。
「猛さんっ! このままじゃ、いけない!!」
「っ!? そうね、助けに行かなくちゃ!!」
引っ込み思案な境子が震える手で猛の救助を提案すると、美華も直ぐに賛同した。
だがそんな2人に静止の声が掛かる。
猛の絶体絶命の危機だというのに、笑みを浮かべたままのクリスティナからだ。
「無駄な事は止めておきなさい」
「そんなっ!? 早く助けにいかないと、猛さんが危ないじゃないですか!!」
「無駄って……。そりゃ、あたし達の力じゃ大獄丸には手も足も出ないかもしれないけど、皆で力を合わせれば、猛さんを助けられるかもしれないじゃない!!」
「はあっ……、何もわかっていないわね~」
猛然と食って掛かる少女達と対照的に、大きく肩を竦めるクリスティナ。
そんな態度が余計に苛立たせる。
「どうしてよ!? 急がないと手遅れになるじゃないっ!!」
「そっ、そうです! クリスティナさんは、猛さんを助けたくないんですか!!」
「はあっ、あなた達は色々と勘違いしているわ」
「どういう事よ!!」
「ご主人様と出会って間もないにも拘らず、中々の忠誠心と言えなくもないけど、でもダメね。そのままじゃ、ご主人様の迷惑にしかならないわ」
「迷惑って、そんなっ!!」
「いい? 二度と言わないわよ。 落ち着いて深呼吸して、周りを見てみなさい」
絶世の美女に戻ったクリスティナの怜悧な瞳が、圧倒的なプレッシャーと共に少女達に突き刺さる。
抗い難い無形の圧力に押されるまま、少女達が言われるままに周囲に目を向けると、予想外の光景が飛び込んできた!
笑っている。笑っているのだ。
義父である剛毅は深い笑みを湛え、逆に親友であるはずの厚一や和吾はまるで出来の悪い喜劇でも見ているかの様に笑い転げているのではないか!
今真に猛が死せんとしている、そんな時にも関わらずだ!!
それだけではない。
相変わるずモニターの向こうでは観客達からの大音量の声が聞こえてくるが、興奮した歓声はあっても、どこからも悲観的なものは上がっていない。
それは司会を務める2人を見れば一目瞭然であった。
「おおっと、チャンピオンが不意打ちを喰らってしまうとはっ!? 消滅したかに見えた大獄丸ですが、まさか復活を遂げるとは、予想もしていませんでした!!」
「無抵抗のマッスルシャドーに大獄丸の怒涛の連撃が放たれた! チャンピオンは全く動けないっ! もしやこのまま終わってしまうのか! 我らが無敵のチャンピオンは、日本の大妖の魔の手によって葬られてしまうのか~!!」
クリスティナの指摘によって冷静さを取り戻してみると、色々可笑しな部分がある事に漸くにして気付く。
そう司会の2人は煽り捲っているが、その実何ら悲観しておらず、むしろどこか笑んでいるのだ。
もし猛が敗れた場合、真闘技場が地下深くに隔離されているとはいえ、避難しなければ命の危機に脅かされる状況であろうはずなのにだ。
「……どういう事ですか?」
「なんで皆笑っているの?」
「わからないかな? 猛は、さっきの不意打ちをわざともらったのさ。それにしても下手だね~。なにあの倒れ方? 不自然過ぎない?」
「ははっ、猛は正直だから、人を騙すのが苦手なのさ。それに演技なんて練習してないんだから、仕方ないだろうさ」
「「……」」
演技? わざとくらった? 何故そんな事を?
わからない、何もかもがわからない。理解不能であった。
「この戦いは賭けも行っているからさ。まっ、ようはショーだね」
「猛は強過ぎるから、勝ち負けだけじゃ賭けが成立しないんだよ。いいかい? 猛の試合は特別に4つの条件に別けて賭けられるんだ」
「1つは相手の勝利。今まで1回も当たった事のない超大穴さ。その次が、きみのお兄さんがやられたように能力を行使せずの猛の勝利。もう一つが演技をした状態で、能力に制限を掛けた状態での勝利さ」
「演技?」
「ほらっ、似非外国人の様な話し方をしていただろ? あれさ。あれが通称ニンジャマンモードって呼ばれる制限状態さ」
「総MP量から、行使できる技術や能力までかなり抑えられているんだ。それでも、たいてい猛が勝つんだけどね」
「……」
開いた口が塞がらないとはこの事か。
それでは、今までかの日本三大妖怪、悪名高き大獄丸相手にハンデを背負って戦っていたというのだ。
ほんの30年前、この日ノ本にぬぐい切れぬ惨劇を引き起こし、人々の心に忘れえぬ大きな傷痕を刻み付けた鬼神を相手にだ!!
「そして最後が、演技を止めて本気になった猛の勝利さ。相手が強くないと制限を解いちゃいけない縛りだし、ほとんどの敵がニンジャマンモードでも圧勝だから中々機会に恵まれないんだけど、今日はちょっとズルしてでも本気になりたいみたいだね」
「相変わらず下僕一号は甘いわね。大獄丸のMPを見てみなさい。ご主人様はズルしているわけではなく、演技を止めるのを早めたに過ぎないわ」
「えっ!? ああ!! 適応化か。それも規格外の強化、僕の見立てが甘かったか」
悔しがる厚一を横目に、モニターの上部に記載されている大獄丸のMPを見ると、なんと600万。出現当初の3倍近くにまで跳ね上がっているではないか!
神話生物(MC)はこの世界に出現してから、徐々に戦闘能力、すなわちMPが上昇していくのだ。
これが適応化と呼ばれる現象である。
もちろんその上昇具合も千差万別で、一概に敵のランク毎に上昇率が決まっているわけではないし、中にはMPだけでなく姿形や行使する技も変わる様な規格外も存在するが、その中でも大獄丸の強化具合は、初期のMPを考慮しても慮外のものだ。
出現当初はAAランクと思われたが、現状の戦闘能力からいってAAAランク相当なのは間違いない。
だが、そんな強者を前にしているというのに、更には何ら反撃もせず甚振られ続けているという絶望的な状況でさえ、誰も猛の勝利を疑ってはいないのだ。
相変わらず倒れ伏したままで、一方的に大獄丸から殴打され続けている今でさえ、その思いが一片でも翳る様子は見えない。
その熱い信頼が、今の境子達には眩しかった。
「事前に説明してないせいもあるけど、ようやく理解できたみたいだね。」
「まっ、この程度のピンチなんて、猛にとっては勝利の味を高めるスパイスでしかないのさ」
「ふふっ、あなた達は幸運よ。ご主人様の本気が見られるのだから。そして本気になったご主人様には……」
「「「誰も敵わないっ!!」」」
突然、そう突然だ。
あれだけ猛攻を加えていたはずの大獄丸が弾け飛んだ。
信じられないだろうが、30mを越す巨体が高速で吹き飛ばされたのだ!!
やったのはもちろん、猛だ。
大獄丸によってズタボロにされた忍者装束は破け裸体を晒しているが、どんな奇跡が解らないが、露わになった上半身には一切傷が見えなかった。
背中から腹まで貫通させられた大怪我の痕さえ、そんな事無かったように綺麗さっぱり無くなっている。
ただ2m近い長身にこれでもかと搭載された雄々しい筋肉が、光を反射して輝いていたのである。
1つだけ違うのは、その顔だ。
今までの陽気な笑顔が鳴りを潜め、仮面に覆われていない口元は吊り上ると、歯を剥き出しにして野獣の如き嗤い顔に為っていた。
「……大獄丸、本気を出すのに相応しい相手だ」
インカム越しにモニターに流れる、低い好戦的な声。
演技を止めた猛そのものの、荒々しくも猛々しい声が境子の心を揺さぶった。
揺さぶられたのは境子だけではない。
司会のポイズンガールの興奮ぶりは常軌を逸したと感じる程だ。
「来た~! ついに来たのっ!! チャンピオンが道化の仮面を脱ぐ時が!!」
「マッスルシャドーのニンジャマンモードが解けるのは、一体何時ぶりの事でしょうか。これは挑戦者であるMCを褒めるべきでしょう! さすがは大獄丸! 日本三大妖の一角ですっ!!」
「さあ、その力を本気になったチャンピオンに見せてみろ! お前の全力を、我らが不敗のチャンピオンに示してみせろっ!!」
煽る、煽る、捲し立てる。
よほど司会の2人はチャンピオンの強さを信じているのか、適応化によって出現時のMPの凡そ3倍、現在ではAAAランクであろ戦闘力を有する鬼神を、まるで格下の様に扱っているではないか。
怒れる巨鬼が咆哮し、両手に携えた刃を振り下ろすと、司会達の評価の正否が示された。
「えっ!?」
それはまさに、瞬きする間もない刹那の出来事だった。
攻撃したはずの大獄丸の巨体が何故か金属の地面に叩き付けられると、猛に踏み潰されたのだ!!
それ自体数mはあろうかという鬼の顔が、端から見ればまるで果実を潰すかのような気楽さで、プチっと弾け飛んだではないか!
そう、トマトを地面に投げ捨た後の様に、鬼の顔など見る影も無く破壊しつくされ、脳症と血の海が広がるスプラッタな光景が広がっていた。
あまりの凄惨さに、観客席から悲鳴が飛び交い、気分を害するものが続出した。
しかし、これで終わらないのが大妖の恐ろしい所。
仏の打ちし大剣、顕明連の力によって、大獄丸は直ちに復活を遂げてみせたのだ!
だが悲しいかな、たとえ復活を遂げたといっても本気になった猛に攻撃が通るかといったら、そんな奇跡は起こらない。
あっという間に死に戻りだ。
二回目は胸に大穴を開けられ、三回目は左右に両断され、四回目は首を捩じ切られた。
撲殺、絞殺、斬殺、蹴殺、焼殺、圧殺……。
その後も数え切れぬ程、巨鬼は死を積み重ねていった。
おそらくモニター越しに見ている者達は、しばらく肉を食べれなくなるであろう、いっそ清々しいまでの虐殺振りであった。
逆に、大獄丸の攻撃は一切合切通用しない。
鬼の剛力から繰り出される拳や剣、蹴りは勿論の事、炎や氷、雷でさえも猛の肉体は弾き返した。
いや、正直な所受ける必要すらないのだ。
わざと受けているようだが、それ以外は大鬼の攻撃など歯牙にも掛けない、ソニックブームを伴う超高速移動で完璧に避けれるからだ。
大人と子供……、それ以上の力の差が両者の間に横たわっているのは誰の目にも明らかだった。
大獄丸が奥の手と思しき獄炎を口から吐き出しても、猛はその炎の中で嗤ってみせていた。
「もっとだ! もっと俺に、鬼の強さを見せてみろ!! 日本三大妖の力を示し、俺を満足させてみろっ!!」
マスクの隙間から除く目が餓狼の如く飢え、激闘を欲していた。
だが、枷を外し加速的に強くなる猛を前にして、大獄丸は余りにも無力だった。
如何なる攻撃、奥の手さえ痛痒を感じさせる事さえ至らず、逆に無慈悲な一撃を持って命を刈り取られるのだ。
あの大獄丸が!!
かつてこの巨鬼と死闘を演じ、亡き弟を含め多くの犠牲の下、薄氷の勝利を得た剣護からすれば、己が脳が理解を拒否したくなる光景が広がっていた。
口から乾いた言葉しか出て来なかった。
「ばか、な……。大獄丸の獄炎さえ何ら意味を為さないというのか……。強い、あまりにも強過ぎる」
「えっ、獄炎っていっても、見た限りあたしの全力の炎と変わらない程度じゃない」
「愚かな。あれは地獄の業火。人の身だけでなく魂魄さえ焼き尽くす、鬼の奥の手だ。渋谷事件の際、術師達が身命を賭し霊的結界を張ってもなお、彼奴の業火は嘲笑うかの様に中の人間を尽く焼き尽くしたのだ」
「……」
率直に疑問を口にし窘めなれた美華がおろおろするが、御影剣護の言葉を画面の向こうは何一つ肯定していない。
鬼神の必殺技でさえ、チャンピオンの無敵の筋肉の前では無力であるからだ。
「あら、そんな簡単な事も解らないの? さっき答えを教えて上げたじゃない」
「……」
「はぁ、頭が固いわね。ご主人様の御力、筋肉革命よ」
「義息子の肉体は進化する。それも、ただ単純に今までより強靭になるだけじゃない。過去の体験を基に、敵から受けた力に対応し二度と負けない様に強化されるのですよ」
「それほどのものなのか! っ!?、では……」
「そう、ご主人様は既に鬼と戦い業火を受けた事がある。それによって、ご主人様の肉体は物理的防御力だけでなく、霊的防御力をも兼ね備える様になったの。更にはそれを能力で強化する事によって、何百何千、いいえ何万倍にだって高める事ができるのよ」
「ふふっ、まさに無敵の筋肉だね。ああ猛、何て素晴らしい肉体なんだ……」
恍惚とした表情で猛を眺める和吾は端的に言って気持ち悪いが、だがその内容には同意したくなる。
まさに無敵!!
防御する姿勢さえ示さず、真向から全ての攻撃を筋肉で受け止める姿はあまりにも雄々しく、神々しいとすら思える程の輝きを放っていた!
「どうした、どうしたぁ! それでも伝説の大妖か!! 鬼の底力を見せてみろっ!!」
目は爛々と輝き、嗤いながら嬉々として攻め立てる姿は、もはやどちらが鬼なのかわからない程だ。
全てを受け止める筋肉。
目で追う事すら敵わない神速。
轟音と共に消えては現れる度に、巨鬼に絶大な破壊を齎す暴力の化身。
戦場は、猛の独壇場であった。
加速度的に強くなっていく猛を前に、伝説の鬼神ですら端役に貶められていった。
「あらあら。本気になれる機会は少ないから、ご主人様もご機嫌ね! でも大獄丸にはもっとしっかりして欲しいわね。もうついていけなくなっているじゃない。これじゃあ、トレーニング相手としても失格ね」
「あの大獄丸が、ただの修行相手としても失格か……」
幼女に変じプリプリ怒りながら指摘するクリスティナに対し、諦念の思いさえ抱きながら悄然とした様子でモニターを眺める剣護。
御影の長として、護国の盾の一族として培ってきたものが、刻一刻と音を発てて崩れ去っていく。
だがそんな剣護の思い等置き去りに、次第に大獄丸の抵抗も弱々しいものになっていった。
甦る端から殺される。
そんな悲惨な状況に、人類の敵であるMCに対し憐憫の情すら沸いてきそうだ。
「はあっ、ダメね。もうトレーニングじゃなく、ただ攻撃を受けるだけの木偶人形じゃない」
「なっ、何が起こっているの?」
「おバカちゃんねぇ。ご主人様のMPを見てご覧なさい」
「えっ!? なっ、何、あれ!? 八百、九百、千……。とっ、止まらない!?」
モニターの上部に表示されている猛のMPを読み上げる美華が、驚愕の声を上げた。
いつの間にか大獄丸のMPを通り越してもなお、猛の戦闘力は上昇し続けていたからだ。
それも境子や美華では、想像も付かない程の加速的な度合いでだ!
「つ、強過ぎる! 一体いつになったら止まるの? 全力を出したんじゃなかったの……」
「何言っているの。ご主人様は本気になったけど、全力を出すなんて一言もいってないじゃない」
「「えっ!?」」
「あれでも手加減してるんだよ。トレーニング相手が簡単に壊れるといけないからね」
「「!?」」
「ご主人様が全力だしたら大獄丸なんて瞬殺よ。それじゃ、トレーニングにならないじゃない」
笑顔で坦々と事実を述べる、剛毅とクリスティナが恐ろしかった。
だが、口にした言葉は掛け値なしの真実である。
相変わらず猛のMPは上昇し続けていた。
猛に近しい者を除き、それ以外の全てを置き去りにして物語が進んでいく。
「ありがとう、大獄丸。よく俺の相手を務めていくれた。お前のお陰で、また一つ強くなれそうだ」
余す所なく大獄丸の力を見、その全てを凌駕すると、猛は危険な嗤いを引っ込め感謝の言葉と共に優しい笑みを浮かべた。
復活を遂げ、感情を読めない瞳で再び剣を振り上げ襲い掛かってきた大獄丸に、そっと頭を下げる。
そして一言、
「……マッスルパンチ」
猛の右拳が消えると、爆発的な衝撃波を伴い大獄丸の全てを完全に消失させた。
復活の神秘を秘めた顕明連を含め、徹頭徹尾何もかもを消滅させたのだ!!
後に残るのは大いなる破壊の爪痕。
猛の拳撃の余波による闘技場の破損だけであった。
ここぞとばかりに司会ががなりたて、観客達の歓声が煩い位に響き渡る。
そんな中、境子はただ猛を、猛だけを見ていた。
先程までの神懸かり的なまでの強さを想起しつつ、露わになった逞しく瑞々しい肉体を、呆けた様にただ見つめ続けたのだった。
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