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第14話

 聖也達が呆然と和吾を見つめるのに対し、厚一がシニカルな笑みを浮かべた。


「和吾に注目している暇なんてあるのかな? モニターを見なよ。マッスルアーツは、空を飛ぶだけが能じゃない」

「「っ!?」」


 空を飛翔していた猛が何かしたのか、何度も大きな音が発生したと同時に、あの大嶽丸が強い衝撃を受けのけぞったではないか!!

 猛の反撃に司会の実況にも熱が入る。


「おおっと!? マッスルムービングで飛翔するチャンピオンの猛攻が始まりました!! MPでは大嶽丸の250万に対しチャンピオンは180万ですが、押しているのはマッスルシャドーの方です!」

「あの連続の衝撃音は、マッスルショットですね!」


 どうやら大嶽丸が揺らぎ、たたらを踏む程の衝撃を受け続けている技はマッスルショットというようだ。周囲の疑問に答える説明役を、旧知の仲の厚一達が買って出た。


「マッスルショット、要するに圧縮空気弾だよ」

「一瞬の内に周囲の空気を集めて圧縮し、高速で敵目掛けて打ち出すんだ。もちろん、猛程の超規格外の腕力と圧倒的な速さがあって、初めてできる技さ」

「う~~、なんだか頭がふらふらしてきた。あっ、あれは!?」

「ああ、マッスルカッターにマッスルハリケーンだね」


 見えない刃が巨体を切り刻み、マッスルシャドーから打ち出された竜巻で30mに及ぶ大鬼が吹き飛ばされたではないか。

 現実を直視するならば、高速で腕を振るう事でかまいたち現象を引き起こし、拳を高速かつ螺旋状に動かす事で竜巻を発生させたのだろうが、正直無茶苦茶である。

 今まで培った常識がガラガラと音を発てて崩れていくのを、美華達は感じていた。


「じょっ、常識が通用しないっ!!」

「常識なんて、今まで経験してきた事実の積み重ねでしかないんだ。要は一般人の経験でしかない。そんまもの、超越した力を持つ者に当て嵌まるはずがないじゃないか」

「ふふふっ、ご主人様曰く、真に発達した筋肉は魔法と変わらないそうよ」

「ええ~~」

「そうそう、筋肉は不可能を可能にするともおっしゃっていたわね」

「「……」」


 反論したい。もの凄く反論したいが、どうしてもできなかった。

 現実は猛の言い分を是としているからだ。

 一応物理法則を利用しているはずなのだが、ただの筋肉によって複数の能力者、それも高位の能力者達が集まらないとできないであろう、様々な現象を引き起こしているのだ。

 美華は、乾いた笑いが勝手に口から出てしまうのが止められなかった。

 しかし皆驚愕の嵐に飲み込まれる中、剣護だけは表情が優れなかった。

 その不安が口から洩れる。


「雄忍殿の御子息は確かに善戦している。だが、大嶽丸には三明の剣があるのだ」

「さんみょうのけん?」

「……あなたバ可愛いわね」


 幼児に変じたクリスティナがチュシャ猫の様な笑みを浮かべて美華の背後に回り込むと、挑発しているとしか思えない開いた胸元に手をつっこっみ揉みしだした。

 女帝に相応しい傍若無人振りである。


「ちょっ、やっ、止めて!! あっ……」

「クッ、クリスティナさん! あんまり美華ちゃんを虐めないでください!」

「大丈夫、大丈夫。私は女性愛者の趣味は無いわ。ちょっとからかって遊んでるだけよ」

「ほっ、本気で止めて! 助けて~~!!」

「本当、バ可愛いわね~。うりうり~」

「いやぁ~~~~!!」


 嫌がる素振りは見せるも恥ずかしがって強硬な態度に出れない美華をしばらく玩ぶと、満足したクリスティナは境子と美華の間に収まってふんぞり返った。


「さて、三明の剣だったわね。知らない子のために、この私が説明してあげるわ。感謝しなさい!」

「うぅ~、もてあそばれた~」

「美華ちゃん……」

「はいはい、あなたのためにも説明してあげるだから、ちゃんと聞いていなさい」

「ひどい~」


 恨めし気な美華の視線など、クリスティナはどこ吹く風のごとく完全に無視だ。


「三明の剣とは大通連だいとうれん小通連しょうとうれん、そして顕明連けんみょうれんと呼ばれる、かつて阿修羅から大嶽丸が譲り受けたとされる剣の事よ。この三明の剣を携えている大嶽丸は、神通力によって全身が岩の如き堅牢さをほこり、傷付けられないとも言われているわ。まっ岩程度じゃ、ご主人様には関係ないわね」

「あっ、ほんとだ!」


 大嶽丸の連撃の中を巧みに掻い潜り、猛が的確な反撃を与えていった事で、巨鬼の皮膚はただれ、あちこちから夥しい血を流していたのである。

 超英雄たるマッスルシャドーの前には、岩の如き堅牢さでさえも全く通用しないという証左である。

 だがそれでもなお、剣護の憂いは晴れていなかった。


「まだ、あるだろう?」

「はいはい、せっかちな老人ね。三明の剣にはそれ以外にも、まだ特殊な力があるのよ」

「ええっ!? まだ何か力があるのっ!?」

「そうよー。大通連と小通連は文殊菩薩、ようするに仏様が打った剣で通力自在、何でもできる万能の力が備わってるの。ほらっ、あれよ!」

「「!?」」


 右手の剣が氷の鉾に変じ、突然投擲した左剣が幾千幾百もの矢に変化したのである!!

 さしものマッスルシャドーも、至近距離からの面攻撃、それも予想だにしていなかった攻撃には対処できなかった。

 空中で回避もできずに、無数の飛矢を受けて地面に叩き付けられる様に墜落してしまった。


「猛さんっ!?」

 

 高度から金属製の床に落とされた衝撃はいかばかりか。

 飛矢に埋まり猛の姿が見えなくなると、境子は悲鳴を上げずにはいられなかった。

 だがその心配さえも束の間の杞憂でしかなかった。

 直ぐに周囲の矢を吹き飛ばし、猛の笑い声が聞こえてきたからだ。


「HAHAHA!! 素晴らしい攻撃で~すね~」

「チャンピオンの姿が大量の矢に埋まって見えなくなりましたが、健在の様です! 忍装束はあちこち破れているようですが、チャンピオンの無敵の筋肉は些かも傷付いていません!!」

「あれはっ!? モストマスキュラー! 大獄丸の攻撃など効かないぞと挑発しているのね!!」

 

 司会の言葉通り猛はあろうことかマッスルポージングを決め、更には不敵な笑みをも浮かべていた。

 敵の攻撃を称賛し、もっと打ってこいとばかりに煽っているのだ。

 先程の大獄丸の攻撃は、上位の能力者でも致命傷は免れぬ程の威力があった。

 聖也には戦守学園でのMCの戦いの日々から、ある程度は敵の攻撃の強さを推測できるまでになっていたが、あの飛矢、それも幾千もの無数の攻撃は、自分が受けたなら即死したであろう事は想像に難くない。

 それなのに、モニター越しのチャンピオンは余裕そのものなのだ。

 全く呆れるほどの堅牢さである。

 そんな猛の態度に頭に来たのかは定かではないが、大獄丸が大咆哮を上げながら氷の鉾を投擲した。

 受ける猛はというと……、


「ちょっ、何してるのよっ!?」

「猛さん!?」


 少女達、特に我を忘れた境子が大声を上げるのも無理はない。

 猛は高速で迫る大鉾に対し、マッスルポージングをしたまま微動だにしなかったのだ!


「「きゃああっ!?」」


 瞬きの間の激突。

 超越者たる猛でも、あの攻撃を避けもせず、まして防御すらせずに受けたのだから、ただではすまないだろう。誰でも想像できるであろう悲惨な未来の姿が、少女達に目を背けさせた。

 そんな少女達の憂慮も、しばし後モニター越しの興奮の声と観客達の歓声が綺麗さっぱりかき消した。


「なんという事でしょう! 前代未聞! 氷の鉾がチャンピオンの胸筋にぶつかると、あっという間に砕けて散ってしまいましたっ!! 矛と盾、氷の大鉾と胸筋の盾の大勝負。本日は盾の勝利と相成りました!!」

「それにしても素晴らしい! 素晴らし過ぎる胸筋ね! おもわず頬ずりして、むしゃぶりつきたくなるのっ!!」

「ポイズンガール……。私は君にドン引きだよ……」


 現実は容易く想像を超越し、不条理な事象を押し付けてくる。

 猛の超筋肉の前では氷の大鉾が己が力に耐えきれず、自壊してしまったのである。

 眩いばかりの圧倒的な強さ! 

 理解を超え、想像さえも超える信じ難き強さ!!

 聖也の口から勝手に乾いた笑いが出た。


「……強過ぎる。彼が、実は神話の主役級の神や悪魔の仮初の姿だと言われても、信じてしまいそうだ」

「ご主人は人類の進化の可能性の遥か先、前人未到の地にいらっしゃるわ。そして今もなお進化を続けている。神でさえご主人様にこうべを垂れることになるでしょうね」  

「はっ、はははっ。自分が彼に追いつける姿すら想像できない」

「ご主人様の前にすれば、誰しも感じる事よ。油断む隙もなく走り続ける兎に、亀がどうやって追いつけるか、という命題ね。それも大事な事だけど、集中しなさい! 大技がでるわよ」

  

 いつの間にか妖艶な美女に変じたクリスティナの指摘通り、大獄丸の手には砕けたはず鉾や投げた飛矢が剣となって舞い戻ると、合体して一振りの大剣となっていた。

 そして空も見えない地下深くの密閉空間のはずなのに、突如天井付近に雨雲が発生すると稲光を発し出した。

 大獄丸が大剣を天に掲げると、幾条もの稲妻が落ちてきて刀身に雷をまとっていく。

 そんな鬼神の姿に、マッスルシャドーはようやくモストマスキュラーをとくと大笑いし出した。


「HAHAHA!! 今度は大技勝負でーすか? OKでーす。受けて立ちまーす!」 


 しかし宣言したものの、猛はというと足を肩幅に広げるだけで構えもしない。

 自信過剰と言うべきか、余裕の表れというべきか……。

 あるいは瞬時の内、溜めなくとも対抗できる手段を有しているという事なのだろうか。

 予想できなかったが、言い知れぬ緊迫感だけが募っていった。


「おおっと、大獄丸がいよいよ勝負に出るのかっ!? 大剣に無数の雷が落ち、時を追うごとに力が増してきております!!」 

「対するチャンピオンは構えもせず、笑みを浮かべいるだけのようなのっ! 傲岸不遜、大胆不敵なその態度! 圧倒的強者にだけ許される特権! くぅ~~、素敵っ!!」

「マッスルシャドーは、ここから一体どんな対応を見せてくれるのでしょうか! ご期待ください!!」


 囃し立てられ、否が応にもテンションが高まる。

 周りが固唾を飲んで見守る中、先端が開かれた!

 先に動いたのは、大方の予想通り鬼神であった。

 大咆哮と共に何十条もの雷を纏った大剣を、鬼神の剛力をもって投擲したのだ!

 対するマッスルシャドーはというと、刹那の内に反撃していたである!

 超高速で胸の前に双掌を合わせると、何か(・・・)を音を優に置き去りにして打ち出したのだ!!


「マッスル~プラズマっ!!」


 初めて聞くチャンピオンの大声。

 雷纏の大剣と見えない何か(・・・・・・・・・・)

 当初は無色の物体だったもの(・・・・)が、瞬時に色をなし太陽を想わせる球体に急成長する。

 しかも、速度も慮外の超高速でだ!

 その2つの勝負は、一瞬で着いた。

 否、決着そのものが刹那の内に、認識できない間に終わっていたといった方が正しいだろう。


「……えっ!?」

「何、あれ?」


 観客はおろか、境子や美華達が理解したのは、既に終わった所であった。

 雷の大剣はいつの間にか砕かれ、大獄の胸に大穴が空いていたのである!!

 

「あれがマッスルプラズマ。超高速、かつ超高温のプラズマ弾さ」

「プラズマ弾? あたしの灼熱日光冠バーニングコロナみたいなもの?」

「君のはせいぜい数千度だろ? 猛のはその十倍以上さ」

「しかも溜めも必要とせず、一瞬で打てるのさ」

「……一体、どうやって?」

「聞いた所で、ご主人様以外は誰もできないわよ。あれはただ一瞬で空気を集めて圧縮し、超音速で打ち出してるだけだもの」


 ようするに先程の猛の技は、常識で説明が付く現象だ、ということだ。

 腕力に物言わせ、瞬時に数万度もの超高熱を作り出したというのにだ!

 おそらく空気も逃がさない程の超高速かつ剛力で空気を断熱圧縮し、音速を遥かに超えるマッハ数十もの速度で高温になった圧縮空気を打ち出し、更に空力加熱されプラズマ発色する程の数千度もの温度をも超え、ついには一万度を超える超高温の空気弾になったのだ。

 一応理屈は付きはするものの、こんな事誰ができるというのだ。

 凡そ人間には不可能であり、猛という英雄を超えた超英雄だからこそ為しえた奇跡である。

 大獄丸は前のめり倒れ伏し、地面に大きな血の池を作り出している。

 遠からず消滅する事だろう。

 マッスルシャドーは後ろに振り替えると、カメラに向けて手を振り上げた。


「HAHAHA!! 大勝利で~す!」

「危ないっ!!」

「「「!?」」」


 歓声と喜びに溢れる中、唯一人鬼神の様子を注視していた剣護が声を張り上げた。

 だが悲しいかな、VIPルームの声は試合場には届かない。

 猛の腹に、巨大な大剣が生えていた。






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