第17話
「我々の行動が理解できないようですが、こちらとしては御影には強いままでいてもらわないと困るのですよ」
「何っ!?」
「我々は企業。それも世界を相手にする企業なのですよ。一応本籍は日本にしていますから、一私企業としての義務は果たさせて頂きますが、それ以上の過大な責務は御免被りたいのですよ。まあ正直に言わせて頂くと、金にもならない仕事を延々と押し付けられのは困るのですよ」
「無礼なっ!!」
「聖也!」
「いいえっ、父上! ここは言わせてください!! この日ノ本に生を受け戦う力を授かったなら、国を護るために戦うのが責務だろう!」
「ふっ」
「貴様っ!!」
冷笑する剛毅に対し、今にも飛び掛からんと激昂する聖也。
そんな聖也の前に逸早く立ちはだかったのは、先程の剛毅同様シニカルな笑みを浮かべた厚一と苦笑気味な和吾であった。
「やめといた方がいいよ。現実を知らないお坊ちゃんの主張は、僕達には通じないからさ」
「何をっ! この、忘恩の輩がっ!!」
「おっと、そこまでだ」
怒りに任せて聖也が厚一に掴み掛ろうとしたが、一瞬の内に和吾に背後に回られ取り押さえられてしまう。
「ぐっ! このっ、放せ!!」
気を発動させ振りほどこうにも、和吾は微動だにしない。
LV差5倍以上の実力差が両者の間にはあった。
やがてあきらめた聖也に対し、子供に言い聞かせる様に厚一が話し掛けた。
「ねえ、よく考えてご覧よ。君達御影一族は、国の守護として戦っていない時でさえ給料をもらい、何不自由なく暮らしているよね?」
「それのどこがおかしい? 我らは1000年以上この国のために戦ってきたのだぞ!!」
「ううん、何もおかしくないさ。君達は侍じゃないけど、いってみれば国と御恩と奉公の関係を結んでいるようなものだからね。実に正当な関係だと思うよ」
「じゃあ、僕達はどうかな?」
「お前達?」
「そうさ。学園の戦いで貰える褒賞なんて高が知れてる。もし二十で無能力者に戻ったら、端金じゃ数年で食い潰すだろう。そこから働こうにも、真っ当な職に就けると思うかい?」
「? どうしてだ?」
「そんな言葉が出るから、お坊ちゃんって言われるのさ。いいかい? 僕達能力者はMCと戦うのが義務で、生き残るために能力を磨かなくちゃいけない。教育を受けてるといったって最低限だ。そんな僕等が、きちんと教育を受けてきた人達から仕事を勝ち取れるのかな?」
「あっ……」
御神楽島が創設されて早十余年。
本土がMCに被害に見舞われるのは年に数件、多い時でも十数件程度だ。
例え事件が起きても、各都道府県に配備された能力者達の手によって瞬く間に排除される。
MCの脅威に脅かされる中、日本は世界的に見ても極限られた安全な地域なのだ。
人口が減少したといっても3分の1程度であり、人類の総人口が5分の1になった状況を鑑みれば、この日本皇国は最も被害が少ない地域の1つでもある。
つまり日本本土は高度な教育を施せる余裕があり、かつ人口も多いのだ。
そこに真面な教育を受けていない者が乗り込んでも、就ける職など精々人の嫌がるものぐらいだ。
「君は御影だから、就職なんて考えた事すらないじゃないかな。上手くすれば次の党首は君だし、一生御影から出る必要なんてないんだからね」
「だっ、だとしても、君達には優れた力があるんだ。その力を日本のために使ってもいいんじゃないか?」
「はははっ、さっき剛毅さんが言った通り、きちんと義務は果たしてるんだ。それ以上は過大というものさ」
「君達程の力があれば、犠牲をもっと減らせたんじゃないか! 何故今まで本気を出さなかった! 何故助けようとしなかったんだ!!」
「優れた力には、それ相応の責任が伴うんじゃないかって? そんなのはお為ごかしさ。だいたい今出ている犠牲者なんて、同じ能力者ぐらいじゃないか。戦う力があり、部隊を組み自分の意志で戦ってるんだ。そんなの自己責任でしょ」
「そうだとしても、君達が本来の力を発揮しさえしてくれれば、助かる者もいるだろう?」
「戦守学園での戦闘は恵まれている。複数の戦闘部隊に加え、オブサーバーの部隊も控えている。更には裏ランキングの猛者達も、もしもの場合に備えて常駐している。御影一族の者が知らない筈はないだろう?」
「その、通りだが……」
「ねえ、それで本当に僕達の力は必要なのかな?」
「……」
直情的に口にした難癖。ただの言い掛かり。
そんな事は聖也自身も重々理解していた。
実力をひた隠し、能力者としての簡単な義務しか果たしていない目の前のただ連中が許さなかった。
それだけなのだ。
日本の為に戦い、日本の為に命を落とす覚悟をしろと、幼き頃より教えられてきた聖也にとってはまさに青天の霹靂であり、彼等とは相容れなかったのだ。
「僕達はオーフェン。国のために全力を尽くすべきなのは君達であって、決して僕等じゃないのさ」
「オーフェン?」
意味が解らず疑問符を浮かべた聖也に、剛毅が横から助け舟を出した。
「捨子という意味さ。私達は家族から捨てられ、国にすらも捨てられた存在なのだよ」
「「!?」」
「鈍いねー。今までの話で、猛や僕達が孤児だってカミングアウトしてたじゃないか」
「能力者として生まれたせいで家族に捨てられたり、MCのせいで孤児になるなんて、俺達世代ならありふれた話だろう?」
「……」
10年以前、御神楽島が建立されるまでは日本各地でMCに被害が続発しており、被害者の数はかつての世界大戦でも類をみない程にまで及んだのだ。
都市や住居ばかりでなく人々の心さえも荒廃し、さながら地獄の様な世界が溢れかえっていた。
「孤児院はどこも一杯で、圧倒的に数が足りなかった。政府は手を拱くだけで、具体的な対策を実行してくれなかった。町はストリートチルドレンで溢れ、誰も僕達を助けてはくれなかった」
「そんな明日をも知れない状況で、手を差し伸べてくれたのは忍雄会長だけだった」
「事業の一環だし、下心もあったからね。そんなに褒められたものじゃないさ」
「それでも助けてくれたのは、あなただけだった」
「たとえ思惑があったとしても、助けてくれたのは事実なんだ。その恩を忘れる程、僕達は恩知らずじゃないさ」
「「……」」
聖也や境子だけではなく、良心的で恵まれた家族の元に生まれた美華には想像も付かない、悲惨な過去であった。
二の句が告げられなくなった聖也に対し、厚一は静かに宣言した。
「いいかい? 御恩と奉公っていうのは、お互いに利益を与え合う関係が築けてこそ成り立つんだ。僕らの恩の対象はこの国じゃない! あくまで会社なのさ。国の為に戦うのは君等がやりなよ」
「……」
「聖也、彼の言が正しい。ここは引きなさい」
「っ!? ……はい」
「不快な思いをさせてすまなかった」
和吾から解放され不承不承後ろに下がる聖也に対し、短い一言に様々な思いを込め、剣護は頭を下げた。
御影の長の誠実な態度に、逆に厚一や和吾は面食らった。
「へえ~。てっきり天狗の鼻みたいになってると思ってたけど、違ったみたいだね」
「なに、この年だ。少しは道理を弁えているつもりだ」
「さすがは御影の党首、息子君は爪の垢を飲んで見習うべきだね」
「くっ!!」
厚一の舌鋒は相変わらず辛辣を極めていたが、知らなかったとはいえ思慮を欠いた言い掛かりを付けたのが事実なだけに、聖也は歯噛みするしかなかった。
そんな少年達の様子に目を細めると、剛毅は漸く本題に戻った。
「事情を理解してもらえたと思いますが、我々の社員は世界中にいますし、我々の力を必要としている皆さんもまた、世界中にいるのです。今まで通りきちんと義務を果たしますし、私達も本拠地である日本が荒れるのは好ましくありません。もしもの時は必ず手を貸しますが……」
「それ以外は自分達の力で何とかしろ。さらに言えば実力が足りていないのだから、これから到来するであろう激動の時代に向けて力を付けろ、という事か?」
「ご明察の通りです」
忌々しそうに呟く剣護に対し、いけしゃあしゃあと言ってのける剛毅。
熟達した戦士の気勢と、百戦錬磨の商人の気勢がぶつかり合った。
境子や美華達からすれば、傍から見て入れも心胆寒からしめる恐ろしさである。
そんな戦いも長くは続かない。
「いいだろう、貴殿の思惑は理解した。それに我ら一族の実力不足を、この目で直に見たのだ。是非もあるまい」
「ご理解頂けたようで幸いです」
「護国の盾の座は一端返上しよう。今から鍛え直しだ! わかったな、聖也!!」
「!? っ、はい!!」
「企ては、ここまでか?」
「ええ、全てお話させて頂きましたので、後は御髄に。お帰りの手配は済んでおります」
「ならば往ぬるまで! 次に会い見えるのが楽しみよ!!」
先ほどまでの寡黙な剣士の姿は何処にもなかった。
気炎万上。
覇気を漲らせ一族の名誉を挽回すべく、使命に燃ゆる餓えた猛虎が甦ったのだ。
ギラギラと瞳を輝かせた剣護は聖也を伴うと、一瞥もせずに足早に部屋を去っていた。
「あっ」
境子はあまりの事態の変化についていけず、ただ父と兄が速足で去るのを見送るだけだった。
そんな勢いよく開け放たれた扉が閉まる前に、ひょっこり顔を出したのは猛だった。
「猛さんっ!?」
「猛!」
振り返り剣護達の姿を眺める猛に、少女達が歓声を上げた。
一方の青年はというと、走り去る彼等の様子に満足したのか、何時もの男臭い太い笑みを浮かべた。
「義父、あの様子なら予定通りに話が進んだという事かな?」
「勿論、予定通りさ。彼等は過ちに気付き、再び護国の盾の名を得るために修羅に戻った」
「それはよかった」
「まったく、平和ボケし過ぎですわ。ご主人様の詰めの垢を煎じて飲ませるべきでしたわね」
いつの間にか、絶世の美女に変身したクリスティナが愛のオーラを振りまきながら、猛の横に侍っている。
剛毅以外に女王然とした姿を崩さなかったクリスティナが、今ではまるで愛の奴隷のようではないか。
それほど猛の事を想っているという事なのだろうが、境子も美華もそんなクリスティナの態度が何故か気に入らなかった。
普段では到底有り得ないが、足に力を入れソファーから立ち上がると猛の傍に速歩で駆け寄った。
「たっ、猛さん、ありがとうございました!」
「猛! 恰好良かったわよっ!!」
「ははっ、約束しただろう? それにあの程度なら、俺の筋肉の敵じゃないさ」
「猛さん、ありがとうございます……」
当たり前の事だとばかりに言ってのける猛の姿が、好ましく映った。
例えそれが巨漢の筋肉の塊だとしても、少女達には関係なかった。
強く逞しく上に、約束を守る。
中々できるものではない。
いや、相手を考えれば、できない方が当たり前なのだ。
それを何でもない事とばかりに、簡単にやってのける大男の姿は尊敬と畏敬の念を受けるに相応しかった。
ただ青年の傍に侍り、感謝と感動の声を上げ続けるのだった。
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